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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
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第四十一話 一本勝負

 競技場二面分の剣道場。その片面では、今まさに試合が行われようとしていた。ある一つのビデオをめぐる、秀才高校と不良高校のプライドをかけた戦いが……。

 集まったギャラリーはいつのまにやら剣道場の中にまで入り込み、睨み合う二人の剣士を囲むように壁伝いに輪をつくっている。すっかりお祭り騒ぎである。入り口に学ラン二人が佇んでいても、気にならなくなっているようだ。

「『斉藤』……ねぇ」

 目の前に佇む剣士をまじまじと見つめてから、和幸は呆れたようにため息ついた。

「なんで、お前が殴り込みに来るんだよ? 剣道部じゃないだろ」

 え、と驚いたのは和幸の傍らに控える針谷だった。

「剣道部じゃない?」眼鏡をくいっと上げ、針谷も『斉藤』を睨みつける。「じゃあ、君は……何者だね!? ただの愉快犯か!?」

「やだなぁ」と『斉藤』はわざとらしく首を横に振る。「かっちゃんこそ、剣道部じゃないでしょうに」

 針谷はぎくりとして後退る。

「な、なにを……」

 『斉藤』は「フッ」と笑って、竹刀の先を和幸に向けた。

「『ある人』の差し金で、いろんな部活に助っ人として潜り込んで、報酬として部費を分けてもらってる――だよね、かっちゃん?」

「助っ人!?」

 『斉藤』の暴露話に、鈴木は思わず驚きの声を上げていた。周りのギャラリーの視線が集まり、頬を赤らめつつも、そういうことか、と納得する。平岡との、報酬がどうの、部費がどうの、といった会話がなんだったのか。園芸部の仕事も助っ人活動の一環だったというわけだ。平岡は助っ人仲間といったところか。『ある人』がいったい、誰なのかは分からないが……。

「誰に聞いたんだ?」

 和幸はたいして焦る様子もなく、面倒そうに頭をかいた。その脇では針谷が慌てふためき、「白状してどうするんだね!?」と責め立てている。

「大丈夫ですよ、針谷先輩。俺が助っ人だからって、こいつは俺に下がれとは言わないでしょうから」

「もちろん、そんな野暮なことは言わないサ」面の奥で、『斉藤』はクスクスと笑う。「俺はビデオさえ手に入ればそれで満足だよ」

 和幸は「ビデオね」と興味無さげに相づちを打ち、タオルをまいた頭の上から面をかぶった。

「なんで、剣道部でもないお前が、あのビデオを欲しがるのか……。ま、お前のことだから、どうせくだらない理由なんだろ」

「まあね」

「威張るな、褒めてねぇよ」

 和幸は後頭部でクロスさせた面の紐をぎゅっと縛り、針谷に左手を差し出した。針谷はハッと思い出したように持っていた竹刀を和幸に手渡す。

「頼むよ、藤本くん」

 力強い声とは裏腹に、針谷は怯えた目で辺りを見回していた。

「恥の上塗りなんてやめてくれよ。こんな大衆の前で……」

「分かってますよ。それより、針谷先輩、審判お願いします」

「あ、ああ」針谷は、おほん、と咳払いし、ちらりと『斉藤』を見やった。「ルールはこれまでと同じ。先に一本取ったほうが勝ち――の一本勝負でいいかな」

「それでお願いしまーす。細かいルールは忘れちゃったんで、小難しいことはナシの方向で」

「なんだ、そりゃ?」

「約束通り、俺が勝ったら、ビデオは渡してもらうからね、かっちゃん?」

「分かってるよ」

「で……かっちゃんが勝ったら、俺はどうすりゃいいの?」

 すると、和幸はしばらく考えてから、竹刀を眼前に構え、

「帰れ」

 

 その一言にさあっと顔色を青くしたのは、『斉藤』ではなく、鈴木だった。

「相変わらず、藤本くんには冷たい……」

 それでも、当の『斉藤』は「ツンデレー?」とカラカラと笑っている。能天気もここまでくれば幸せものである。

 でも……と、鈴木は眉を曇らせる。そんなおどけた姿が必ずしも彼の本心を映し出しているわけではないだろう。本心を隠すために道化を演じていることだってあり得るのだ。


 ――あの『がっかりイケメン』が、ズボンのチャックごときにここまでムキになると思うか?


 ノーパンだったかどうかは別として、よっちゃんの指摘は的を射ている。なぜ、ここまで、ビデオを奪おうとするのか。ビデオの内容が問題ではなくて、ビデオを握っている人物に用があるのだとしたら……。ビデオは都合のいい口実だっただけだとしたら……。

 鈴木は不安げに、対峙する二人をじっと見つめた。二人の『藤本』は、それぞれ『針谷』と『斉藤』の名前をぶらさげ、竹刀を眼前に構えて蹲踞の姿勢で向かい合っている。


 ――どんなやり方でもいいから、かっちゃんをぎゃふんと言わせて、ビデオを奪えばいいわけだ?


 昨日、曽良が金蠅に訊ねた言葉が脳裏をよぎる。

「藤本くんは……ただ、和幸くんをぎゃふんと言わせたいだけなのかな」

 鈴木はぽつりとつぶやいていた。

 なぜかは分からない。勝手に縁を切られて怒っているのかもしれないし、他に何か私怨を抱いているのかもしれない。そんなの曽良らしくない気もするが……いや、曽良との付き合いは、実際、ほんの一ヶ月ほど。曽良の何を知っているというのか。急に、鈴木は自信が無くなってしゅんと小さくなった。

「なにくだらないこと言ってんのよ?」

「あ、いや、すいませ――!」

 条件反射でぴしっと背筋を伸ばして謝ろうとした鈴木だったが、ふと、違和感を覚えて固まった。

 この声は――いや、まさか……!?

「始め!」

 ちょうど、鈴木が背後を振り返ったとき、試合開始を告げる針谷の震えた声が響き渡った。

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