A piece of broken memory Ⅲ
ショートホームルームが終了して、学園の正午まで自由見学時間となった。
「さて、バカペー、どっか見に行かねーか?」と鮮花が言った途端「鮮花君、どこか見に行こうよ!」と他クラスからやってきた女子に捕まった鮮花を見て「モテル奴は大変だな。頑張れー」などと簡単に手を振り、渉は一心不乱にキーボードを叩く姿を見て「しょうがない、ひもじいが一人で回るかー」と一平が教室を出て早々、口が開いたまま閉じなくなった。
一心攻防とも言えるような部活勧誘の合戦が繰り広げられていたためである。
魔導の学校とは言え『健全な身体にこそ健全なオラクルが宿る』という古い日本の言葉を少し変えた言い回しもあるためか、アルカナという学園でも部活というものが認められていた。野球に、サッカーやラグビー、テニスに陸上や水泳。剣道や弓道といった各種体操部に始まり、新聞放送・吹奏楽・和楽器・文学などなど、ダンスや民謡愛好会を含めれば20の数を超えるらしい。所属する部員数によって予算の振り分けが行われるので、必死ということである。
一平の顔を見るなり「トラブルメーカー!」と言って、数名の先輩に囲まれて部活勧誘され、突破したかと思えば時折足を踏まれ、壁に頭をぶつけつつ人の波をようやく切り抜け、自販機の前にたどり着いた一平は飲み物を買おうとして一瞬だけ躊躇った。
「まさか、魔導式の自販機じゃないよな?」
普通、即ち魔導を扱える人間ならば気にしなくてもいいところではあるのだが、一平はしっかりとその自販機が魔導と科学ハイブリット式であることを確認したうえで硬貨を入れた。どういう理屈なのか分からないが、ハイブリット式であれば一平の体質が現れることもないらしい。小学生の頃、魔導式の自販機でコーラを買おうとして回路をショートさせ、尚且つジュースが大量に溢れ出した。などということもある。
「良かった。自販機まで魔導式だったら、コンビニで毎日買わなきゃならなかった」
安堵をしつつ、冷たいコーヒーを選択して押した。
何度かぶつかるような音がして、それが静まったのを確認し缶コーヒーを取ろうとするのだが――
「あっつ!」
なぜか、かなり暑めに保温されていた缶コーヒーが出てきてしまった。
「これもトラブルってか。こんなところでも、トラブルなのか俺」
くじけそうになる心を落ち着かせ、そうそう、コーヒーは温かい方が美味しいしなと無理やり思考を転換しポケットにつっこんで歩き始めた。この程度ならばまだ可愛いほうでもある。
「とりあえず、騒がしい校舎から離れるか」
自販機から離れ歩き、動きつつ2階の窓からボンヤリ外を眺めていると、喧騒な校内に比べ静そうな空間が眼に入る。中庭だ。
「のんびりできるかもしれない。ちょうどいいや」
いそいそと昇降口に出た一平は、ぶっきらぼうに外靴を放り投げ、履き替えると微調整の為か靴の先を地面に数度叩きつける。校舎から外に出てみると、春の穏やかな日差しが降り注いでいた。予想以上に心地よいのだ。朝からのランニングでちょっとばかり疲れもあるのかもしれないのだが、両手を組み、背筋を空へ伸ばすようにしながら大きく一度深呼吸。ほんのりと頬を燻る風も心地が良く、こういう日は外でサッカーでもしたいよなーなどと考えながら足を進めていた。ついさっきやってしまったトラブルからようやく脱却に成功したらしい。
気分を良くしながら辿りついた安住の地。静かな中庭のベンチに腰掛けて、先程買った缶コーヒーを手にとってみる。
「手入れ行き届いてんだな。植木とかすんげぇ。これが最新設備ってやつなのかな」
中庭中心部には一際大きな木が一本。その周りに植木が見られるのだが、その形がまた綺麗に整えられていた。一部にはちょっとした子供心なのかリスやネコを模倣したと思われる形もある。花壇には雑草が一切生えておらずしっかり灰色の煉瓦に収まっており、通路のコンクリート部分から雑草が生えているような気配は一箇所もない。キレイな路地が仕上がっており、遠目にだがテラスのようなものも見えた。その景色に感嘆としながら、一平は片手で缶コーヒーのタブを開けて一口。ゆっくりとだが、風船が膨らむのではないかという程に大きく息を吐き出した。
