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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
36/50

第三十四話 ああ、君たちが

「んじゃ、私はいろいろ準備もあるから。またね、スズキ!」

 正門まで鈴木たちを案内するなり、アンリはそう言って去ってしまった。どうせなら、和幸のところまで着いて来てほしかったのだが、忙しなく駆けて行くアンリを呼び止めるのは気が引けた。

 それしても、ウキウキとずいぶん楽しそうにしていたが、なんの準備だろうか。しっかりとビデオを抱いて……。

 遠ざかるアンリの背中を不思議そうに見つめていると、

「藤本和幸は、運動場の花壇……とか言ってたよな」

 低い笑い声を響かせながら、よっちゃんが鈴木を置いてずかずかと歩き出した。

 他校の敷地内に我が物顔で足を踏み入れる様は、さすが元番長の風格が漂っている。その勇ましさは頼もしいことは頼もしいのだが、同時に不吉でもあった。

「ちょっと待ってください、よっちゃんさん」念のため、釘を刺しておこうと、鈴木はよっちゃんを引き止める。「ケンカしに来たわけじゃないんですからね! 和幸くんに事情を話して、藤本くんと仲直りをしてもらうのが目的で……」

「細けぇこと言ってんじゃねぇよ、鈴木! ガツンと言って終わりだ」

 よっちゃんはやる気満々の様子で両手の拳を打ち付けた。

 釘を刺そうとふるったトンカチが、見事に指にクリーンヒットしたような気分だった。やはり、よっちゃんは趣旨を見失っている。久々の他校への侵入で、元番長の血が暴走しているのか。興奮のままに、和幸に殴り掛かってしまいそうだ。

「終わっちゃだめですよ!」と鈴木は必死に食い下がる。「誤解を解いて、藤本くんと平和的に和解してもらおうと思って来たんです、忘れないでください! これ以上、ややこしくしなったら、それこそ『終わり』ですから」

「分かってる、分かってる。言葉で分かんねぇようなら、一発、男の拳をお見舞いして分からせてやるからよ!」

 得意げにニッと笑って見せるよっちゃん。

 ダメだ、全然分かっていない。今更ながらに、よっちゃんを連れて来たのは間違いだったのかもしれない、と思い始めて鈴木は項垂れた。

 しかし、鈴木によっちゃんを止められるわけもない。侵攻を進めるリーゼント閣下に大人しく付き従うだけだ。

 そうして、校庭へ姿を現した小賀葛二人組を迎えたのは、おびただしい矢の雨――刺すような視線だった。

 野球部員やサッカー部員が練習の手を止め、「なんだ、なんだ?」とこちらを見つめている。一瞬にして注目の的である。これまで――小賀葛の制服に袖を通すまで――平均的な鈴木の身に起こったことなどない現象だ。もはや嬉しくともなんともないが……。

「やっぱり、目立ってますね」

「そんなに学ランが珍しいのかぁ?」

 呆れたように言って、よっちゃんは学ランを見下ろしている。

「学ランというよりは、小賀葛の制服だからかと思いますけど」

 そうは言いつつも、鈴木の視線はたゆたうよっちゃんのリーゼントへ真っ直ぐに向かっていた。

 やはり、堂々と正門から入るのは無理があったのではないか。アンリは平気だと言っていたが……。

「『仁義なき優等生』、だっけ」

 まったくピンとこない。まるで意味不明だ。その言葉にどんな力があるというのか。

「あ、花壇、あれじゃねぇか?」

 不安に表情を曇らせる鈴木とは対照的に、よっちゃんはけろりとした様子で、校舎のほうを指差していた。確かに、野球部やサッカー部の向こう側に、校舎に沿って敷かれた色鮮やかな絨毯が窺えた。目を凝らせば、しゃがみ込む二つの人影が確認できる。どちらかが和幸だろうか。

「とりあえず、行ってみっか!」

「行ってみっかって……」

 降り注ぐ視線の矢をもろともせずに、よっちゃんは校庭を突き進む。花壇へとまっすぐに、校庭のど真ん中を横切るつもりらしい。

 野球部やサッカー部の部員たちは、リーゼントの侵入者に一際どよめきたった。

「よっちゃんさん、せめて、もう少し控えめに……」

 慌てて、よっちゃんの背中を追う鈴木だったが――、

「おい、君たち!」

 穏やかでない声が、地響きでも起こさん勢いで鳴り響き、ぎくりと足を止めた。

「ウチの生徒じゃないね? 何の用かな?」

 振り返ると、中年のひげ面の男がこちらへと向かって来ていた。年季の入った青いジャージ姿。おそらく、野球部かサッカー部の顧問だろう。

「その制服……小賀葛の生徒だね?」

 鈴木の前で立ち止まると、男はあご髭をさすりながら、値踏みでもするように鈴木の制服をまじまじと見てきた。

 さすが運動部の顧問と言うべき、逞しい体つきにピリピリと伝わってくる威圧感。鈴木は完全に萎縮して、言葉も出せずに固まってしまった。

 そんな鈴木に、男の表情は険しくなっていく。恐怖に声を失っているだけなのだが、男の目には、不良が間の抜けた顔で無視しているだけにしか見えないのだろう。

 睨み合いは長くは続かず、やがて、ひげに囲まれた男の口がくわっと開いた。

「ウチに何の用だ、と聞いているんだ!」

「『賃金なき優等生』だよ」

 今にも沈みそうな安っぽい助け舟が流れて来た。――よっちゃんだ。

「賃金なき優等生?」男は訝しそうによっちゃんに振り返る。「帰り賃がないのか、お前たちは?」

 そうだった、と鈴木は気を取り直し、「そうなんですよ」とよっちゃんに調子を合わせた。

「『仁義なき優等生』です。俺……いえ、僕たち、アンリさんの友達でして」

「アンリ……近江アンリか」しかめっ面だった男の顔が和らいだのが分かった。「ああ、君たちが……」

 そうつぶやく男の声に、さきほどまでの警戒する色はない。それどころか、男は納得した様子だった。小賀葛の訪問者に思い当たる節でもあるかのように……。

「近江は一緒じゃないのか?」

「ちょっと……はぐれてしまいまして」

「それで、近江を捜してたのか?」

「そ、そうなんです、それです。捜してるところだったんですよ!」

「まったく、あいつは……」

 男のため息からタバコの匂いがして、鈴木はむせそうになるのを堪えた。

「捜すのはいいんだが、あまりうろうろされても困る。くれぐれも、部活動の邪魔にならないように行動してくれ」

「はい! もちろんです、すみません!」

 どんなトリックだかは分からないが、アンリの言う通り、問題なさそうだ。

 ぺこりと軽快に頭を下げて、鈴木は「よっちゃんさん」と振り返った。

「校庭を回って行きますよ」

「はあ? 突っ切れば早い……」

「話、聞いてなかったんですか!?」

 言ってもムダか。

 男の刺すような視線を感じつつ、鈴木はよっちゃんの腕をひっぱり、無理やり野球部の縄張りから連れ出した。

「なにしてんだ、練習しろ!」

 背後で、男が怒号を響かせた。威勢の良いかけ声がそれに応え、ボールがバットに当たる爽快な音が響き出す。


 活気が戻ったグラウンドを横目に、鈴木は安堵しつつも、すっきりしない表情で花壇へと向かっていた。

 いったい、アンリは何者なのだろうか。『仁義なき優等生』とは何なのか。小賀葛と何か関係があるのか。――いじけたように背中を丸めて歩くよっちゃんの後ろで、鈴木は頭をひねっていた。

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