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A piece of broken memory Ⅷ

 紺敷理央。彼女が憎悪とも悲鳴とも取れる叫びを上げたと同時に、彼女の周囲から漆黒の水が現れ、一平の体を吹き飛ばした。

 それだけには飽き足らず、彼女自身を無理やり引き起こし、飲み込むかのように包みながら膨張をしていった。風船のように膨れあがると、膜から気泡にも思えるような何かが発生している。音はしない。通常の沸騰ならば、ポコンとでも音がしそうなものだが、それはあくまでも物質的な科学現象によるものだ。オラクルの現象というものに含んではならない。

 暫くすると丸みを帯びたモノが膜から現れ始めた。それは触手のように蠢きながら天を目指し、ようやく形を作る。顔だ。先程と同じ蛇の顔だが、漆黒の体と赤い眼が邪悪なものを感じさせる。しかもその数は、8つ。

 

 「何がどうなってるんだ?」

 「様子がおかしいことに、間違いはないですね」


 橙堂は、その姿を見て冷静に推測した。


 「あれはまるで……八頭の蛇」

 「なんか特別な意味でも?」

 「日本神話上の怪物。八頭之蛇ヤマタノオロチです。洪水の化身。とも言われていますが、そんな」


 一平は「あぁ」と声を上げながら自分の記憶に検索してみた。

 言われてみれば、児童本か何かで見たことがあるような気がする。ヤマタノオロチといえば、確かに8つ頭の蛇で。スサノオがやっつけるとかいう話であったはず。酒を使って酔わせてしまい、その間に斬りつけていく。後は万々歳でハッピーエンド。で間違いはなかったはず。

  

 「何でまた、こんなところで」 

 「オラクルの暴走、かもしれません」

 「今まで、完全に制御しきってただろ」

 「あくまで、可能性の一つです」


 仮に、そうだったとしよう。魔導士であればそれほど大きな問題にはならない。最悪の場合、魔導から手を離せば良いだけだ。しかし、相手はあくまでも『魔術士』だからこそ、一平には分からない。


 「ちなみに、紺敷をこのまま放っておいたら、どうなる?」

 「魔術は、気脈上になる世界の力を使用します。その際、人間は制御する。と先程言いましたよね。つまりバイパスとしての役割を担うということです」

 「もっと簡単に説明してくれ」

 「水を貯蔵するダムを考えてください。大量のオラクルという水を、人という放出口で調整をします。これは、オラクルで制御し、気脈を濃縮しての密度を高くする為です」

 

 水道につけたホースのようなものだろう。先端を指で押せば、水は出口を狭められて勢いが増す。

 

 「ですが、それが今、何らかの方法で無理やり抉じ開けられている――といった具合、かもしれません。大地が持つ巨大なオラクルが、彼女に負担をかけているんです」

 「負担があるっていうのは分かったけど、もっと簡単に」


 橙堂は、黙って下唇を噛み締めながら――


 「最悪、紺敷さんは死に至ります」

 「ば――それを早く言え!」

 

 一平は駆け出そうとしたところで、橙堂に腕を掴まれる。


 「ま、待って!」

 「なんだよ!」

 「彼女の周囲。そのオラクルがとてつもないほどに高密度なんです! 今の藤白君じゃ、危険すぎる!」

 「だからって」


 そう、だからって見殺しにする理由にはならない。ここで見殺しにしてしまえば、自分が殺したとも言えるのだ。 


 「だからって、何もしないわけには行かないだろ!」


 できるだけ優しく腕を振り解いた一平は 「できることをする、それだけだからさ」と言いながら駆け出した。さほどの距離もなく、唯一阻むのは黒い水の膜だけ。しかし、それが異常なほど硬さを保っている。

 何度も何度も叩くのだが、一向に破れる気配もなければ、拳が痛みを訴えてきていた。それでも、何度も何度も、 


 「おい、目を覚ませ!」 


 呼びかけにも反応はしない。こうなれば、一か八かで体当たりでもと一平が距離を少しばかり取った。左足に力を入れて腰を落とし、多少の痛みは覚悟したところで


 「一平君!」


 橙堂が叫ぶ。


 「なー」


 何があったと言いかけたところで、蛇の一頭が横腹に目掛けて突進。予想以上の衝撃で一平の体は軽々しく宙を舞い、蹴られた小石の如くゴロゴロと地面を回った。


 「一平君、一平君!」


 橙堂は一平に近づき、彼の体を抱えながら首元に手を添える。


 「トモエ、脈拍と呼吸の確認。それとスキャニング」

 「既に行っております。脈拍、呼吸共に問題なし。ただし、肋骨が数本折れており、意識不明。且つオラクルの反応が下降中です」

 「トモエ、オラクルの制御を私に全て回して、周囲の確認を」

 「分かりました」


 橙堂は大きく息を吸う。


 「今度は、私が貴方を助けます」


 身体の構造から、微弱になりつつあるオラクルの流れを読み取りつつ、気道を確保。自身のオラクルを一点集中させ、 

 

