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A piece of broken memory Ⅱ

 入学式が終わってEクラスという教室に戻り、指定された自分の席に着いたところで、あれだけの目立ってしまったのを思い返してしまったのが一平という人間だった。式典最中はなるようになれと気を張っていたのかそこまで気にならなかったのだが、こうして過去のことと改めて考えると恥ずかしいことこの上ない。思い返した羞恥に悶え始め


「うあー、やっちまった。マジでやっちまったわ」

 

 早々に突っ伏して机と睨めっこをする。が、当然ながら机というものはあくまでも意識の持たない物体であるので、そこに勝敗という概念は存在すらしない。それがどうにもこうにももどかしい。机と友達。机が友達。悲しい人間の定義がここに成り立っていた。

 

 「よう、入学早々おめでたい奴だな」

 

 そんな一平の隣席から、至極暢気な声がした。首だけを捻りどの面でそんなことを言うのかと思いきや、細長い顔立ちの少年。とは言え、切れ長い目が特徴的であり、モデルと言えば納得もできそうな端正な顔立ちをしている。美青年とでも言えばいいのだろうか、女子にモテソウな顔立ち――なのだが、ニヤニヤした顔でいわれても嬉しいはずもない。

 

 「死んだ魚みたいな目してるぜ、お前」

 「これ以上、心の傷口を広げないでくれ」

 

 いや、実際のところはそれどころの話では済まないだろう。あのように、入学式で目立った行動を取ってしまえばクラスメートや同級生。はたまた上級生にも目を付けられてしまうのを一平は理解している。それで昔何度か『調子に乗ってる』と呼び出しされることもあったのだ。彼が望んでいたのは、あくまでも平和で平穏な学園生活だったのだが、それすらも神様は聞き届けてくれないらしい。 

 

 「俺の、ザ・平凡な高校生活計画が初日で潰れた」

 「入学デビューおめでとさん」

 「ちげー、断じてちげーよっ」

 一平は否定しつつ、両手の平を机に叩きつけてライオンの遠吠えが如く怒鳴ったのだが、「ハハッ」っと笑われるだけだった。

 

 「ったく」

 

 過ぎたことはしょうがない。もうなるようになるしかない。ようやくここで踏ん切りをつけた一平は背中を立て、右手を伸ばし、

 

 「藤白。藤白一平。いっぺーでいいよ」

 「俺は青秋鮮花あおあきせんか。よろしくな」

 軽く握手を交した。

 

 「で、実のところどのくらい遅刻したよ俺?」

 「新入生の答辞だったからな。ざっと1時間30分ってとこだろ」

 入学式で、1時間以上も遅刻するというのはどういうことなのか分からないが、とりあえずあまり良くはないということを一平は理解していた。しかしだ、それだけ遅刻するのであれば、やはり

 

 「ちくしょう、やっぱしサボれば良かったか」

  と、潰れてしまった計画を口に出してしまう。

 「今からでも遅くねーよ。これからサボるか?」

 鮮花は、口の左端をクレーンで吊ったかのように上げながら、親指を後ろに向けていた。

 「ふふん、お前とはなんだか気が合いそうだ」

 「腐れ縁になりそうだがな」

 「ま、冗談は置いとくとして」

 「何だ、冗談だったのかよ?」

 呆れるほどに素直。これ以上の罪を重ねろということらしい。

 

