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A piece of broken memory Ⅳ

 一平がひっぱたかれたシーンを数名が目撃していたらしく、彼女との関係を質問――という名の尋問――を乗り越えた一平は、その疲れも相まってか、晴れ晴れとした青空とは対照的に、どんよりとした空気を放ちつつ重い足を上げて学園の帰路に入っていた。


 「これ以上、面倒なのはゴメンだ」

 「心の声が漏れてるからな、いっぺー」

 前の方で女子と会話していたはずの鮮花が、何時の間にか側にいる。聞かれてしまったのだろう。


 「うるせぇ、少しは気遣ってくれ」

 「人間にとって大事な養分の一つ、愛が足りていないんだな」

 「どうしてそこに愛という単語を……」

 鮮花は大声で、前を歩く女子達に

 「なぁ、誰かバカぺーに愛を買ってやってくれ」

 冗談めかしながら申し出すると「んー、うまい棒1本でいいならー!」と前を歩く女子の一人がそう返してくれるのは、一平にとって嬉しい反面複雑だ。

 「俺への愛は15円相当ですか」

 物価が少し高騰した現在。うまい棒1本15円。コンポタ味・たこ焼き味など昔ながらの定番に加え、どこかの店では試作品としてハンバーガー味、ゲテモノ挑戦味なる物も販売しております。

 「貰えるだけマシだろ。紫空なんか頼んでも断わられるぜきっと」

 一平は、随分安い気遣いだなーとは考えたもののあえて突っ込まなかった。ここで突っ込んでしまったら、後が怖いような気がする。だが、ちょっとばかり気にかかることもあったので話を逸らすことにした。少し前を、雑誌を目にしながら歩いている紫空に声をかける。

 「えっと、紫空さんに質問が」

 「報酬は?」

 視線をピクリトモ動かさず反応する紫空。一々報酬が必要なのかよ、と内心一平は呟いたのだが、そこはあえて堪えるのが依頼者でもあるだろう。

 「鯛焼き5個追加で」

 パン、と乾いた音が立てて雑誌が閉じられていた。ようやくこちらに視線を移した紫空は、メガネの縁に触れながら「いいだろう。で、聞きたいのは橙堂のことか?」と確認してくる。

 どうして分かるのだろうか、とは思いつつ「橙堂さんのことについて、少し詳しく知りたい」とだけ返答をした。

 「血液型はA型、誕生日は7月9日。異性との交流はないらしい」

 「すげぇ、そんなことまで分かるのかよ……」

 「必要とあらば、身長から体重。スリーサイズまで調べるが?」


 一平は二つの意味で引きそうになった。


 「俺のこと、どんな変態だと思っているんだ?」

 「トラブルメーカーだからな。そんな程度の質問だろうと予想していた」

 「初日から俺の印象が最悪だーっ!」

 「で、本当は何が聞きたい」

 「ん、橙堂さんの魔導に関わる生い立ち、かな」

 「態々調べるまでもない。橙堂ゆかり。初等部から魔導に関して才覚を表し始め、勉強の成績は優秀。魔導人形に関しても操作が緻密でありることから、日本魔導において一目を置かれ『天才』と呼称されるようになった。パートナーとも言える人形の名はトモエ。戦国時代の女武将から名前を取ったようだな。人形自体の性能も良いらしく、彼女が作成した人形が欲しいと多額の金で交渉するものもいるらしい。が、今まで全て断っているようだ」

 「ふぅ、ん」

 「国際ライセンスを持ち、人形を使うということは、それなりにオラクルの操作を心得ている、という解釈で間違いはないだろう。そして、GM事件の被害者だ」

 

一平は、その事件を聞いた覚えがある。自身の父親と母親を失った事件。ある一人の魔導士が暴走し、日本で開催された魔導閲覧会の会場を制圧し、会場にあった魔導を奪取しようとしてたのではないか、というくらいにはTVなどで知識を得ている。ビルの周囲1キロは爆発や二次火災などに巻き込まれると予想されていたのだが、唐突に動き始めたという魔導人形が稼動し、その手に魔道装甲を持って鎮圧したのだという。常識で考えればありえないことでもあり、その魔導士は今だ不明だとかなんとか。何よりも凄いと思えるのが、


