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A piece of broken memory Ⅴ

高等部の正面玄関から出た一平と橙堂は、肩を揃えて帰宅に入っていた。先のこともあり、形だけだが一人よりはマシかもしれないということもある。


 「なぁ、本当に心当たりとかないのか?」

 一平は、念のためだが確認した。


 「今まで、こんなことはなかったんです」

 「んじゃあ、何か恨みを買った覚えは?」

 「妬みなら、あるかもしれないですけど」


 天才、ということもあるのだろう。人より秀でるものを持っているということは、それだけでも妬みの対象にはなりやすい。魔導の発展と共に心理学や脳科学の関係から明るみに出た事実でもあるのだ。他人。ましてや肉親ですらも人が持つ能力には劣等感を懐き、妬むのだという。ましてや、女性という立場を考えれば一層のこと。それを間近で見てしまったこともある一平は、それだけでも十分に「へぇ」と言わざるを得ない。


 「ところで、あの水って何だ? 俺が触っても平気だったし」

 「気づいてないんですか?」

 「何が?」


 橙堂は隠すこともせず、額に手を当て、至極呆れた様子をしながら大きく息を漏らした。

 「勉強もろくにできないんですね」

 「す、すいません。つーか、知らないんだよ。今日入学したばっかだぞ!」

 そこから正面に顔を向け、右手を口元に当てながら「多分、魔術です」と呟く。

 「魔導じゃないのか?」

 橙堂は、真摯に一平に顔を向けながら

 「確信はありません。もちろん、魔導でも水を操る方法はありますけれど、それはあくまで自身のオラクルが潜在する距離。数値にして1.5メートルから2メートルの範囲内。熟練者でも4メートルから5メートルなんですよ」

 と言い切った。しかし、それだと合点がいかない部分もある。


 「ん、じゃあ人形も基本的に動かせるのはそのくらいってことにならないか。それだとおかしいだろ?」

 一平の推測でしかないのだが、一時橙堂の人形は6メートル以上の距離を開けていたはずだ。そう、その事実とは矛盾しておかしな話になってしまう。

 「人形には精密な回路が積まれているんです。オラクル特定のパーソナリティを定期的に登録しなおして、オーナーとのオラクルがもっとも効率の良い状況にしなければならないので」

 「つまり、調整ってことか」

 「そうですね。それに対して、魔術の効果は広域です。魔導と魔術の根本的な違いはご存知ですか?」

 もちろん知る由もない一平は、考えるという行為すらも放棄した。中途半端に、しかも知ったかぶりなどをしても意味がないのは分かっている。


 「橙堂先生、バカな僕にご教授下さい」

 「魔導は、自身のオラクルを魔導という機器を通して使用することができます。つまり、魔導士とは魔導というエネルギー変換機を持たなければ、基本的にはただの人に変わりはありません」

 「あ、それは何となく理解できる。魔導に頼りすぎちゃって、いざって時に何もできない。みたいなパターンだろ?」 

 橙堂はコクン―と頷いて、

 「魔導式自転車の例で挙げれば、オラクルが切れた途端派手に転ぶ大人、という姿もあるみたいですけど」

 補足を付け加えた。なるほど、そういうこともあるのか、随分ダサいんだなと一平は考えつつ。そういう大人にはなりたくないものだと自分を窘めてみる。


 「話がそれましたね。それに対し、魔術はその効果範囲が広い場合があるんですよ。詳しくは知りませんが、事前準備などにもよって領域が広いほど無尽蔵にも効果は発動する。というように何かで見たことがあります。何より大きな違いは、自身のオラクルをあくまで制御に使用するということなんですが」

 「ちょ、ちょっと待って。突発過ぎてよくわからん」

 「えぇっと、地脈とか気脈という言葉を聞いたことは?」

 「あ、ゲームなんかであるかも」

 「勉強して下さい……。地脈や気脈というのは、地球という一個の存在が保有する自然エネルギーなんです。魔術士は、その自然エネルギーを自身のオラクルで制御し、森羅万象という理の中で召還・具現・還元に循環を通して発現します」