「頑張ってやってくしか、ないよな。来るの選んだのは俺だし」
魔導の道具に触れればトラブルを作り出す。そんな一平が、このアルカナ学園に来たのは勿論、彼自身の意思である。他の誰でもない、自分で選んだ道。それに、安陪先生の話によれば希望はあるのかも知れない。あわよくば、自分の体質も改善していけるのではないだろうかと思えば、先行きはどちらかと言えばありがたい方だ。急に焦って何かしたところで、どうしようもないことくらいはもう経験が物語っている。
「折角だし前向きに。そう、前向くって大事だし!」
「藤白君?」
「うおっ!」
人間誰しも、不意打ちで呼ばれると驚かれるものだ。こと自分の世界に入りかけていた一平のリアクションといえば、驚いた拍子に缶コーヒーが手から離れてしまいズボンの股間に近い太ももが盛大に濡れ、少しばかり腰の浮いた状態が損を期したのか、ベンチごと後ろに倒れてしまった。思いっきり打ち付けた後頭部を抑えつつ目を開ければ、上品な柄でもあるのだが少しお洒落にも気を使っていますという黒の生地が目の前に。ひらひらと舞う白い生地は多分制服。それらを統合し、結論を意識した瞬間、背筋が凍った。
「マジかよ……」
一平はあくまでも、自分のトラブル体質がこんなところで発動してしまったことに対する感想を言った。しかし、その言葉は相手には違う意味で伝わってしまったらしい。
「それは、どんな意味でマジなんですか……」
手の平が入り、黒い生地を少しでも隠そうとするのだが生憎、真下からでは隠れきらない。そのまま数歩下がったのであろう女子の動作に感謝しつつ、再び青い空が見えたことが憂鬱に思えた。
「人生のお先は真っ暗。いや、真っ黒なのか」
一平は、苦肉の策で先程見えてしまった色彩と賭けてみた。しかし、面白くないことこの上ない。ガチな漫才などであればブーイング殺到の上、TV中継で垣間見る馬券の如く座布団が投げられるのではないだろうか。
しかし、実際に飛んできたのは処刑断頭を思わせる踵。辛うじて体を捻り顔面への直撃を回避したものの、同じ足が浮かんでいくとは露知らずホッとしたのもつかの間、嫌な気配を感じて上空を仰いだのが失敗。
結局、ローファーの踵が一平の顔にめり込んだ。心なしか、グリグリと押し付けられている。
「わ、忘れて下さい!」
「はい、すいませんでした。本当に、心から謝罪申し上げます。もうお好きにどうぞ。パシリでも何でもお使い下さい。うぅ」
泣きそうなので、目を瞑って謝罪の言葉を申してみた。嘗ての体験でいうのならば「じゃあジュース買ってきて、勿論おごりで!」とか「アイス買って来い!」やら「好きな異性の好きな人を調査して来て、今すぐ!」ほか「アプローチするからどういう子が好きか調査してきて!」といった具合ならば言われたことがある。そのくらいのものだろうと、そのくらいならばどうとでもなるか、と思っていたのだ。
ところがどっこい、
「じゃあ、私の奴隷になって下さい」
一平は予想を遙かに超える斜め上の妥協案を掲示される。下着を見てしまったくらいで流石に奴隷になれとはありえない。というか、そんな理論が成立するなら世の中の男性6割は奴隷化する。いや、それ以前の話なのだが、
「ハードル高すぎだろうが!」
一平は体を翻して起き上がり、力いっぱい言い放った後に気づいた。その相手が魔導の天才、こと橙堂ゆかりであったことに。天才と言われているほどだから、もっと冷静沈着で、落ち着いた感じをイメージしていたのだが、それは間違いであったことを実感したようだった。だが一平は気づいていない。天才ほどに変人であったり、奇抜な発想ができる。言ってみれば常識外な存在でもあるのだ。よって――
「どうせなら、永続的なものの方がいいじゃないですかっ!」
逆ギレされた。
「無茶振りすぎるだろ!」
「と、とにかく命令です、さっき見たのは忘れて下さい! 忘れなければ実力行使を――」