 「とはいえ、彼女自身は少しの擦り傷と火傷で済んだようだが……恐らく奇蹟に近い光景を目の当たりにしていたのだろうな。来場者300を越える中、死傷者2名、負傷者1名。人形が勝手に動き出し、人命を救助したという話は今でも興味深い」


 紫空がいう、犠牲者の少なさ。尊いとも言える人命が多く救われたのは、凄いことでもあると思う。けれど、けれどだ。その中に、自分の両親が含まれていれば、どれほどに嬉しいことだっただろう。一平は苦い思いをぶり返してしまった。

 「こんなところでどうだ? 鯛焼き5個分の情報量としては妥当だと思うが」

 しかし、それはあくまでも過去のこと。過去のことだからこそ取り返しは着かないのだ。一平は自分の気持ちを振り払いつつ、

 「十分。ありがとう……で鮮花、人数少ないけど他の奴は?」

 曖昧模糊に、話を変えてみようと試みる。

 「学園内の寮に戻ったりだな。集合場所は連絡回ってるだろうし」

 「あぁ、なるほど」

 寮は学園内にある。時間まで少しあることも考えれば、妥当な線だろう。加え、生憎とその設備は全て魔導のために、一平にとっては牢獄ともいえるような空間と化すのは明らかな事実だった。その為、祖父の知りあいが経営しているという比較的安価で近めのアパートに住んでいる。

 「俺もできれば寮が良かったけどなー」

 「無理だろ、あの扉ですらトラブッたんだ。家具は良しにしろ、魔導機器で全滅なのは確定だろ」

 「分かりきってること言うな、ボケもツッコミもできねーよ。因みに、不参加は?」

 「紺式だけ」

 一平は何となくだが思い返す。紺敷理央(こんじきりお。簡潔で完結な自己紹介をしていたはずだ。

 「あー、紺式ってあの白くて長い髪の、だったよな?」

 「女子が誘ったらしいんだけど、用事があるんだってよ」

 「そっか」

 「目移りはよくねーな」

 鮮花がニヤリとしながら言う。何か企んでいそうな顔で。

 「藤白君サイテー!」なる罵倒が飛んできたのだが、一平はあえてスルーした。

 「これっぽっちも思ってねーからなっ!」

 「そいやお前、配布されたプリントファイルはちゃんと読めたんだろうな?」

 「読めるっての! 机はデスクトップの機械型だろうが! 日本語くらい読めなかったら俺はどこの小学生だ!!」

 魔導式ならば、起動すらもできないのが問題でもあるのは一平も理解している。だが、鮮花の狙いは別だった様だ。

 「英語は無理ってことなんだな」

 「う……」

 「その様子だと、魔導専門用語なども厳しいのだろう」

 鮮花の言葉どころか、会話を聞いていたのだろう渉にさえも何も言い返せない。ところでー、だ。

 「あ……」

 「どうした、バカぺー」

 「バカペー言うな」

 口だけで鮮花に反論しながら、一平は自分のバックを開けてみる。そして案の定、その懸念が当ってしまった

 「机にメモリー差したまま忘れちまった」

 「何やってんだよ、バカペー」

 忘れるわけにはいかないものだったと思う。目を通しておいた方が良いプリントファイルだったはずだ。となれば、取りに戻らないわけにはいかない。

 「先行っててくれよ。一旦戻るわ」

 「おー、じゃあ行ってるな」


 幸い、まだ校門を出たばかり。一平は軽く早足で歩きつつ、遠くのグラウンドで部活動と思われる野球部や陸上部を見ながら昇降口に入り、帰宅するのであろう生徒に逆流してホップステップして階段を駆け上がる。長い廊下を速歩して教室に入ると、一目散に机からメモリーを取り外して鞄にしまうのだが、念のためという意味で他に何か忘れ物がないかも確認。「うっし、忘れ物なし」と自分に言い聞かせ、教室のドアを閉めた。

 (初日からツイテナイしな、気をつけないと) 


 誰も見かけない廊下をとぼとぼと歩きながら、階段に近づいたところで、天才。ことゆかりの姿を見かけてしまう。

 「橙堂さん、屋上に何をしに―?」

 一瞬、気になったのだが、どうせ自分には関わりがあるわけではない。そう、そうなのだが、やはり気になる。他人事、ということにしてしまえば、気も軽くなってしょうがない。

 「あの時は、がっついちまったからな。ちゃんと、謝っておくか」

 