 「お前は本気だったのかよ!」


 軽くノリツッコミを入れつつ、一平は窓の外を眺めながらあの精錬されたかのような眼と磨きぬかれたようなペンダントを思い返す。振り向いて鮮花の顔を見ながら

 「話戻すけど、新入生の代表。あれって誰だ?」

 「気になるのか?」

 「気にならない。と言えば嘘になるけど」

 「外見は、いかにも優等生って感じだけどな。あーゆーのがタイプか?」

 「どうしてそこに繋げる」

 「男なんてそんなもんだろ。いや、女も似たようなもんだが」

 「生憎と女運はないんだよ」

 「そりゃお気の毒」

 「で、何が凄いんだ? 真面目そうではあるけど」

 「橙堂ゆかり。俺等新入生の中では、座学ダントツのトップ。天才って話らしーぜ。日本に限った話だけどな。何度か雑誌でも見たことがある」

 「へー」

 「日本魔導会では期待のホープらしい。って知らないのか?」

 「全く。これっぽっちも」

 その返答に、鮮花は溜息を漏らす。

 「お前な。あいつ日本国内の最年少で、魔導の国際ライセンスBを取得した奴だぞ」

 国際ライセンス。つまるところ国際資格ではあるのだが、魔導に殆んど関わりを持ってこなかった一平には分からない。それもそうだろう。

 魔導が動かせないのだから、魔導を知っていたところであまり意味はない。とこの学園に来るまでマトモな勉強もしてはいないのだ。中学では一般教養のみで、社会という範囲で軽く魔導の成り立ちを知ってはいるのだが、そこまで深く知ったところで意味も意義もない。というわけで、

 「あのさ」

 「なんだ?」

 「国際ライセンスBって、難易度どのくらいなんだ?」

 「それも知らねーのかよ」

 鮮花に飽きられつつも、一平は訪ねた。

 「だから聞いてるんだ」

 「日本の大卒国家公務員の模範問題集くらいは、書店でみたことくらいはあるだろ?」

 「あー、あるある、あの辞書並みに赤くてぶ厚い問題集だろ。あんなの解く奴の気が知れない」

 「で、去年の合格者はどのくらいだった?」

 「えっと、1千人受験して2百人か3百人?」

 「魔導の国際ライセンスBの試験は、世界規模で100万人は受験する」

 「……数聞いただけでも卒倒もんだ。俺は合格できそうにないな」

 「その内、合格者は百人に満たない」


 それを聞いて、一平は不安が出てきた。中学の一般教養でさえ一杯一杯だったのに、そこまで知識なんか詰め込めるかーうがー! という、自分の中に生まれたやるせない怒りをそっと宥めてみると、不安が顔を出し始めてくる。

 

 「……俺、本当にやっていけんのかな」

 一平は2度机に突っ伏すことになったのだが。

 

 「知るかよ。お前、よくそんなんでこの学校は入れたな」

 「ん、なんか学園の招待状が届いてさ。どういうことかは良く分からないんだが、入試もギリギリ補欠合格できたしーって感じで」

 「招待状? それって、本来はトップクラスに送られるはずだぞ。招待者の名前は?」

 「覚えてない」

 「肝心なところを――」

 「見覚えのある名前ではなかったと思うんだけどなー」

 「ま、いいや。で、アレはあくまで奇蹟という名のトラブルで、実際は簡易な魔導機器くらいは動かせるんだろ?」

 「いや、動かせない。実家は田舎だからさ。んな盛大なもんはなかったし」

 「ってったって、大なり小なり、魔導は普及してる世の中だろ。魔導制御の車とかバイクくらいはあるだろうに」

 「あー、近所の家や学校はそうだった。けど家の車、ガソリンと電気のハイブリットエンジン」

 「骨董品もいいとこだな」

 「それだけじゃなくて、家の設備はオール電化。石油の原価は高騰してんだから、魔導車に変えればって耳が腐るほどには言ってたんだけど、旧車好きで。特にこのフォルムがいいだとか、アイサイト最高とかいってたっけ」

 「日本の殆んどは魔導で動いてるっつっても過言じゃねーけど、一部はまだだったか。そうなるとお前ん家はー」

 「ちゃんと関東県内だぜ。つっても端っこだけど」

 「随分ローカルなんだな」

 「コンビニまでチャリで往復50分」

 「おかしいな、コンビニの数は年々増えてるはずだ」

 「知るかよ」 

 「ま――登場シーンってでもいうのか。見てるこっちは面白かったぜ」

 「鮮花。お前、なかなか性根が腐ってる奴だな。人が折角割り切ったところでぶり返すなんて」

 「入学初日でやらかした、どっかの誰かさんには頭もあがらねーよ」

 「遅刻にはちゃんとした理由があんだよ!」

 「どんな理由だよ。ナンパでもしてたのか?」

 「してねーから!」

 