 「ちょっと待て、つまりは無限に近いエネルギーがあるってことだろ。最強ってことじゃん?」


 そう、オラクルの保有量というものくらいは一平自身も理解はしている。人という意思のエネルギーは所詮1個のエネルギーであって、地球という規模から見れば明白でもある。従って、オラクルの保有量は常に管理しなければならないという話も聞いたことがある。だが、橙堂の話を聞く上では、魔術士は地球規模のオラクルを制御するというのだ。無限といっても過言ではない。


 「それは違います。大きなエネルギーを操るには、それなりのオラクルを操作する技術・能力・鍛錬が欠かせません。事前の準備により、自然という力を借りる為の儀式がある程度必要になりますから。そこに必要になるのは、大抵の場合は自身の血肉と聞いています。大掛かりなものはそれなりの代償も必要ですし、何より、大きすぎるエネルギーの負荷に耐えられない場合もあるらしいんです」


 そういうことならば、ある程度の納得ができる。自分の体を犠牲にするのはあまり関心できるものではないが、何事に置いてもメリットとリスクは必要だ。それを覚悟している上ならば――とも考えてみる。


 「らしいってことは?」

 「あくまでも、聞いた話でしかないので。でも、魔導士に例えるならば、オラクルの暴走でしょうか」


 魔術士が扱う魔力・霊力といったものも、今ではオラクルとして総称されている。魔導士でいう暴走。と言われれば、一平は魔術士については少し理解した。しかし、やはり分からないものは分からない。


 「で、仮に魔術士だったとすると、なんでそのペンダントなんか欲しがってんだ?」

 「分かりません、本当に」

 となれば、ペンダント事体に何かあるのが妥当と思うのが普通だ。一平は「ちょっと見ても?」と橙堂に向かって言ってみる。

 「え、えぇ」

 

 橙堂はペンダントを手に取って、一平の手の平に置いた。正面から、側面から。裏返してみたりなどもするのだが、どこからみてもただの水晶。嫌味のない金色のパーツに、チェーンは銀色。 

 

 「うーん、そんなに高価なものには思えないんだけど」

 「う、あんまりジロジロ見ないで下さい。この下僕」

 

 ペンダントから手を離した一平は「渡してしまう、って方法もあるよな。そうすれば―」と口にした。だが、橙堂は「ダメです」と怒声にも似た声を張り上げる。

 

 「借り物とか、言ってたっけ。まぁ、軽はずみに渡すことなんかできねーよな」

 

 居心地を悪く感じた一平は、頭を掻きながらさてどうしたものか、と考えた矢先、携帯端末のアラームが鳴った。画面をタップすると、鮮花からメールが届いている。

 

 カラオケ始ってんぞ、早く来いよ、とのこと。

 

 「あ、いけね」

 「どうしたんです?」

 「クラスの親睦会があったんだよ」

 「Eクラスはそんなこともしているんですね」

 「Aクラスはないのか、こういうの」

 「基本的に特進クラスですし。学業専念って感じで。友人というよりも、ライバル視のほうが強いですかね」

 「ふーん、そんなもんか」

 

 何気ない返事でいたはずだ。しかし、橙堂は興味があるようで、

 

 「Eクラスは、どんな感じなんですか?」

 小鹿のように顔を傾けて聞いてくる。一平は少しだけ胸がときめきを感じたのだが、これは罠だ、と自分に言い聞かせた。

 「んー、なんかクセのあるやつばっかりだけど、基本的にはいい奴ばかりだと思う」

 「一番クセがありそうなの、藤白さんだと思いますけど」

 「バカな俺でも分かることがある。言っていいことと悪いことだってあるんだからな!」

 

 一平は、あえてダイナミックな動作を入れてゆかりを指差す。

 

