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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
8/50

第六話 番長の宣戦布告

「スイカ割り?」アヒル口に愛らしい笑みを浮かべて、曽良はわざとらしく小首を傾げた。「スイカなんて見当たりませんけど」

「あるじゃねぇか。そこにちっちぇえのがよ」

 くつくつ笑って、昴は鋭い瞳を鷹のようにぎらりと光らせた。なぜか、その視線はまっすぐに鈴木へと向けられている。

「真っ赤な果汁が噴き出しそうじゃねぇか」

 肩を揺らして笑いながら、本田番長はバットをトントンと手のひらにあてている。

 鈴木はだらだらと冷や汗を流しながら、硬直していた。

 おかしい。

 なぜだ? なぜ、こちらを睨んでいるんだ!?

 思い返してみれば、さっきのフルスイング。もし曽良に頭を下げられていなければ、確実に鈴木の脳天に直撃していた。まるで、鈴木を狙っていたような……。

「やっぱり、狙われているんじゃないか、殿」

「言わないでー!」鈴木は脱兎の勢いで番長の射程範囲内から退避した。「なんで……なんで、俺を睨んでるんですか、本田先輩!」

「昴、でいいよ」

 にこりと微笑むが、なぜか血なまぐささを感じる。

 鈴木は青白い顔でじりじりと後退った。

「あ、あの……もしかして、なんですけど、お捜しのスイカはこちらではないでしょうか?」

 曽良の背後まで後退し、鈴木は遠慮がちに曽良を指差す。

「ええ!?」と曽良はぎょっとして鈴木に振り返る。「ひどいな、殿。せっかく、エアバッグで助けてあげたのに」

「いや、ランドセルでしょ。ちょっとうまいこと言わないでくださいよ」

 確かに、薄情かもしれない。曽良を身代わりにするようで気が引けるが……しかし、どうしても納得いかないのだ。地味に日々をしのぐだけの鈴木には、番長の怒りを買うような覚えはない。一方で、曽良は――。

「昴先輩もご覧になってたと思うんですけど、入学式で先輩のご友人をペンペンしたのは、俺じゃなくて……」

「分かってるよ。そこのがっかり野郎だろう?」

 ふっと切れ長の目をさらに細め、昴は曽良を睨んだ。唇には笑みを残して。

 『目だけは笑っていない』とはこういうことか。なんと不気味で恐ろしいんだ、と鈴木はごくりと生唾を飲み込んだ。

「お前なぁ、がっかり野郎」ふいに、昴はポケットからタバコを取り出し、口にくわえた。「デートのお誘いは断るもんじゃねぇぜ。俺の大事な舎弟に恥かかせやがってよぉ」

 スキンヘッドの不良がどこからともなくさっと現れ、昴のくわえたタバコに火をつけると気配を消して引っ込んだ。

 まるで、黒子だ。その手際の良さに鈴木は感心すら覚えた。

 いや、待て。

「タバコ!?」

「おぉい。大声出さないでくれよ。二日酔いで頭ががんがんしてんだからよぉ」

 昴はタバコを片手に煙を吐いた。

 校舎でここまで堂々とタバコを吸うなんて……。しかも、二日酔い? 飲酒もしているということか。

 悪だ。正真正銘、悪だ。

 唖然とする鈴木に視線をやると、昴は自慢げに笑む。

「なに驚いちゃってんの? お前、なんで俺が『 小賀葛の囚人』って呼ばれてるのか知らねぇのか?」

 え、と鈴木は目を丸くした。

 確かに、そういう呼び名があるのは知っているが、その由来までは……。

「俺は何しても許されるんだよ」気味の悪い笑い声を響かせながら、昴はタバコをくわえた。「もう立派な成人だからなぁ!」

 せ……成人!?

 雰囲気に流され、怯えた表情を浮かべた鈴木だったが、すぐに違和感に気づいて訝しそうに昴を睨む。

 成人って……二十歳?

 鈴木は冷静に考え、ある可能性に行き着いた。しかし、そこはかなりのデリケートゾーン。踏み込みづらいが……。

「あの」とおずおずと切り出してみる。「もしかして、留年――」

「あぁ!? なんか言ったか!?」

「な……なんでもありません」

 『 小賀葛の囚人』ってそういう意味かー! 鈴木は心の奥で叫んだ。異名というか……完全にバカにされているだけだろう。

 名前が書ければ受かるとされる小賀葛高校で出所そつぎょうできないって……悪すぎる。頭が悪すぎる。

 そもそも、大人だからってなんでも許されると思っている時点でかなり頭が悪い。

 急に目の前の番長から威厳を感じなくなって、鈴木はジト目で睨んでいた。

「あのぉ、会長」

 呆れ返って無心になる鈴木の傍らで、ふと曽良が暢気な声をあげた。

「番長だ」

「何度も言ったはずなんですけど……男とデートする趣味はないんで」曽良は邪気の無い爽やかスマイルを浮かべた。「放っといてもらえます?」

 場の空気にぴりっと緊張が走った。

 曽良は自分の立場が分かっているのだろうか。よくそんな能天気な態度を取れるものだ。鈴木は胃痛を覚えて顔をしかめた。

 昴はおもむろにタバコを口から外すと、ちょいちょいと指を動かした。すると、またあの黒子スキンヘッドが現れ、灰皿にタバコを預かり煙のように消えた。

「おいおい、冷たい奴だなぁ」昴は狡猾な笑みを浮かべて、貫くような視線を曽良に向けた。「他人ひとの舎弟のケツ、てめぇの棒で散々もてあそんどいて、そりゃねぇぜ」

「変な言い方しないでくれません?」

「とにかく……だ。舎弟の借りは、てめぇの舎弟に返す。そういうことだ」

 鈴木はとてつもなく嫌な予感がした。話が恐ろしい方向に転がっている気がした。

 曽良の舎弟って……。

「殿は俺の舎弟じゃないんですけど?」

「どうでもいいんだよ、細けぇことは」

 どうでもよくない。一番重要なところだ! ――と叫びたかったが、鈴木にそんな度胸はない。

「とりあえず、今日の放課後、校舎裏に来ることだ。今度さぼってみろ。そこのスイカ、派手にかち割るからなぁ」

 ガランとバットを放り投げ、昴はずるずるズボンの裾を引きずり去って行く。すれ違いざま、ツンと鈴木の頭を小突いて――。

 覚悟しとけよ。そんな昴の声が聞こえた気がした。

 呪いをかけられたかのように、鈴木は固まった。いや、凍り付いた、といったほうがいいかもしれない。

「厄介なことになっちゃったねぇ、殿」

 チャイムが鳴り響く昇降口で、曽良は余裕の笑みで鈴木に振り返った。

「でも、大丈夫。俺がいるから」

「藤本くんがいるから、厄介なことになっちゃったんでしょうが!」

 鈴木は再び『がっかりイケメン』に巻き込まれたことを悟って、がっくりと頭を垂らした。

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