 自分に明確な、正論のように思える正義を作って彼女の後を追ってみた。この理由ならば、別段悪いことなどないのだが如何せん行動が怪しいのが問題である。足音を立てないように階段を上がるその様子は、ストーカーに間違われてもおかしくはないのではないだろうか。加えて、静かに屋上のドアを開ける様子など、前時代的な泥棒のようである。

 

 (あ、あくまでも何かあった時に誤魔化せるようにであって、そう、これはあくまでも正しい行動であって)

 

 自分を正当化しようと必死。不幸中の幸いだったのは、どうやら告白などのイベントじみたものではなかったことかもしれない。そういう雰囲気ではないのだ。

 

 (誰だ、あいつ? この時期に、頭から足まで隠れるフードなんか被って)

 

 一平の思案は他所に、二人の会話が始っている。

 「何か、御用ですか?」とゆかりが訪ねれば「貴女が持っている、そのペンダントを譲って頂きたいのです」と、黒いフードに黒いマントを被った何者かが答えていた。

 たかだかペンダント一つにあんな格好してまで? と一平は考える。それにどんな価値があるのかも知らない。そう考えれば、よほど高価で重要なものなのか、というくらいの推測はできたのだが。

 「お断りします」

 ゆかりは答えた。確固たる意志が、その言葉から滲み出ているかのようにすらも、思える。

 「これは、大事な人からお借りしている宝物なんです。どんな価値のあるものなのか、それは私には分かりませんけれど譲るわけにはいきません」

 「素直に渡してくれるのであれば、これぐらいの金額は出しますが」

 横目からだが、フードを被った者がマントの内側に緩慢な動作で手を差し伸べ、そこから一枚の紙を取り出した。

 「前時代的な方法で申し訳ありません。小切手で1千万ご用意しました。新たに魔導機構を作るもよし、改良するのにも十分な資金になると思いますけれど。如何でしょう?」

 

 (小切手、1千万……マジかよ)

 

 一平の庶民派思考は他所に、ゆかりは暫しの間沈黙をつくっていた。そして「お金では買えないものを、ご存知ですか?」至極柔らかな口調で、逆に問い質す。ゆかりならではの発想なのか、一平自身の平凡な頭では理解できないのか、どちらにせよこの場面でその台詞が出るということは、この交渉は破綻なのだろう。できうる限り、相手も納得した上で諦めてもらいたい、というゆかりの配慮だったのかもしれない。

 「どれほど魔導が発展しようと、人の心は買えないんです。死した人を復元することも、過去を取り戻すこともできないんですから」

 「なるほど。では、交渉は決裂ですか?」

 「そうですね。申し訳ありませんが、お金で譲るつもりはありません」

 「正直なところ、貴方がその選択をしてくれて良かったと思っています」

 寧ろ、その選択を望んでいたのだ、と言わんばかりに、黒尽くめの者が言葉を紡ぎつつ、小切手を懐に戻す。

 「これで、心おきなく手合わせができますので」

 まさか――な、と一平は思う。原則、校内で魔導装甲を使用した戦闘行為は禁止である。これは、生徒が傷付くかもしれないという配慮と施設設備の破壊を防ぐ為に守られるべき規則の一つだ。唯一許可が取れるのは、オラクルの精密性をやや緩和させる専用の訓練施設だけであったはず。 だがしかし、黒尽くめの者は既に、始める様子を醸し出していた。どのような原理かは分からないのだが、マントの周囲から水をかき集めている。空中で浮いた複数の水球はその場で静止し、今か今かと指示を待っているようにも見える。

 「校内の規則に反します」

 「百も承知。力づくで頂きます。お覚悟を、今代における魔導の天才」

 その声を機として、水球が急速に勢いをつけてゆかりを襲う。対して、ゆかりは自身の魔導人形の名「トモエ」と叫んだ。瞬時に構成された人の型を成した白い人形は、武器である長刀を用い加速する水球を弾き落とす。水球の威力を示しているのか、屋上のコンクリートが削りとっていた。

 

 「それが噂の、人形ですか」

 

 「私には、貴方と戦う理由がありません」

 「こちらにはあります。それを頂かなければ」

 更に追従して、水球がゆかりを襲う。

 ゆかりは、人形を駆使しそれらを弾き落としているのだが、防戦一方で埒があかない。叩き逃した水球がドア付近の壁にぶち当たり、嫌な音を立てたと思った後にはソフトボール並の大きな穴を作り出している。それを見て、一平は焦っていた。魔導というスポーツの域ではない。これは戦いだ。一歩間違えれば、容易に命すらも奪ってしまう。けれど、どうしてこんな所で――?