 「だったら言われないように努力してください」

 正論。正論過ぎる正論である。まともに銃弾のような発言で萎れそうになった一平は、両膝を着いて負けてしまったボクサーのようになっていた。

 「言えない、何も言い返せないなんて言えない!」

 そして、頭を抱えて空に叫ぶ。

 「もう言っちゃってますけど」

 「しまったぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

 

 勢い良く振り落とした手を微動させながら、一平は叫ぶ。その様子を見て、橙堂がクスリ―と笑っていた。

 「本当、バカなんですね」

 「ん、よーやく笑った」

 「え?」

 「やけに緊張してたろ。まぁ、当たり前なんだけどさ」

 軽く埃を落としながら一平は立ち上がりつつ、「いざとなったら、それ渡しちまえよ」とペンダントを指差しながら言う。

 「え?」

 「怪我しちまったら、意味ねーと思うし。渡した奴も、それを望んでたわけでもないと思うんだ。考えられそうなのって、持ち主自身もそれが重要なものか知らなかったってパターンと、知ってて黙ってたってパターンっぽくね?」

 「そう言われれば、そうかもしれませんが……」

 「今までこういうことがなかったってんなら、前者なような気がするんだよな。何となくでしかないけど。だから、橙堂さんが傷負ってまで守る必要はないと思う」

 

 暫しの間、考えるかのような様子だったのだが、それが不意に睨まれるような顔になっていた。

 

 「それで励ましてるつもりですか?」

 「う……」

 「冗談ですよ。奴隷の癖に生意気です」

 

 一々棘がある奴だ、と一平が再び足を運び始めたところで「っくしゅん」とまぁ、可愛らしい声が聞える。そういえば、と一平は理解した。ゆかりは最後の最後で散々なほど水をまき散らかされたのだ。制服がそこそこ濡れている。ジャージの支給は明日と言っていたので、予備の服などあるわけがないのだが、それならば学園の寮で気休めにでも乾燥機にぶち込むという方法もあったのではないだろうか。と思考を回し、自分達がどこで襲撃されたのか改めて思い返す。学校の敷居内だ。ならば、襲ってきた者もまだそこに居る可能性は高い。「ふーむ」と言いながら少しだけ考えた一平は、最低限、男としてやるべきことはやっておこうとの結論をまとめた。


 その第一歩が「脱げ」という一言である。


 「は、はぁ!?」

 橙堂は半身を引いて驚嘆の声を上げていた。動転でもしたのだろうか、あれだけの戦いを繰り広げておいて、どこか抜けているようにも思える。

 

 「脱げよ」

 

 だが一平は、濁りのない眼で橙堂を見てもう一度そう言ったのだ。

 「ちょ、ちょっと待ってください、何言ってるんですかこんなところで!」

 「いいから脱げって」

 「そん、心の準備ってものが、その、えっと――」

 自分が招いたこの状況に違和感を持った一平は、改めて言い直すことにしてみる。

 

 「風邪引くだろ、早く上着脱げって」

 

 ピクン、と眉で反応をしながら、橙堂は拳を握っていた。だが、このままでは確かに風邪を引くかもしれないと自分の上着を脱いで軽く畳み、腕にかける。少しだけブラウスも水で湿っている様子を見れば、流石にこのまま帰すわけにも街中を歩かせるわけにも行かないと、一平は自分の上着を脱いで橙堂に渡したのだが、 

 

 「う……奴隷の癖に」

 相変わらず、素直に感謝の言葉を言わないゆかりだった。

 「はいはい、文句は明日にでも聞きますよー。あるかどうか知らないけどな。んで橙堂さん、家は近いのか?」

 「徒歩と電車を使って、50分くらいですけど」

 「俺んとこの方が近いか。じゃ行くぞー」

 「え……」

 橙堂の表情が、熟したリンゴのように赤くなっていく。

 「な、何をするつもりですか!!」

 暑くなった橙堂とは対称的に、一平は振り返って冷静に返事をする。

 「あのねぇ、何って服乾燥させるじゃん。ドライヤーもあるから、髪も乾かしていけよ」

 

 一平の後姿を見て橙堂は思う。


 この人、相当バカなのかも――と。

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