ゆかりが着けている腕輪が光ったかと思えば、その空間から細い腕がするりと伸びてきた。一平はこの光景に見覚えがある。あくまでもスポーツとして用いられる国際魔導のトーナメントで人形が出てくるシーンだ。つまり、橙堂ゆかりはここで人形を出そうとしており、かつ実力行使とは恐らく首筋にでも手刀を食らわすつもりなのだろう。
「ま、待て……ぜ、善処はする」
そう答えつつ本日何度目かになる溜息を漏らしながら、一平はベンチを元に戻すとどっしりと座った。ゆかりもその返事に満足したのか、人形を戻しつつ一平の正面で向かう。
「あー。えっと、橙堂ゆかりさんだよな」
「はい」
若干顔を赤らめているゆかりは、不機嫌そうに答える。一平は狐にでも摘まれたような顔をしながら、新入生の天才が自分に何の用だと考えたもののあえてそれを口には出さなかった。
「ん、迷惑かけました」
「迷惑で済む話ですか? 謝って済む話ですか!? 公序良俗です!!」
たかだか下着を見られたくらいでとは思ったのだが、これを口にしてしまったら世界中の女性を敵に回しかねないので、一平はその思考を切り替え「そっちの方が重要なのかよ!?」と切り返してみた。
「どの迷惑をいってたんですか!」
「あー、折角キマってた答辞の挨拶邪魔したし、それとさっきもー」
「忘れてくださいって言ってるじゃないですか! 殺しますよ!!」
「わざとじゃない、悪かった!」
そこでようやく、濡れてしまった制服に目をやる。先程からずっとジメジメした感触があったのだ。
「あーあ、汚れちまったし。しかも後頭部にはたんこぶ。コーヒーぶちまけちまったし。うぅ、もったいない」
「男の子なのに」
「知ってるか、もったいないはもう世界共通の食料を大事にするって意味合いもある」
なんて言いつつも、制服のポケットを探してみる。これ以上恥を晒したり、からかわれるのも御免被る。
「ハンカチ、バックの中か……」
それを見た橙堂は、スカートからハンカチを取り出して「はい、どうぞ」と一平に手渡した。
「あー、重ね重ねすまない。サンキュ」
「奴隷のことを管理するのも、主の勤めですから」
酷くトゲのついた言葉をストレートでぶつけられた気分である。
「皮肉すぎる」
とはいえ、ありがたいことこの上ない。このお礼はいつか返すべきなんだろうとも思う。
「親切には親切で返さないとな。洗って返すからちょっと貸しておいてくれ」
「気にしなくてもいいんですよ?」
「俺個人の問題だ。ともかく。新入生の答辞、カッコよかったよ」
唐突な発言に、ゆかりは顔を背けた。
「い、いえ。そんな」
「謙遜すんなって」
「そう、ですか?」
「そーそー」
「あ、ありがとうございます」
怒ったり機嫌よくしたり。女の子は大変だなーなんて一平は考える。これが噂にいうツンデレと言うものなのだろうか、いや違う。そんなフラグがおっ立ったはずもない。ちょっとした気紛れだ。ちょっと会話してるくらいで気があるとか、小学生か中二かよ。もう高校生だぞ、いい加減現実を見ようぜ。所詮俺は『トラブルメーカー』なわけでして。そんなことは微塵もあるわけがない。うんうん。自重自重と言い聞かせた。
「てか、天才が何で俺の名前覚えているかなぁ」
「あれだけ目立っている中で、自分の名前を言っていればそれはもう宣伝みたいなものですよ」
「それもそうかー。一刻も早く皆には忘れてほしいもんだけど」
がっくりと肩を落としながら、一平は愚痴る。
「数ヶ月は、無理だろうな。部活の勧誘でも、先輩方に問題児問題児って連呼されて。はぁ……」
いやいや、イカンイカン。ついさっき前向きに頑張っていこうと思ったばかりじゃないか、と自分に言い聞かせ首を振り話題の転換に勤しんだ。
「えっと、橙堂さんは部活決まったのか?」
「まだですけど、藤白君は決めたんですか?」
「んー、どうしようか迷ってるんだよ。ずっと続けてきた剣道でもいいかなーって思ってたけど、それだったら普通高でもできるわけじゃん。なんか面白そうなところないかなーって」
「部活参加は自由でしたし、入らないという選択肢もありますしね」
「いや、折角だからどっかに入った方が得だろ?」
そこで、ずっと立たせていることに申し訳なくなってきた一平は「あー、そだ。座る?」とベンチを指差す。
「え、あ、はい。失礼します」
