ギブ&テイク
ギブ&テイク
以前、図書館で戦った時。望月は顔を覗きこまれることを拒んでいた。顔を隠す理由が、彼女にはあるのだろう。
信は真っ向勝負で戦う気など更々ない。敵を精神的に追い詰める方法があるのならば、容赦なくその方法を選択する。今回の場合もそうだった。
「お前の被ってる帽子が狙いさ。分かったか、異人さん」
望月の髪は薄茶色、凛と同じ二つ結びだが、耳より下で束ねている。それに加え、色白の肌、青色の瞳。その特徴はどう見ても――
「あ……アメリカ人!」
「フランス人よ!!」
凛の言葉を否定するように、望月は言い放つ。この少女は典型的なヨーロッパ人だった。
特に隠す事ではないはずだが、今の彼女は気が動転している様子。ただ慌て、恥ずかしそうに帽子を拾い求める。
「うう……私は日本人と思われなくちゃいけないのに……私のキャラクターが……私のポジションが……」
「ポジション?」
望月は帽子を拾い、被り直す。もう隠す必要がなくなったからか、先ほどよりも浅く、彼女の青い瞳が見える。
「気づいたのよ……私たちの戦いは、日本のアニメである魔女っ子アニメになぞられているの。度重なる奇跡が私たちを導き、物語の結末は運命によって定められている……」
信はずっと疑問だった。望月の言う運命とは、いったい何を指しているのか。ようやくそれが明らかになる。彼女が信じている運命とは、アニメと同じ物語の展開。全ては空想上のキャラクターによる虚構の存在だった。
「私は日本のアニメが好き……何度も、何種類も見た魔女っ子アニメには、絶対にライバルの魔法少女がいる。同じ日本人の方が、その位置に適していると思わない?」
「ちょっと待って……じゃあ、あんた! 魔法少女にはライバルが必要って、そんなどうでもいい事で私たちと敵対してるの!!」
「どうでもいい事じゃないわ。私たちの戦いが一つの物語ならば、誰かが宿敵にならないといけない。これは必然……私は望月夢子、貴方たち魔法少女を倒す闇の使者……」
日比野のつっこみなど気にも留めず、完全に役になりきる望月。あまりにも滅茶苦茶な言い分だが、ある意味では的を射ている。
淡々と戦い続けるだけでは物語にはならない。イルミネーターとの戦闘だけではなく、進展があってこその物語だ。
偶然上京してきた二人目の魔法少女。それに続き、宿敵となるべく現れた三人目の魔法少女。それらが全て彼女の言う運命ならば、辻褄は合う。もはや偶然の域を超えているのだ。
「日本に訪れて出会った魔法少女、ピンク色だったの……ピンク色は主人公の色。青色の私は貴方のライバルとして、物語を導く義務がある……」
改めて見てみると、望月の眼は完全に据わっていた。彼女自身の意思なのか、あるいは運命に操られているのか。どちらにしても、今目の前にいる少女が正気ではないという事は確実だ。
「……お前、物語と現実の境が分からなくなっているのか?」
「虚構と現実の差なんて曖昧よ……おとぎ話の魔法が存在した時点で、理屈はあって無いようなもの……」
「何も天地がひっくり返ったわけじゃない。理屈はあると思いたいがな……」
物事には理屈がある。そう信じて彼はあらゆる記述を調べ、魔法少女という存在を調査した。彼女の言う運命は、その全てを否定するものだった。
彼に望月を倒すという使命感が芽生える。ただ、憎しみをぶつけるだけではない。自分は、彼女と真っ当からぶつからなくてはならない。
「あいつはアニメの悪役になりきり、お前たち主人公を倒そうとしている。なら、主人公が行うべき行動は一つ」
信は妹を見る。
「凛、全力で答えるぞ!」
「うん!」
ここで初めて、兄妹の理外が一致した。本当の共闘はここからだ。
桃色の魔法少女、凛は頭上にステッキを掲げると、それを両手でぐるぐると振り回す。すると、周りに僅かな風が起こり、足元の小石はカタカタと鳴り始めた。今までの攻撃とは違う。魔力を持っていない信でさえ、膨大な力がステッキに集まっていくのが分かった。
「蜜柑、逃げるぞ」
「はい?」
「とにかく離れるんだ。あの魔法は威力も範囲も半端ないに加え、無差別なんだよ!」
「はあああ!?」
凛とイルミネーターの戦いを見てきた信は、この技を知っていた。彼は以前、この魔法に巻き込まれそうになった事がある。それほど危険な魔法だった。
彼女がこの技を使用したという事は、いよいよ本気という事だ。どうやら、仮面の男が発した言葉によって、火が付いたらしい。流石は双子の兄妹と言ったところだ。
充分に魔力を集めた凛はステッキを一気に振り落とし、そこから莫大な量の光を放つ。
「マジカル・シューティングスター!!」
その魔法はまさに流星群。数えきれないほどの小さな星々が、次々と頭上から降り注ぐ。一発でも食らえば一溜りもない。人間の信なら、間違いなく命を落とすだろう。
それでも、凛は容赦なく魔法をぶっぱなす。彼女は仮面の男が信だと気付いていない。今までの戦いを見て、普通の人間ではないと勘違いしているようだ。
数々の星々から必死に逃れる信。だが、自分が逃れるだけでは、この問題は解決しない。
「まずい! 蜜柑、神社を守れ!」
「なんで仕事が増えてるのよ!!」
