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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
38/50

第三十六話 『がっかりイケメン』のまぶだち

「砺波だろ?」

「はい?」

 鈴木は一瞬、記憶が飛んだかと思った。会話の一部がごっそり抜け落ちてしまったようだった。連続ドラマの一話分をまるごとすっ飛ばしてしまったかのような、あの感覚だ。

「ええっと……すみません」春の陽気にでもやられたのだろうか。鈴木はつくり笑みでごまかして、再び、訊ねることにした。「小学校のときの、ラブレターの件なんですが、実は、犯人は藤本くんじゃなくて……」

「だから、砺波だろ?」

 なんで、そんなことを聞くんだ、と言いたげに、和幸は腕を組んで首を傾げた。

 鈴木はしばらくぽかんとしてしまった。

 背後で、サッカー部のものだろう、ホイッスルが虚しく鳴り響いている。

「ご……ご存知で?」

 やっとのことでそう確認した鈴木の声に張りはなかった。

 断固として取り合おうとしない和幸にしつこく食い下がり、声が嗄れるまで曽良の無実を訴える――はずだったのだが。思い描いていたシナリオは、目の前であっけなく破り捨てられてしまった。

 いや、誤解が無かったというのなら、それに越した事はない。喜ぶべきなのかもしれないが……一人だけクライマックスばりに息巻いて、この結末。横綱レベルの見事な肩透かしを食らったような気分だった。

「何年、あの自己チュー女に振り回されてきたと思ってる?」どんな出来事が脳裏をかけめぐったのか、和幸は苦虫を噛み潰したような顔でため息ついた。「あんな悪趣味なことをするような奴、砺波以外に考えられないだろ」

「……」

 返す言葉もない。砺波の名前が出ただけで、この説得力。日頃の行いというものの大切さをつくづく痛感した。

 ――そんなことより、だ。鈴木は気を取り直して表情を引き締める。

 はっきりしたのは、和幸は最初から曽良を疑ってなどいなかったということ。『まぶだち』失格、というわけではなかったようだ。しかし、そうなると、今度は別の疑問が湧く。

「じゃあ……なんで、縁を切ったんですか?」

「は? なに?」

 聞こえなかったのか、惚けてるのか。ここまで来て、シラを切られたらたまったものではない。前者であることを祈りながら、鈴木は大きく息を吸い、歯切れよく聞き直す。

「昨日、藤本くんに、『縁を切った』て言ってたじゃないですか! それが気になって、藤本さんに事情を話したんです。そしたら、そのラブレターの件が原因じゃないか、て教えてくれて――それで、誤解を解こうと思って、こうして会いにきたんです!」

「ああ、そういうこと」と、和幸は申し訳無さそうに苦笑した。「なんだ、砺波の奴、一応、反省してんのか?」

「さあ……」

 とても、反省しているようには見えなかったが。いや、そもそも、砺波が反省することなどあるのか疑問だ。

「そっか。心配させたみたいで、悪かったね」

「いえ、それはいいんですけど……」

 よっちゃんたちの横暴ともいえるゴーイングマイウェイスタイルに慣れてしまったせいか、殊勝な態度に出られると対応に困ってしまう。鈴木は急に勢いを失くして、口ごもった。

「原因は何か、と聞かれれば……確かに、ラブレターの件だったのかもな」

 独り言のように漏らした和幸の言葉に、あれ、と鈴木は眉をひそめた。

「でも、藤本さんが犯人だったんですよね? 藤本くんに非はないのに、なんで……」

「校内新聞にラブレターを載せたのは、確かに、砺波だ。でも、それを砺波に渡したのは曽良だ。非がないとは言えないよ」

「渡した?」

 てっきり、盗んだかなにかしたのかと思っていたが――とは、さすがに、口に出来なかった。砺波の気持ちを知ってしまった今、軽々しく和幸の前で彼女のイメージを悪くするようなことは言いづらい。もちろん、鈴木以上に、砺波のやんちゃ・・・・ぶりを見てきたはずの和幸だ。ここで鈴木が気遣ってたところで、無意味――いや、手遅れな気もしたが。

「あんとき、俺が相談してたのは曽良だけだった。ラブレターのことはおろか、好きな子がいることも砺波には言ってなかったんだ。あいつに言えば、どうなるか分かりきってたからな」

「藤本さんには隠してたんですか」

 今朝の砺波は、さも、自分も相談に乗っていたかのような口振りだったが……。

「当たり前だろ」と和幸は辟易した様子で言った。「なのに、砺波の知らないはずのラブレターが校内新聞に載って出回ったわけだ。おかしいと思ったら、問いつめるまでもなく、すぐに曽良が謝ってきた。砺波にラブレターを渡しちゃった、ゴメン、て」

「渡しちゃった、て……」それで済む問題か。鈴木はぎょっと目を見開いた。「なんで渡しちゃったんですか!?」

「さあな。聞いてもはぐらかされたから……何も考えてなかったんだろ。口を滑らせて、そのまま、砺波にうまいこと唆された、てところだな」

 なるほど、あり得そうだ。

「それで……縁を切ったんですか?」

「まさか。ラブレター一つで、そこまでムキになるほど子供じゃなかったよ」

 いや、小学六年生は充分子供だと思うのだが。

「ただ……」と和幸は思い出すように空を振り仰ぐ。「きっかけにはなったかな」

「きっかけ、ですか?」

「あの一件で、こいつは本当に成長しないんだな、て気づいたんだ」

「どういう……ことでしょう?」

「砺波に渡せばそういうことになる、て考えればすぐ分かることなのに、あいつはそこまで頭が回らない。思慮が足りないというか、責任感が無いというか……。昔からそうだったんだ。すぐに調子に乗って、後先考えずに行動してバカを見る。――いや、バカを見るのは、あいつじゃなくて、いつも俺だった」