「そんな頑なに。気にしなくていいって」
「と、いうよりもですね、奴隷が主より先にベンチに腰掛けてるってどういうことですか?」
若干ムッと来たのだが、一平はそれを飲み込み手で軽くベンチの埃を払うと、地面に方膝を付いて「どうぞ、お嬢様」とベンチに手の平を向けてみた。
「うむ、苦しゅうない」
と、優雅に腰掛けた。そこからが問題だったわけで。
流れるのは春先の心地よい風。そして靡く黒い髪。その髪を透き通る指先。細く整えられた眉毛に、制服にも巻けず劣らずの白い肌。何よりも――穏やかそうだが、芯のある眼。
僅か数十秒だが、一平にはこの時間がやけに長く感じた。それこそ、10分くらいには。
(な、なんだろうこの沈黙。気まずい。スゲー気まずい)
「藤白君も、座ったらどうです?」
「あー、じゃ遠慮なく」
ぶっきらぼうになってしまった、とは思いつつも、一平も空いている隣に座ることにした。
「で、俺に何か用?」
「見学してたらちょっと見かけたから。えーっと、その、どうしてこの学園に来たのかな、なんて。聞いてもいい?」
「え、いやなんつーか。魔導習ってると後々便利そうじゃん。最先端技術も学べるし、技術取得にもいいかなぁって。そんなもんだよ」
「へ、へぇ。そうなんですか」
「あ、それに学費が安かったっていうのはあるし、東京に出れるってのはあったかも」
「学費って」
「うち、そんなに金銭的余裕はないし、田舎だしさ。主に、俺が魔導機器で散々トラブル出しまくってるってのもあって、爺さんや婆さんには迷惑かけてるんだよ」
「魔導機器でトラブルを?」
「入学式ん時、魔導のドアが盛大に開いちまっただろ。わざとじゃないからな。あーゆー感じでさ。苦手っていうか、体質っていうか。それで祖父さんにも言われたんだけど、苦手分野を克服するのもいいかなって」
「そ、そうですよね。確かにそれは一理あるかと」
「そういう橙堂さんは?」
「強いて言うなら、もっと魔導を詳しく知りたいから、ですね」
「天才って言われてんのにか?」
「知りたがりなんですよ、単に。それに、近づきたい人が居るんです。目標にしている人が」
「ふぅん。まー、分からなくはないかな。その気持ちは」
「え、えっと、その……」
「どうした?」
「わ、わた―」
「ん?」
上目遣い。これが上目遣いという必殺技らしい。残念なことに自然な動作ではなく、どちらかと言えば機械のようにカクカクしているのが減点対象だろう。エロゲーマニアのユーザーならば、この初々しさにドッキリしちゃうという者も居るのかもしれないが、一平には通じない。ハニートラップを模した嫌がらせなど多数に渡って経験している。よって、警戒は続ける。威嚇はしないが。
「私のこと、覚えてますか?」
ゆかりがあまりにも真剣に訪ねるものだから、一平は自身に身に覚えのある記憶から詮索してみるのだが、橙堂ゆかりという名の女の子は該当しない。
「会ったことあるっけ……人違いじゃ?」
顔を逸らしたゆかりが「やっぱり、あの話は」と言いながら、両手を固く握っていた。
「あの話?」
「いえ、なんでもないんです」
顔を上げたゆかりは、真剣そのものの表情で一平を見た。
「藤白君」
冷静。そして、どこか悲しげな眼をしながら。
「は、はい」
「これは、命令です。貴方は今すぐ退学して下さい」
「は?」
それだけを告げて、立ち上がり去ろうとするゆかり。
「ちょ、ちょっと待てよ」
一平の静止も虚しく、ゆかりとの距離がどんどん開いていく。けれど、一平は叫んだ。
「あの話とか、退学しろとか、納得できねーよ!」
堪えきれなくなった一平が、ベンチから立ち上がりゆかりの手首を掴んだ。
「離して」
酷く悲しそうな声。そう、悲しそうな声でゆかりが「離して、下さい」と言う。
そこで、一平はまさか、と思った。
目の前にいる橙堂ゆかりという女の子はさっき言ったのだ。
「私のことを覚えていますか?」――と。
つまり、それは昔会ったということもあるのかも知れない。だからこそ、それを知りたいと願ってきた一平には、必要不可欠なものの一つでもある。
「何か知ってるのか」
その言葉に、今度はゆかりが動揺した。