 「あぁ、ナンパじゃ言い方が悪かったか。日本の未来を考えた上で、異性との距離を密接にしていくアプローチを実践していたんだったな」

 

 「どっちも大した差がねーのが問題だなその言い方!」

 「気をつけろよー、東京は変な女も多いから」

 「うっわ。じ、実体験ですか?」

 「まぁな」

 「しれっと返されると、なんていえば良いのか分からない」

 「彼女できたときの為に、安くて見栄えもいいラブホでも教えといてやろうか?」

 「自慢じゃねぇが、生まれてこの方彼女なんていねーよ! 女運ねーんだ、したことなんかねーよ、それくらい察しろ!」

 「真昼間からチェリー発言してんじゃねーよ」

 「クールに返されると尚更ムカつくな。お前一回爆発しとけ」

 「21世紀前半のネットで流行った2ちゃん用語とか、懐かしいにも程があるぜ」

 「知ってるお前もどうかしてると思うんだけどな」

 と、他愛ない会話で交流を深めていた矢先である。


 「ねぇ青秋君、ちょっといいかな?」


 二人の女子クラスメートが、一平と鮮花の間に割り込んだ。一人は前髪ぱっつんの黒髪ポニーテール。もう一人は、ライトブラウンのショートヘア。どちらも、一平の顔馴染みではない。

 「あん?」

 「専修講義のことで少し教えて欲しいんだけど」

 「専修? あぁ、魔導機構のことだな」

 「うん、どの機構にするか悩んでてさー」

 「良かったら、少し教えてくれたら嬉しいなって。あ、藤白君も一緒に考えてくれない?」

 「あー、待ていっぺー。馬鹿な頭で難しいことを考える必要はねーよ」

 「待て、いつ俺が馬鹿だってことになったんだ」

 「今更だな。入学式でとっくにお前の脳みそが馬鹿ってことは証明されてんだ。あ、魔導機構なら紫空しぞらに聞いた方がいい。あいつ、入学早々メンテナンスの方で引っ張りだこだからな。情報なんかの分析なら得意ってわけだ。場合によっちゃ選択肢も広がる。素人の俺等に聞くよりも、アイツに聞いたほうがいいだろうぜ?」

 

 的確な判断でもある。が、それ以上に一平が興味を持ったのは他のことだ。ヤンキー面していながら、人間関係というものを弁えているのか、或いは自分の力量を客観視できているのか。この鮮花という人間は人柄が良いらしい。

 