 「なかなかやりますね。では、これでどうです?」

 黒尽くめが、一際大きな水球を作り出し「水蛇みずへび」と口にした。途端、その水は細く形を変えながら人形に近づいていき、名の通り蛇の頭が構成される。水で作られた牙。人形は腕を動かし、その顎による一撃を地面を削りながら受け止める。しかし、それこそが狙いだったのかもしれない。人形の足を止めるという方法という意味だ。

 

 (あ、押される、かも)

 

 大抵の人形使いは、そのオラクルを人形に注ぎ込む為に自身が前衛に出るというスタイルをとることは殆んど無い。稀に、身体能力が高いものは自身も人形と共に戦闘行為を行い、阿吽の呼吸で敵を圧倒する場合もあるにはあるらしいのだ。しかし、一平が紫空に、彼女の話を聞いたところではあくまでも、橙堂ゆかりはその学力と魔導人形を精密かつスムーズに動作しえる逸材として『天才』の称号を勝ち取った人物である。つまり、人形を止めてさえしてしまえば彼女はただの平凡な一人の少女でしかないはずだ。

 「くっ―」

 一平の予想通り、ゆかりが表情を歪めた。それを好機とみたのだろう。黒尽くめは更なる一手を出す。蛇の形を構成する水の一部を浮遊させ、水球を作り出した。

 「がっかりしました。が、勝負は勝負。これでお終いです」

 

 黒尽くめが、手の平を上げて留めと言わんばかりに振り落とす瞬間だった。人形とゆかりの距離は、直線にして約2メートル。そこから、コンクリート並の強度に易々と穴を開ける水球が当ってしまったらどうなるのかは容易に見当がついた。お世辞にも頭がいいとは言えない一平でも、そのくらいのことは一瞬で理解できた。だからこそ――考える前に体が動いてしまう。

 ドアを勢いよく開け、スタートからの全力ダッシュ。


 (本日2度目。何やってるんだろうな、俺)


 そう考えてしまうのだが、もう既に足が止まらない。状態をできるだけ低く、低くと意識して、そのままゆかりを横から庇うように飛びつき、屋上の床に転がった。同時に後部から嫌な音が聞える。幸い、五体満足で居られたらしい。 「あっぶねぇ」と言いながら、一平は背後を確認した。そこには数個の穴が盛大に出来上がっている。あれを食らっていたらと考えてしまうと、背筋がゾクリとした。

 「ど、どうしてここに?」

 「説明は後。まずは、どうするかが先だろ」

 一平は起き上がり、視線は黒尽くめに固定しながらもゆかりに手を差し伸べる。そんな動作を呆気にでも取られたのだろうか、黒尽くめは一旦、蛇の動きを止めて自身の側に戻した。

 「誰か居るとは気づいていましたが、お知り合いでしたか?」

 「単に面識があるというだけです。彼とは」

 「酷い言い草だ」

 「事実です」

 「まるで、お姫様を守る騎士みたい。でも、随分と弱そうな騎士ですね」

 「そんなことありませんよ。やる時にしかやる気すらも出さないんです」

 「少なくとも、今がその時だと思うのですがね」

 「さぁ、どうですかね?」

 「では――両者共に遠慮なく」

 狙いは、あくまでも両者らしい。だが、複数名であればやれる方法もある。あるにはある。

 「橙堂、あいつの動き、抑えられるか?」

 「今の状態では、水の蛇を防ぐので手一杯です」

 「なら、それをやっててくれよ!」

 一か八か、無謀な選択かもしれないのだが、一平は自分の悪運をここで信じてみることにした。橙堂の人形が水球を防いでいる中、横から飛び出して疾走を開始する。可能な限り屋上のフェンスギリギリまで走りに走り抜け、足腰を使って急旋廻し、黒尽くめの方向へ進路を変えたのだ。


 しかし――

 

 「甘い」

 黒尽くめは、左手を出してそこから水球を繰り出してきた。「うっげ」となんとも情けない声を立てながら一平はギリギリのラインで避けることができたのだが、それはあくまで本当に、偶然であって、彼自身の実力などではない。よって内心では――

 

 (やばいやばいやばい、きゃー、ぎゃー、死ぬかと思ったーっ!) 