 じわじわと和幸の声色に苛立ちが滲んでいくのを感じて、鈴木は後退った。

「あいつが理科の実験でバイオテロ並みの事故をやらかしたときも、俺が担任とクラスメイトに謝った。クリスマス前に『ホワイトクリスマスだ』なんだと言って石灰石を屋上からまき散らしたときも、俺が校長にうまく弁解した」

 いつの間にやら握られていた和幸の拳はふるふると震え、その眉間に刻まれた皺は、もはや高校生のそれではなかった。積年の辛労が目に見えるようだった。

 『ダブル藤本』のもとを去ったとき、彼が残したとされる言葉――疲れた、の一言が、今更ながらに鈴木の心に重く響いた。

「大変でしたね」

 決して社交辞令ではない。それは、鈴木の心からの言葉だった。

 氷山の一角ではあっただろうが、それでも、少しは溜め込んでいたものを吐き出せて気が済んだのか、ふっと一息つく和幸の表情は和らいでいた。

「ただ、ラブレターの事件のとき……ふと、俺にも原因があるのかもしれない、と思ったんだ。思い返せば、そうやって俺がいつもフォローして、あいつは反省することもなかったし。トイレ掃除とか、グラウンド五十周とか、一応、いろいろペナルティもくらったんだが……結局、俺も一緒にやるから、あいつは楽しんじまう」

 へらへら笑いながら、罰をこなすイケメンの姿が容易に思い浮かんだ。確かに、あの曽良が嫌々何かをする様子は想像できない。彼を反省させることなど至難の業だろう。教師たちも、手を焼いていたに違いない。――そうなると、頼りになるのは、曽良を誰よりも知っている幼馴染、か。

 鈴木は憐れみを含んだ眼差しで和幸を見つめていた。

 きっと、教師たちからも曽良の世話係として期待され、いらぬ重責を与えられていたのだろう。今の自分以上に、曽良に振り回されていたのかと思うと、鈴木はぞっと寒気すら覚えた。しかも、砺波も一緒だ。考えたくもない幼少期である。

「曽良がいつまでもバカをやらかすのは、俺が甘やかしすぎたからじゃないか、と思い始めたんだ。かばってばっかりいても、曽良のためにはならない。このまま、俺がずっと曽良の尻拭いしていけるわけでもないし。独り立ちさせなきゃな、て思い立った」

「小学生のころの話ですよね?」

 なんて老成した考えを……。

 鈴木は感心するのを通り越して、涙しそうになった。

「これ以上、曽良や砺波に振り回されるのは自分のためにもならないと思ったし、だから、一度、離れようと思って……」

 そこで、鈴木はピンときた。

「それで、『縁を切った』!? じゃあ、藤本くんに怒っていた、てわけではないんですね」

「まあ、怒っていた、というよりは……」

 和幸はなにやら言い淀んでから、高校生とは思えない重いため息をついた。

「がっかりした、というべきかな」

「『がっかり』、ですか」

 実に、親しみ深い単語である。

「あいつ、『がっかりイケメン』、て言われてるんだろ? 情けないというか、居たたまれないというか。放っとけば少しはまともになるかと思ったんだが……。本当に、がっかりだ」

 項垂れる和幸に、そうか、と鈴木はぼんやりと悟った。

 砺波に聞いたのか、噂に聞いていたのか、『がっかりイケメン』――鈴木にとっては、愛着すらわくその通り名も、曽良の成長を祈って『縁を切った』身としては心苦しいものがあるのだろう。


 ――いつになったらまともになるんだ?


 昨日、体育館で和幸が曽良へ放った一言がよみがえる。どういう気持ちから発せられた言葉だったのか、ようやく分かった。

 成長を祈り、心を鬼にして距離を取った『まぶだち』が、久々に会ってみれば、最凶最悪の不良高校に入学しているし、なぜかランドセルを背負って、チャックまでだらしなく開けていたのだ。頭に来たというよりは、ショックだったのだろう。

 がっかりして当然だ。――曽良に対する刺々しい態度もその顕れだったに違いない。

 分からなくはない。鈴木自身、似たような感情を抱いていたのだから。モテる要素をこれでもかというくらいに持ち合わせておいて、余計なことばかりしてそれらを台無しにする曽良を見て、いつも居たたまれない気持ちになっていた。

 でも……。


 ――でも、そういう奴だから、お前も面白くて舎弟になったんだろうな。毎日、飽きねぇべ。


 鈴木はふっと降参するように微笑んで、力のこもった眼差しで和幸を見つめた。

「でも――『がっかりイケメン』もそんな悪いものでもないですよ!」

「どこが?」

「どこが、と言われると……」

 あっさり一蹴されて、鈴木はたじろいだ。

「何も考え無しに、バカなことばっかりして……あいつの人生、損してるだけだ」

「損……」

 キンと耳鳴りのようなものがした気がした。

 聞き覚え――いや、口にした覚えのある言葉だった。

 

 と、そのときだった。


「気にいらねぇなぁ!」

 地鳴りのような低い声が、辺りに響き渡った。

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