 「お前、何気に顔広いんのな」

 「羨ましいか?」

 「いや、別に……」

 「ね、ねぇ、紫空君って?」

 「そこの極薄型PCに、エアディスプレイ広げてるメガネの奴だよ。とっつき難いか?」

 「ちょ、ちょっと」

 「如何にも、近寄るなって雰囲気だしてるし……」

 女子二人が息を合わせて互いを見合った。

 「ま、初対面ではそうなるか。おい、紫空。紫空渉しぞらわたる。ワッキー?」

 「何だヤンキー。僕は調べ物で忙しいんだ。それと、アイドル崩れのような気色悪い呼び方は止めろ」

 「彼女等が、専修講義の機構選びに悩んでるらしいんだ。なんかアドバイスしてやってくれ。あ、ついでにこのバカにもな」

 「バカバカ言ってんじゃねぇよ!」

 渉は、メガネをくいっと上げながら「報酬は?」と一言。一平と鮮花のやり取りなど完全に無視している。

 「あー、国分寺にできた新しい店のエクレールでどうだ?」

 「ふむ、いいだろう。予習くらいにはなるだろうしな」

 渉は、空中に投影されたキーボードを打ちつけながら

 「機構は基本的に、個人のパーソナリティ。言ってみれば個性を色濃く出す機械だからな。例えば――」

 と、簡単な前置きを告げる。

 機構とは、魔導士が扱う装甲。所謂武器の俗称だ。


 「静秋は近接格闘型。こと拳系の武装機構にいくのが無難だろう。人形は止めておけ。自覚はあるな?」

 「まぁな」

 「そこの女子、楠見は弓道部で東北大会に出場していたはずだ。ならば弓型の機構。もしくは、その集中力を生かした上で人形を選択するという手もある。数メートル離れた的に当てるという技術は、人形使いのオラクル放出に似ているらしいからな。鹿波山は女子陸上の短距離で全国クラスだったか。その胆力を生かして脚部装甲型。こと、スピード重視のものを進める。女性の骨部構造から、予想できない脚部開脚。ストレッチからなる足技はそれ相応に伸びていくだろう。これが現時点では妥当と推測する」