 

 となりながら、頑張って顔には出さないようにしている。寧ろ、できるだけ相手を挑発するかのように口唇の左端を上げてみた。

 「そ、そんなもんかよ」

 「手加減に気づかなんて、愚かにも程がある」

 その言葉に、一瞬だけ躊躇した。そういえば、あれだけの威力を保持しているのならばフェンスが壊れていたとしても不思議じゃない。大きな音を立てていても不思議じゃない。だが、そんな音は一切聞えなかった。聞えたのはフェンスが少し揺れる程度の音だけ。背後を確認すれば当然、ちょっと水に濡れた位のフェンスが残っている。

 「お気遣いどうも。できればそのまま加減してくれよっ!」

 一平は再び疾走を開始。短距離はどちらかと言えば早い方に分類されるが、あくまでも素人レベルの話だ、加え、魔導装甲の基礎である身体向上の腕輪すらも身に纏えない一平では、21世紀前半の男子程度とそう変わりはない。水球をなんとか切り抜けつつ近づいたところで、それは所詮――

 「気が向けば、ですけどね」

 罠でしかなかった。薄い水の防護膜が、黒尽くめの左手の平から構成されて近づくことを一瞬躊躇する。

 「舐めるな!」

 水の防護膜に一平は力いっぱい殴りつける。その拳は水の膜を通り、左腕についているブレスレットに触れた。

 

 (よっし!)


 一平は勝利を確信する。魔導に関して『触れるだけで何らかのトラブルを引き起こす』一平ならば嫌でも反応が起きてたはず。だが、水の膜はそのまま顕在していた。何もかもを柔軟に受け止めつつ何の反応もなく、そこに存在している。だからこそ、驚嘆。呆然になってしまい、「なんだよ、これ……」と呟いた。

 「学習が足りません」


 (やばい、これは、本当にやばい―)

 

 一平の脳内で、危険信号がジリジリと告げている。この至近距離で、手加減されたとしてもあの水球をまともに受けてしまったら――という不安が過ぎる。 

 「貴方を人質にして……邪魔が入りそう、か」

 水蛇と壁のような膜を解き放ち、ただの水に変わった水滴は重力に逆らえずコンクリートを濡らす。

 「橙堂さん、力量は測らせて頂きました。不毛な争いを避けたいのであれば、素直に引き渡して頂けるよう検討を。では、また改めて」

 足元に水を溜めた黒尽くめは、四散した水の勢いを使ってなのか上空に飛翔して見えなくなる。天気なのに、雨が降り注ぐ。その雨を真っ当に受けながら、屋上に取り残された二人はボンヤリと空を眺めていた。

 「何なんだ、アイツ」

 「多分」

 「多分、なんだよ?」

 「いえ、あくまでも推測なんですが。そもそも、どうしてここにいるんです」

 「何となく、気になって後をつけただけだ」

 「ストーカーですか、最悪です」

 「いや、そーいうことじゃなくって」と言い訳がましく言葉を重ねようとしたところで、もう一つの足音が屋上に響いた。

 「オラクルの気配を感じて来てみれば、何やってんだお前等。下校時間は過ぎてるぞ?」

 「あ、いやなんてことはないです」

 「なんてことはない、ねぇ。じゃ、そのうちそこの破損について後日キッチリ説明してもらうからな」

 「う……」というのが、一平。 「あ……」というのは、ゆかり。

 「天才に、トラブルメーカーの組み合わせかー。春なのに、水遊び?」

 「あ、いえ。そのぉ」

 二人は互いを見合った。正体不明の人に襲われました、なんていっても信じては貰えないだろう。常識的に考えれば。

 「逢引でもしてたのか?」

 「ち、ちがいますって!」

 「そ、そうです。誰がこんな、トラブルの塊みたいな人となんて」

 「あーそう? 交際は自由だけど、学生の本分は勉強なのも忘れるな。じゃ、早く帰れよー」

 「は、はい! 失礼します!」

 二人が屋上から去ったのを目とオラクルの気配から察した安陪先生は、一人愚痴る。

 「空気が揺れてるってことは……ったく、どっかの組織でも動き始めたかなー。面倒な仕事増やしやがって」

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