神社を守らなければ後々問題が出てくる。魔法少女の存在を世に広めてはいけない事もあるが、信として見ればそれはどうでも良い。彼はこの神社の持ち主に、迷惑を掛けたくはなかった。
日比野はステッキから光線を放ち、神社に落ちる星だけを的確に射抜く。暴れる凛のサポートが様になっていた。
全ての攻撃が終わると、あたり一面に砂埃が舞う。それらによって月の光が遮断され、視界は非常に悪くなった。信たちは望月の姿を見失い、周りを見渡す。恐らく、彼女は攻撃から逃れ、身を隠しているはずだ。
だが、人間の信が魔法少女の気配を察知できるはずがない。彼は後ろから忍び寄る敵の影に気づかなかった。魔力を察知した日比野は、渾身の力で叫んだ。
「信、危ない!!」
「いや、これで良い!!」
信は特殊警棒を捨て、後ろに振り向く。そして、視界の悪い中的確に、望月の右手首をしっかりと掴んだ。これで、ステッキを振るうことは出来ない。
彼女のミスは、意味の薄い接近戦を狙ったことだ。距離を取って魔法を打てば、捕えられる事などなかったのだから。
しかし、望月が信に近づいたのには理由があった。
「来ると思ったよ青いの。お前の狙いは、俺の仮面だろ!」
「罠……!」
攻撃方法、攻撃場所、そしてその狙い。信は彼女の行動をすべて予測していた。
帽子を払い落とされ、辱めを受けたのなら、相手にも同じ屈辱を与える。あまりにも読みやすい単純な思考だ。
信は望月の右手首に続き、左手首も完全に固定する。これで魔法以外の抵抗も出来ない。攻撃のチャンスはここしかなかった。
「構わん桃色。俺ごと撃て」
「うん!!」
「はぁああああ!?」
生身の人間が、凛が放つ最大級の魔法を耐えられるはずがない。まず即死だ。凛は彼の作戦に疑問を持っていない様子だが、日比野からしてみればあまりにも異常な行動だろう。
しかし、動揺する彼女など気にも留めず、凛はステッキに大量の魔力を集める。手加減など全くしていない。やはり、彼女は本気だった。
「ちょ……リンちゃ……」
「いくよ! マジカル・スターブレイク!!」
日比野が呼び止めるより先に、彼女の魔法が掃射される。最初に撃った攻撃よりも貯めが少ないが、行動を封じられた望月を吹っ飛ばすには充分だ。桃色の波動は容赦なく、信と望月に迫る。
その一瞬の間だ。日比野の目の色が変わり、黄色い光に包まれる。自分が何とかしなくては、彼が死んでしまう。そう思ったのだろう。
彼女は閃光のような超スピードで、信の元へと飛ぶ。そして彼の体を掴み、再び高速でその場から離れた。恐らく、この時の日比野は無意識だったと信は読む。
二人が離れた瞬間、望月に魔法が命中する。今度こそは手ごたえあり、完全な直撃だ。だが日比野の意識は、それよりも信の方に向いていた。
「あんた本当にバカなの!! どんな脳みそしてるのよ!!」
「蜜柑、助けてくれると思ったよ。お前の魔法は速い。間に合うって確信があった」
「だから!! 勝手に信じて、命掛けられても困るのよ!!」
救出が間に合う確信以上に、日比野が自分を助けるために、全力を尽くしてくれる確信の方が大きい。だからこそ、信はこの作戦が成功する自信があった。一見出鱈目な行動に見えるが、実際は日比野の優しさと強さを利用した完璧な策略と言える。
桃色の光が晴れた場には、攻撃を受けボロボロの望月が立っていた。
「……むう、相手が二人だったら勝ってた」
何とか致命傷を防いだものの、ごっそりと魔力を削られてしまったらしい。言い訳をし、相当に悔しがっている様子だ。
しかし、それでも彼女の機嫌は悪くなかった。なぜなら、その手にはある物が握られていたのだから。
「ま、良いわ……あなたの仮面も剥がせたし……」
「なっ……!」
ない。信は自らの顔に手を当てるが、確かに無い。ヒーローのお面は完全に無くなっていた。それもそのはず、そのお面は今、望月が持っているのだから。
完全にやられた。あの一瞬の間、彼女は攻撃を回避することより、信の仮面を剥がす方を先決したのだ。恐ろしいほどの執念と言える。
借りを返し満足したのか、少女は残り魔力を撤退のために使用する。ステッキを収め、軽くその場を飛び上がる。瞬間、瞬く間に彼女は天高くへ消えていった。
敵にまんまと逃げられてしまったが、今の信にはどうでも良い事だ。彼は恐る恐る妹の方を見る。
「シン……くん……?」
震えた声の凛。
日比野は視線を伏せ、言葉を閉ざした。何も言うことが無かったのだろう。
信は先ほど捨てた特殊警棒を拾い、そのままその場から走り去る。その突然の行動に、凛は余計に混乱してしまう。
「待ってよ! どういう事なの! 説明してよ!!」
言い訳はいくらでも出来ただろう。今回は彼女を助けたのだから。
しかし、気が動転した信は、その場から逃げ出してしまった。これでは余計に問題が大きくなってしまう。最悪の選択だった。
「シンくん! シンくん!!」
赤い鳥居をくぐり、石畳の階段を駆け下りる。彼は名前を呼ぶ凛を無視し、ただ走った。
全ては自ら不注意と慢心によって招いた結果。自分自身を責める事しかできない。
信の瞳が深く、真っ黒に染まる。もう、後戻りの出来ないところまで、彼は追い詰められていた。