 「お、おぉぉ」

 「スゴイ」

 「どこからそんな情報を」

 「コイツ、ハッカーでエンジニアでもあんだよ」

 一平、女子二人、鮮花の順で声を上げるのだが、

 「少し調べれば誰にでも分かることを完結に述べただけだ。それに、この程度は基礎知識だったかと思うのだが」

 この程度は常識だろうと、ガネをくいっと上げながら紫空は言い放つ。

 「で、この馬鹿は?」

 鮮花が一平を指して言ったのにもかかわらず「……誰だ、コイツは?」という渉の冷たい声が一平の耳に突き刺さった。


 「聞いてなかったのかよ。藤白一平。トラブルメーカーって言った方が、お前には分かりやすいか」

 「あぁ、トラブルメーカーか」

 「二人とも、頼むからそれは言うな」

 「ちょっと待ってろ。剣道に居合い、か。しかし……成績も中途半端。よく入れたな、アルカナに」

 「自分でも思う。一生分の運を使い果たしたんじゃないかってな」

 「刀剣型の機構でいいんじゃないか。十中八九、近接格闘型だろう。人形操作や制御の方には向かないと思うがな」

 「ところで、紫空は何を見ていってるんだ?」

 「馬鹿に軽々しく僕の名を呼んで欲しくはないのだが」

 「え、あ、すすいません」

 渉はプライドが高いようだ。と一平は心のメモ帳に書いておいた。


 「なんてことはない。日本政府が保有するサーバーにハッキングして情報を得た上で分析かつ解析を行っている」

 「犯罪だろそれ!」

 「あくなき探究心の成せるものだ。知識を求めるものには知る権利がある」

 「日本国憲法を間違った解釈で使ってるんじゃねぇ」

 「ふん。ところでお前」

 「んだよ」

 「中学校でも、トラブルメーカーだったらしいじゃないか」

 「そこまで分かるのか……」


 「小中学時代、校内の魔導機器をトータルで12個破壊。それどころか、女子の――」


 「うわー、わー、わー、わーっ!」

 「何をする。僕は事実を言おうとしただけだ」

 「も、黙秘というのも大事なものであってだな。というよりもだ、そういった情報はしっかりと秘匿してかつ、有効に使うのもいいんじゃないかと思いましてですね」

 「なるほど、それは一理あるかもしれん。ならば秘匿する為に提案をしようじゃないか」

 「お前、何が目的だ」

 「立川にできたというクリーム鯛焼きが美味しいと評判でな、一度食べて見たいと思っていたんだ。10個ほど」

 「なぜそれを俺に言う?」


 「藤白は中学時代女子の――」


 「うあー、喜んでご馳走させていただきます!」

 「で、女子の何なんだ?」

 「うんうん、気になる気になる」

 「教えて教えてー!」

 「なんてことはない。料理下手な女子に手作りの弁当を味見させて、泣かせてしまったことがあるらしい」

 「なんだ、そんなことかよ」

 「え、それってどういうこと?」

 「単に、藤白の料理が美味いというだけの話だ。あくまでも情報によるものだが」

 「え、そうなの?」

 「藤白君、今度料理作ってきてよ!」

 「紫空、お前って」

 一平が「いい奴だな」といいかけた矢先、渉の唇が音を発せずに動いた。

 にじゅっこ、と。


 「お前、策士だ!」

 「目的の為なら手段を選ばない。先程からそう言っているだろう?」

 「そんなこと言ってねぇよ!」

 「隠語だ。何故この程度の日本語処理が追いつかない。お前は19世紀のパソコン並スペックか?」

 「使えるのか使えないのかわからねぇ!」

 「あぁすまなかった。比べるのも失礼だったな」

 「おぉ、理屈はよく分からないが分かってくれたのか!」

 

 「19世紀のPCに申し訳ないな」

 

 論理式、演算共に優秀なPCに、一平は完敗した。

 「お前本当ひでーよ」

 一平が横を向き、勘弁してくれ―と言おうかとしたところで、教室の前方のドアが開いた。

 「おうおう、早速打ち解けてる。うちのクラスは仲いいなー」

 その声に、皆が一斉に視線を合わせた。そして、入ってきた人物の右手に視線が集中する。

 

 (ビール……)

 

 誰一人として口には出さなかったのだが、教室にいる半数以上がそう考えていた。

 「Aクラスなんか、早速威嚇しあってたもんなー。そう考えると、うちのクラスには協調性というものも期待できそうだ。うんうん」

 「先生、その右手のものは――」

 耐え切れなかったのか、一人の女子生徒が先生に尋ねている。

 「あ、コレ? 廊下ですれ違い様、昔の馴染みに差し入れで貰っちまったんだよ。空けてないだろ。大人だからな、時と場所はそれなりに弁えるさ」

 素っ気なしに、何事もなかったかのように、教台に薄型教育ノートパッドを置いた。

 「ということで、皆一先ず適当に着席してくれ。わざわざネームのところまで戻る必要はない」

 適当と親切というものは別物だと思うのだが、その指示に生徒の全員が従った。幸いなのかどうなのかは別として、クラスの人間は全員教室内に居たようでもあり、ものの数十秒で全員が教師の一言を待っている。

 「んじゃ、出欠確認――は必要ないか。席が埋まってるんだしな。では改めて。Eクラス担任となった安倍智奈穂だ。副担任もいるんだが、数ヶ月前から重要な別件で南極に赴任してる。後日顔出しするとのことで、今日は僕だけ。あぁ、因みにこんな顔な」

 安陪先生が手元にあったスイッチを押すと空間液晶のモニターが浮かび上がり、そこに副担任らしき人物が映し出されたのだが、予想以上に幼い。本当に成人なのだろうかと目を疑ってしまうほどに。

 

 「小さい」「か、可愛い」「負けたかも」「し、小学生」「ロリ……」そんな声がチラホラと教室内から響く。

 

 「最初と最後の2つは本人の前じゃ禁句だから気をつけろ。時折、生意気な奴が正面から言いやがってな、何人か保健室行きになってるんだ。因みにギリギリのラインは『低身長で可愛い』と『10代にしか見えない』で、確実にアウトだと判明しているのは『ロリ』に『貧乳』と『小学生』だ。同じ教師だろうが生徒だろうが保護者だろうが容赦も遠慮もなく襲い掛かるからな」

 「安陪先生も大変なんすね」

 鮮花が、右手に顎を乗せながらぼそっと一言。

 「そーだぞー。見た目ロリっ子副担任の暴走を止めるのも俺の仕事とか何? 校長先生は俺にどんだけ仕事押し付けたいのってなー。ノンフィクションで短編コメディでも書けるんじゃねーかって思うわー。売れっかなー、売れねーか。エロがすくねーし」