 ――唇を重ねた。


 房中術という、オラクルを操る技術の一つである。自身のオラクルを相手のオラクルに干渉・反応させ結合し、橙堂は自身のオラクルを一平に送っているのだ。あくまでも試したことはない。しかし、ここでやらなければ彼は死んでしまうかもしれない。それも理解している。ならば、躊躇う必要などはなかった。一平自身のオラクルが回復に向かえば、それだけ生存の可能性も高くなる。少しずつ繋ぎ合わせていたオラクルを、深く結び上げて行き供給していくと、僅かに一平の体が反応した。

 

 「良かった」と橙堂が呟いたのもつかの間、「ゆかり、後ろから来ます」というトモエの音声に、橙堂は機敏な反応を見せる。


 「っく――」


 辛うじて長刀を用い逸らしたものの、その威力は段違いにも程がある。無意識の内に、理央が手加減をくわえていたのかもしれない。けれど、その手加減が今、完全に開放されているのだ。


 「早い上に、重いっ!」

 地面に足を食い込ませながら、なんとか軌道を逸らしたのだが、橙堂は苦渋する。


 「トモエ」

 「なんでしょう、ゆかり」

 「彼の命を最優先にするとして、もっとも最適と思われるプランは?」

 「我々が、注意を惹くことにあるでしょう」

 「だと思った――壊れてしまったら、ゴメンね」

 「いいえ、貴方の人形ですから」


 一平を抱き飛んだ橙堂は、木の根元に寄りかからせ「一平君、貴方を――」ゆっくりと彼の頬に触れ、優しく微笑んだ。

 そして、強く決意に満ちた眼差しで紺敷を見つめると「絶対に殺させたりなんかしない!」吼えて滑走する。


 明確に敵としての認識をしたのか、黒蛇はその頭を地面に叩きつけ牙を振るい、体をうねらせている。

 このままでは、一平にも危害が及ぶかもしれない、そんな一抹の不安を抱えて、誘導するように場所を少しずつ動かしていくのだが、巨大な顎は地面を削り、高木を倒し、コンクリートも粉々に破壊しつつ橙堂を追う。


 「これだけ、派手になっていれば」


 人払いというものが、どこまでの範囲に効果を及んでいるのか橙堂は知らない。けれど、これだけの轟音を立てているのならば、誰かしら反応を示し、駆けつけてくれるだろうと橙堂は予想した。

 問題は、それまで自分のオラクルが持ってくれるか、どうかというところでもある。だが、ここでやらなければ、やらなければいけない。そう、思う。

 目を瞑れば、昨日のことのように思い出すことができるのだ。

 

 両親から逸れた自分に、落ちてくる瓦礫から身を挺して、守ってくれた少年のことを。

 「お守り」といって、ペンダントを渡してくれた少年のことをーー。

 

 (私の、せいだ)


 橙堂は、自分の責任で彼が記憶を失ったとのだと思う。あの時、自分が両親と共に行動していれば、彼が傷付く必要もなかったはずなのだから。だからこそ、そんな彼が学園に居るのを知った時、嬉しいという反面、複雑な部分もあった。もう一度あんなことが起こるのではないか、と。未熟な自分では、彼を守れるのか分からないから、と。学園から去るべきだと指摘した。これ以上、彼自身にあんな思いをして欲しくはなかったから。

 けれど、その彼はあまつさえ、自分からトラブルに足を踏み入れて、また助けてくれた。そして今は、誰かを助けようとして自分から傷ついている。


 (本当に、バカな人。だけど――)

 

 何をしなければならないのか、どうしなければならないのか。

 それはとても簡単。

 

 とても簡単なことだった。


 (今度こそは、私が彼を守らなきゃいけない)


 橙堂は、残る僅かなオラクルを使用して空へ跳んだ。空中で半身を捻り、下降しながら弓を引いて、蛇の注意を自身に向ける。動かすだけで消耗するオラクルの残量を認識しつつ、横から来る蛇頭に体を捻って地面へと蹴りつける。体制を整えたかと思えば、正面からはもう一体の蛇が橙堂を狙って突進。辛うじて両手で進路を阻むものの、橙堂は衝撃で宙を舞い、地面に叩きつけられる。体が痛みを訴えているものの、ここで引くわけにはいかないと体を起こし、蛇との距離、状況の再認識に頭を捻る。


 「トモエ、残存のオラクルは?」

 「20%を切っています」

 「そう……お願い、間に合って」


 か細い希望。

 橙堂はその一言を口にして、再び目前の蛇と向き合っていた。

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