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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
7/50

第五話 小賀葛番長

 昇降口ってこんなに恐ろしい場所だっただろうか。

 薄暗く埃っぽい空気の中で、品のない笑い声が響き、ボコボコに凹んだ鉄製の下駄箱は開閉されるたびにヒステリックな魔女の泣き声のようなものを響かせる。

 まるで魔王の城の入り口だ。

「でも、なんで急に?」

 上履きに履き替え、下履きをしまおうというとき、隣から場違いな爽やかな声がした。

 振り返れば、やたらと奇麗な顔をした少年が不思議そうにこちらを見ている。魔王退治に来た王子、といったところか。

 伝説の剣『定規』で魔物の尻を次から次へとペンペンしたという、かの有名な『定規王子』。今朝は、その手に伝説の盾『ランドセル』を携えている。――意味が分からない。

「なにがです?」

 呆れ顔で聞き返しつつ、鈴木は『定規王子』と向き合った。

「ランドセルだよ」と王子は伝説の盾をくいっと上げて見せた。「なんで急に背負いたい、て言い出したの?」

「いや、背負いたい、とは言ってないんですけど」

「もしかしてだけどサ」

 むっと急に真剣な顔になって、『定規王子』は食い入るように見つめて来た。

「な……なんですか?」

 いくら見慣れているといっても、間近で見るとそのイケメンさ加減に緊張してしまう。つい、しどろもどろになってしまった。

「もしかして」と、曽良はさらに顔を寄せ、声を落として訊ねる。「殿も誰かに狙われてるの?」

「は?」

「殿も変装が必要なの? だから、ランドセルを……」

「んなわけないでしょう!」

「じゃあ、なんでサ? まさか、本当にランドセル、流行ってるの!?」

「ええ、流行っていますよ。小学一年生から小学六年生まで。大ブームですよ」

 そうだった。どんなに人並みはずれた見た目をしていても、彼は『がっかりイケメン』。ずば抜けた容姿にも関わらず、『彼女募集中』の看板を提げ続けるある意味伝説的なイケメン、藤本曽良だ。

 人は見た目ではない――それを身をもって少年たちに訴え続ける伝道師。

 なにを今さら緊張していたんだろうか。鈴木は今朝だけで何度目かもしれないため息を漏らした。

 気を取り直し、「嫌だっただけですよ」と鈴木は改めて答える。

「皆の前で藤本くんがランドセル背負ってるのを見るのが嫌だったんです」

「なんで?」

「なんで、て……」

 曽良は純真無垢な子供のような表情でこちらを見つめていた。

 本当にランドセルを背負うことになんの抵抗もないのだろう。それがあきらかに変だということに気づいてもいないらしい。

 どっと疲れが襲ってきた。まったく……と、苛立ちすら覚えて「こっちのセリフですよ」と鈴木は吐き捨てるようにつぶやいた。

「なんで、そんなもったいない生き方してるんですか。見てるこっちがつらくなりますよ」

 つい、葉に衣着せぬ意見をぶつけてしまった。こんなこと、本人に面と向かって言う気はなかったのだが……。

 といっても、相手は曽良だ。まともに取り合うとも思えない。

 どうせ、見当はずれな反応が来て肩透かす。そんなオチに決まっている。

 そう。ろくな返事が来るわけがない。

「……」

 ほら、この通り。しばらくたっても、ろくな返事は……。

 いや――というより、返事が来ない?

 鈴木は、あれ、と眉をひそめた。よくよく様子をうかがってみると、曽良の表情が明らかに曇っている。いつも穏やかな目つきも心無しか鋭い。睨まれているようにさえ感じる。

 鈴木の背筋に嫌な汗が伝った。

「あのぅ、藤本くん?」  

「殿、頭下げて」

「え」

 頭を下げろ?

「どういう……」

「いいから、早く頭下げて」

 まさか……と、鈴木の顔に焦りの色が浮かぶ。

 まさか、謝れ、という意味か?

「あと三秒で下げないと、後悔するよ」

 完全に怒っている。鈴木は「あ、いや!」と慌てて弁解をはかる。が、言葉を連ねる間もなく、曽良にがしっと頭を掴まれた。

「ええ!?」

 激怒じゃないか!

「ちょ……え、藤本く……んぉ!?」

 力任せにぐいっと頭を押し下げられ、気づけば、視界には自分の上履き。

「す、すみませんでし――」

 条件反射で謝りかけた鈴木だったが、頭上で風船でも割れたかのような乾いた衝撃音がして、はっと目を見開いた。

「おいおい、何してくれてるんだよ?」

 聞き覚えのある、酔っぱらいのような恍けた声が降ってきた。

 頭を押さえつける曽良の力も弱まり、鈴木はおそるおそる頭上を見やる。

 そして――。

「!」

 鈴木は思わぬ光景を目にして硬直した。

 ついさっきまで自分の頭があったその場所で、伝説の盾『ランドセル』が不良の伝家の宝刀『金属バット』を受け止めていたのだ。

「こっちのセリフですよ」と、ランドセルでバットを食い止めながら、曽良はふっと笑んだ。「バットなんて持ち出して。朝から素振りですか、部長?」

 すると、バットがすっと引っ込む。

「素振りじゃなくて、スイカ割りだよ」バットを肩に乗せ、狐顔の男が怪しく笑んだ。「それから、部長じゃねぇ」

 長い黒髪を後ろで一つにまとめ、鼻には金のピアス。どこか色気を漂わせる笑みを浮かべる男。鼻筋が通った面長な顔立ちは、歌舞伎メイクがよく映えそうだ。

 鈴木はお辞儀の姿勢のまま、背後に佇む男を呆然と見上げていた。

 ひょろっとしているが、他のどの不良よりも圧倒的な存在感がある。――そう、彼こそが……。

「番長だ、て言ってんだろうが。がっかり野郎」

 小賀葛で最も恐れられる男。この一帯の不良の頂点。『 小賀葛の囚人』の異名を持つ、小賀葛番長、本田昴である。

 そして、言わずもがな……曽良が入学式の朝、お尻をペンペンした不良たちの親玉である。

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