 そこで、何かにはっとした安陪先生は、

 「お前、中々話術が上手いな。先生は言わなくていいことまで言うところだった」

 「ちょっと接客業でバイトしてるんで」

 「夜更かしは程ほどにな? それと、未成年者の飲酒は禁止だ」

 「ん……」

 鮮花の顔が少しだけ翳ったのを一平は見過ごさなかったのだが、個人のことでもある以上、深く詮索するのは止めた方がいいだろうとそれを飲み込む。


 「深い意味はないんだが、まー何となくだ。気にすんな。では改めて、皆入学おめでとう。早速だが簡単にこの学園について。またアルカナという機関についての説明をしよう。つっても、まぁ、一般的な学校とそう大して差はないんだが、平たく言えば魔導士を養成するってのがアルカナで、その機関が運営している学校。それが魔導士教育機関アルカナ学園・日本学校とまぁそのまんまなんだけど。一般的に普及しつつある魔導というものがどんなものなのか、或いはどんなことに秀でているのか。劣っているのか。そういった特徴などを学び、エキスパートを世に送り出す。その為の養成学校と考えてくれればいい」


 それに言葉に伴って、モニターに映し出される映像が刻一刻と変化をしていった。


 「では、魔導とはどんなものなのかっていうところを、段階を踏んで説明していこう。我々人類が先ず最初に行き経ったのが魔術という不可視のエネルギーを操る術だった。これはまぁ、特別な訓練をしていたり、或いは血族という血の信頼に基づく契約を必要としているもので、一般人にはまず殆んど扱えはしない。では具体例を挙げればどんなものなのか。聞いてみることにしようか。えーっと、白髪の長髪――あ、黒乃川だったっけ? 知ってる範囲でいいから答えてみろ」

 「はい」

 一平が声の主を見てみたい、という願望に駆られ振り返ると、紺敷と呼ばれた女子は丁寧に起立した。光で反射した為か、銀色にも見える髪。赤というよりも真紅に近いヘアピンで前髪左側を束ねている。 


 「魔術とは、別名で霊術・気操術とも呼ばれ、自然界に存在する森羅万象の理のもとで成り立つ術式を差します。日本古来で有名なところと言えば、陰陽術・呪術といった類があり、大陰陽師、安倍清明を超える魔術師は、今のところ日本では確認できないと言われていたかと。五膨星や六膨星の術式から、式紙などの使い魔でしょうか。それらが有名です」

 

 「おぉ、詳しい解説をありがとう。そういうわけで、少し補足するとだな、自然エネルギーをオラクルで操るという類が魔術士というわけだ。相方になるのは自然だから、能力の開花にすらもかなりの時間と訓練が掛かる。訓練したとしても、生涯その能力が開かないという場合もありえるもんなんだがな。ゲームなんかやってると目に付くと思うんだが、バロールが持つ死眼やコカトリスの持つ石化の魔眼なんかは、魔術サイドの能力としては有名所ってわけだ。後は黒乃川も言っていたが、術式の他に使い間なんかの式神もいい例だな。占星術なんかもこっちの方によっている。さて、それに対して化学とは何なのか。青秋、答えてみろ」


 「9世紀頃に発展した、人類の第一技術なんて呼ばれてますね。蒸気機関の開発から始って、そのエネルギー効率を求めていった結果、大型のもの、電気エネルギーを使用したものなど多数に分かれていき、大型の機械から精密機器に至るまで発達を遂げた技術。今や集積回路を積んだコンピューターは一家に一台なきゃおかしいですし、その経緯もあって西洋医学の医療技術なんかも進歩してますね」

 「おしいな。一言が足りない」

 「同じく科学を利用した上で、数値化することにより目に見える物質エネルギーを利用する技術とでも言わせたいんすか、先生」

 「言えるんじゃねーか。可愛げがねーなぁ」

 「そりゃどーも」


 「んん、もっちょい悩むかと思ったんだが意外だ。そういう感じでな、本来不可視のエネルギーを操る魔術と、物理的な可視化できるエネルギーを用いる化学。双方は相容れないと言われていた。その考えが根本的に覆されたのが2025年。今から30年前。アルカナの設立者である6名、初代ワイズマンが協同のレポートを国連に提出。霊力・魔力・気力などのエネルギーを『オラクル』って統称し、機械的操作を用いてオラクルを用いた技術を『魔導』と呼称。三日後には試作段階の魔導機構を用い、本部の人間にその能力を掲示した」

