第三十九話 謎の剣士
三人を追いかけ、剣道場まで辿り着くと、そこにはすでに人だかりができていた。小賀葛の『殴り込み』の噂を嗅ぎ付けたのか、ジャージ姿や制服姿の帝南の生徒たちがわらわらと集まってくる。どうやら、大事になりつつあるようだ。教師の耳に入るのも時間の問題か。なんとか、その前に収束がついてくれればいいのだが――和幸の説得に見事に失敗した鈴木は、もはやそう祈ることしかできなかった。
しかし、この野次馬の壁をどう突破しようか。あまり目立つのも嫌だし……うまく溶け込んで、進んで行けたら――。
「は? 学ラン?」
「って、ちょっと……小賀葛じゃん!?」
「きゃー、生リーゼント!?」
「リーゼントよ、リーゼント!」
蜘蛛の子を散らすように、帝南の生徒たちは悲鳴とともに逃げて行き、あっという間に、鈴木とよっちゃんの前には道が出来ていた。
鈴木はぽかんと佇む。
「急に人気が無くなったなぁ。皆、忘れもんか?」
「どんだけプラス思考なんですか」
ちくちくと刺さる好奇の視線も、ひそひそ囁く声も、よっちゃんは気にならないようだ。その図太さには、尊敬の念さえ抱いてしまう。
とりあえず、苦もなく剣道場の入り口まで到達。結果オーライか。
「お、いたな」
くいっとあごをしゃくるよっちゃん。そのリーゼントが指すほうには、剣道場の入り口の前で並んで佇む三人組が。
「ウチの部員五人もやられちゃったんだよ。全員、瞬殺で一本取られてしまったのだ」
「一応、正々堂々、剣道で勝負してきたのか」
感心したように言う和幸の背後で、鈴木とよっちゃんは顔を見合わせた。
正々堂々、剣道で勝負……?
そうっと三人の間から剣道場の中を覗き込む。そして、「え」と鈴木は目を丸くした。
不穏な空気が張りつめる剣道場。戸惑った顔を並べる剣道部員たちの視線を集めて、真ん中に座る剣士が一人。竹刀を傍らに置き、凛と背筋を伸ばして正座で待ち構えている。その落ち着き払った趣は百戦錬磨の剣士の威厳が漂っている。
鈴木は小首を傾げた。
「藤本くん……なんでしょうか?」
「うぅむ、どうだろうな。面で顔が見えねぇからなんとも……」
そりゃ、ビデオを奪いに帝南に殴り込みにくるのは、曽良くらいなものだが……しかし、行儀良く待ち構える剣士の姿は、どうしても曽良とは重ならなかった。そもそも、曽良は剣道なんてできるのか。
「もしかして、取り越し苦労だったんでしょうか」
曽良ではなく、小賀葛の剣道部員が送られて来たのではないか、と考え始めたときだった。お、と野次馬がどよめいた。剣士が竹刀を手に立ち上がったのだ。皆が固唾を呑んで見守る中、ゆっくりとこちらに振り返る剣士。ひらりと揺れる垂れネームには――『斉藤』の刺繍が。
「斉藤?」
よっちゃんはぎょっとして、「おい」と鈴木をつついて来た。
「斉藤だってよ?」
「です……ね」鈴木はほっと安堵し、胸を撫で下ろした。「人違い、か」
やはり、金蠅は、誰か剣道部員を送り込んで来ていたのだ。そりゃそうだ。金蠅が舎弟でもない曽良に一任するわけがない。何か他に手を打っていて当然だ。
「よかったじゃねぇか。とりあえず、まだ手遅れじゃないみてぇだな」
「はい」と答える鈴木の表情は晴れやかなものに変わっていた。「いそいで、藤本くんを捜して、ビデオ奪還を止め……」
「鈴木くん」
「へ……?」
ふいに呼ばれ、ハッとして前を見ると、和幸が呆れた顔でこちらを見ていた。いつのまに、こちらの存在に気づいていたのか。
いや、そんなことより――と、鈴木は思い出したように「すみませんでした」と頭を下げた。
「どうやら、殴り込みにきたのは藤本くんじゃなかったみたいですね。俺の早とちりで……」
「いや、なに言ってるの」
「なにって……」
「おい、鈴木!」
急に、よっちゃんが興奮した様子で肩をつかんで揺り動かして来た。
「な、なんですか、よっちゃんさん!?」
「斉藤が何かするつもりだぞ!」
斉藤が? ぎょっとして剣道場の中に再び目をやると――、
「どういうつもりだ?」
「挑発?」
ざわつく剣道場の中心で、斉藤が竹刀を高々と掲げ、その先をこちらに向けていた。やがて、掲げた竹刀はそのままに、左手でくいっと道着の肩口を手繰る。
「!」
鈴木は息を呑んだ。
見覚えのあるポーズだ。――だが、妙な違和感が……。
「あれって、野球じゃ……」
「なにするのかと思ったら……ダサ! がっかりだぜ〜」
「なんか恥ずかしー」
「シッ。聞こえるよ! あんな堂々とやってるんだから、気の毒じゃない」
嘲笑混じりの戸惑う声がどこからともなく聞こえてくる。
鈴木は見ていられなくなって、赤面しながら俯いた。
「てわけで、曽良を捜す必要はないと思うよ、鈴木くん」
「……そうみたいですね」
間違いない。アレはウチの『がっかりイケメン』だ。――そう確信した瞬間だった。