「俺が無くしちまった過去、何か知ってるのかよ」
きり、と、ゆかりの頬の肉が僅かに動く。恐らくは、強く歯を食いしばっているのかもしれない。
「離してっ」
空いていた右手が、一平の頬を強く叩いた。
「あっ―」
目を見開いたのは、他でもない。一平も、ゆかりも。僅かに流れる風は薄紅の花弁をこの場所にまで導いていた。
最初に口を開いたのは一平。
「ゴメン」
一平は後悔していた。自分の記憶を知りたいとはいえ、相手に同様を与えてしまったのだ。幼い頃とはいえ、自分のこの体質が関係しているのであれば、もしかしたらとんでもないことをしていたのかもしれない。それが引き金になって、大事なものを傷つけてしまったのかもしれない。あくまでも可能性の話ではあるが、冷静に考えれば分かることだった。それを思い出させるのは、気が引ける。
「あ……」
ゆかりは、下唇を噛んだ。そして、叩いた手の平を押さえながら踵を返し、できるだけ一平を見ないようにしながらも
「貴方には多分、この世界は辛すぎるから」
とだけ言い残して、去っていった。
「どういう、意味だよ」
ポツリと残された一平は呟く。
何があったのか覚えもない。記憶もない。
その上、身に覚えのない行動にはそれなりに理不尽を感じて、どす黒い塊のようなものを心中に浮かべる。
分かるのは一つ。
過去の自分が、何かしたのかもしれないという事実だけだ。
それが、分からないからこそイライラする。
「くっそ」
何が何なのか分からない。分からないからこそ憤りが増える。
感情の赴くままに、モノにでもヒトにでも当ればスッキリするのかもしれないが――それは自分の流儀に反する。
「ひゅー。モテル男は辛いねぇ、イッペー。入学早々公開ビンタかよ」
「いつから見てんだ、鮮花」
「ちょっと前から」
「俺、今機嫌悪いぞ」
「何となく察してはいるさ。そこまで空気読まない人間じゃない」
両手を広げ、降参と言わんばかりに近づいてくるのだがその意図はつかめない。
「女子はどうしたんだよ?」
「逃げてきた」
「女運があるって言っても、大変そうだな」
「いいことなんかねーよ。多分、上っ面しか見てねーんだろ」
人間は、外見で判断するという。視覚による情報に頼っているのだ。言語、聴覚といった情報もあるのだが、大抵の人間であれば視覚で情報を得ようとする意識は強い。
だからこそ、なのか。或いは、自覚というものがあるからなのか「それは、俺も同じか」と鮮花は呟く。
一平自身も納得はする。魔導による飛躍的な進歩はあくまでも目に見える形であって、それ以外の部分は21世紀前半とそう大差はない。心というものは大事であると、WMOは大きく掲示しているのだが、そんなものは興味がないと言わんばかりにする者達は多い。自分自身も、そうだ。
「途中まではいい雰囲気だったな。てっきり、トラブルメーカーと天才のカップルが成立すんじゃないかって期待したんだが」
「あるわけねーだろ。漫画の読みすぎだ」
「そうでもねーような気がするけどな」
「どういう意味だよ」
「遠目だったから確信はねーさ」
「憶測、推測、思い違いは甚だしい」
「じゃ修羅場だったってことか?」
「ワクワクしながらいってんじゃねぇよ!」
「人の不幸はなんとやらって、よく言うだろ?」
「面白がってるよな完全に」
「よくわからねーが、元気出せ」
鮮花が、一平の肩に手を置く。彼なりの励まし、なのかもしれない。
「気持ちだけもらっとくわ」
「あーそうそう、もうちょいで正午だ。自由解散らしいんだけどよ」
「そーなのか?」
「おう。この後、親睦もかねてクラス全員でカラオケでもいかねーかって話になってんぞ」
つまり、参加するか、不参加かということだろう。
「最初が肝心らしいしなぁ」
「参加するってことでいいな? 拒否権は認めん」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねーんだ」
「単に、俺が世話焼きってだけだ」
「ヤンキー面のくせにか?」
「担任の安陪も言っていただろ。チームワークが大事ってよ」
鮮花はニヤリと笑いながら、親指を立てた。