 画像が変化し、大型の腕輪。ガントレットとでもいうのだろうか。極めて機械的な形をしているのだが、それを映し出していた。安陪先生は教鞭でそれを指しながら、説明を続けていく。


 「最初の魔道機構は、この腕輪だったらしい。その腕輪を着用したものは身体能力が著しく向上した。魔道機構の発表に参加した国連の職員から、ランダムに選ばれた性別・国籍・年齢が違う100人が全員、100mを8秒切ったのさ。何の特訓もしていない者達が、当時の世界記録をあっさりと塗り替えてしまったんだな。これが、魔導普及の始まりと同時に、魔導を束ねる国際魔導機構。通称WMOの設立ってわけだ」

 右に左に。台上を行き来しながら、更に補足を加えていった。

 

 「で、この魔導という新しい技術の情報が広まった各国では、我先にと魔導技術の情報開示を求めた。それに答えたのが、翌年の2026年。魔導の開発ラッシュになったわけだ。この影響もあって、各国に新たな仕事が増えていき、経済にも大きな影響を与えていった。しかし、それだけでは納得のできなかったワイズマン達は、魔導の基礎構造を一般に無料公開。能力のあるものはそれで富と栄誉を得ていくことになったというわけだ」

 これもまた一つの事実でもある。魔導という新たな技術は、エネルギーを人間が生み出す『オラクル』に依存しているのだ。しかし、逆説から見れば通常大掛かりになるエネルギー機器の設置が不要となる為に、設備投資も少なくて済む。魔導機器・装甲の素体。中核を成すコアは比較的安価(とは言え、日本円にして10万円ほど)で購入もできる。コアプログラミングや構成、外部の金属加工など様々な分野で仕事が増えていることもあるために、オリジナルの機器を作りやすい。いち早く着手した者達は、これにより大きな富と財産を得たのだ。無論、様々な分野で着手していると言う面もあり、未だに開発の収拾は収まっていないのも事実である。

 

 「では次に、このアルカナって機関についてのいいところを紹介しておこう。WMO及びそれに付随するアルカナは、代表的な各国家から全面にバックアップして貰っている上で成り立つ。その見返りとして、魔導士やアルカナ生徒のデータを提供する。ギブアンドテイクの関係だな。新しい技術競争のために、各国が新たな情報を得、解析して自国風にアレンジする為に、こういう情報が常にほしいんだと。よって、国家との親密なコミュニケーションなどから国際的でも有り、日本内外の民間企業にも就職はしやすい。その他、国連にも密接な関係にある。国連の平和維持活動。19世紀後半より急増する精神的な鬱病対策。難病指定患者の看護などなど、まぁ上げれば切りがない。でここからがこの話の本題だ。いいところがあるってことは、逆に悪いこともある。それが何なのかといえば、大きすぎる機関であるが故に、統制しきれていない部分もあるということだ。例えば、この技術を使って犯罪に走るやつらもいてな。現に魔導犯罪の件数は年々増加の傾向にあるのも事実だ。学生が無自覚で犯罪に巻き込まれる、加担していたというケースもあってね。大きい光の裏には、必ず大きい影もできるということでもある。よって、アルカナという機関に置いては1年次から心理面の学問について必須項目として学んでもらうことにもなる。つまり、座学はかなりあるってこと。教えるこっちも面倒なんだけどな」

 一平はここで焦ることになった。只でさえ座学は苦手項目の一つなのだ。ハッキリといえば、頭がいい方ではない。よって、知恵熱が出そうになる頭を両手で抱えてみた。そうしたところで、何の解決にもならないのだが。

 

 「だが、覚えておけよ。アルカナという機関はあくまで『各個人の能力を最大限に生かす』ことを目的として設立された学業機関であって、エリートを輩出する為の学校ではない。ということをだ」

 「夏川講師、それは学園として、世に使える人材を輩出するという部分に矛盾しているのでは?」

 「いい質問だ紫空。確かにその通り。元来、学校という機関は成績が優秀でかつ実績のある生徒の能力を伸ばし、そいつ等を言ってみれば餌にして学校の名前を売り、社会へと還元する。ある意味商法的なサイクルで成り立っているのが事実だったが、この学園は各国の支援や開発機関、その他様々な各所方面からの金銭的援助もあり、その形式ばった型から脱却に成功している。ま、それだけ魔導というものに皆が興味津々ということだな。現に、2010年代には電気に依存し、原発などを必要としていたエネルギーを生み出す装置も、今じゃ魔導によってより安全かつ小規模のものに変わりつつある。原発0に近い数値も叩きだしているというわけ」

 安陪先生は、少し貯めを作ると教鞭を自分の手の平で握る。

 

 「だが、魔導エネルギー以外がまだ必要という利点で、電力会社なんかもまだ生きて活動している。理由は分かるな?」

 「俺みたいに、魔導をろくに扱えない人間がいるからですよ」

 一平が嫌々ながらも答えてみる。

 

 「トラブルメーカー正解! そこなんだよ、魔導を扱いきれない人達もいるからだ。よって、我々はそういった人達にも支援を行う。こういった活動を行ってきたからなのか、或いは多くの魔導士という者達の功績によるものなのかは知らないが、自然と魔導・WMO・アルカナという単語は知れ渡り、世間一般の常識にもなっている。して、そのWMOという機関において知識・技能・功績で優秀と認められた6人を、5年に1度選定。そいつらが『ワイズマン』と呼ばれている。WMOの一部にアルカナも含まれてるため、そこ順ずるもの全員が対象になっているから、生徒であろうとワイズマンになる可能性はある。とだけは言っておく。まぁ、魔導士の中でトップランカーというわけでな、間違っても喧嘩売ったりすんじゃねーぞ。基本的には、懐もでかい奴等だが、キレさせるとマジでおっかねー。10年前に起きたワイズマン2人の喧嘩で、北極の氷河が半径50キロで蒸発。これがどんくらい凄いかっていうと、日本面積の3分の1から4分の1を消し飛ばしたってくらいだからな。そのせいもあってか、海水面も上昇しているわけなんだがっーと、余談だった。ともかく、扱う奴次第で日常的に使用できるものが、殺傷能力も高くなってしまうという点で言えば昔の兵器と大差はない。使うやつの心構え次第というものだ。既に自分の魔導機構を所持しているものがいるとは思うが、悪いことには使うなってことだな」

 一息をついた安陪先生は、生徒全員の顔を見るようにして辺りを見渡し、「以上。長くなったが学園についての説明を終了とする」と、言う。

 

 その内に数名、不安気に俯く者がいた。一平だったのだが。

 

 「皆に言っておくことがある。どの道を選択し、歩むかは個人の自由だ。その過程にこの学園を選択しているに過ぎないというだけでな。実際、この学校に入学したものの、進路は魔導以外の選択肢を選んだ者も多い。だからこそ、必死になって着いてくる限りは、みっちりと仕込んでやるから安心しろ」

 少なくとも、その言葉に希望が見えたような気がした一平は、顔を上げる。なんとかなるかもしれない、いや、なんとかするんだ、という新たな決意を秘めて。

 その様子に満足したのか、安陪先生は笑顔を作り全員に向かって一言。

 

 「続いてはあれだな、恒例の自己紹介といこうか。組織に属する以上、チームワークってのは大事なもので、集団というものは個人が保有する能力を高めることもできる。その上、一人ではできないことを可能にすることもあるんだ。古来より実証されてきた人類の知恵であり、力だな。この相乗効果というものを生かすも殺すも、このEクラスに集った者達の意志一つ。これも『オラクル』がなせる一つの技だぞ。よく覚えておくように」


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