第三十三話 無問題?
「武道場に行こうと思ったら、学ラン着てる二人組が見えたから、もしかして……て思ったのよね! やっぱり、『スズキ』だったか」
まるで旧友にでも会ったかのように、アンリは親しげに話しかけてくる。その燦然と輝く笑顔に目眩でも起こしそうだった。
「知り合いか、鈴木?」
訝しそうな声に、鈴木は我に返ったように振り返る。
「和幸くんの友達です。昨日、剣道部の練習試合を撮影していたカメラマンで……」
「藤本和幸の!?」ぱっとしなかったよっちゃんの表情が急に引き締まった。「グッドハミングじゃねぇか!」
誰も鼻歌など歌ってはいないのだが。
「おい、あんた、藤本和幸を呼んでくれよ」
自己紹介もすっとばし、よっちゃんは藪から棒にアンリに頼んでいた。アンリは大きな瞳をぱちくりとさせ、「なんで?」と最もな疑問を口にする。
「決まってんだろうが! 焼きを入れてや――」
「挨拶です、挨拶!」
よっちゃんに任せていては、まとまる話もとっ散らかるだけだ。鈴木はがなり立てるような大声でよっちゃんの言葉を打ち消した。
「昨日のお礼を言いに来たんですよ」
なんて自然な口実だろうか。我ながら、よく即座に出てきたものだ、と思った。これならばっちりだ、と鈴木は自信に笑みを零す。
アンリはしばらく何やら考えていたが、「まだ時間もあるか」と納得したようにつぶやいた。
「和幸なら、運動場の花壇で園芸部の仕事してるから、会いに行きなよ」
「は? 園芸部?」
剣道部ではなかったのか。掛け持ち?
ぽかんとする鈴木の隣で、「ケータイで呼び出してくれよ」とよっちゃんは頼もしいほどの図々しさを炸裂させる。
「ケータイはむりむり」アンリはビデオカメラを持った手を左右に振った。「今日はつながらないから」
「今日はって……どういうことだよ?」
「それがさ、今朝、留守電を聞いてから機嫌悪くて。ずっと、ケータイの電源切ってるのよ。ひどいイタズラ電話だったんじゃない?」
その瞬間、鈴木は色を失った。
「イタズラ電話ぁ? 肝の小せぇ男だな! かけ直して、怒鳴りつけてやるくらいの度胸がねぇと! な、鈴木?」
「いやぁ……どうでしょうね」
鈴木はそっぽを向いて、乾いた笑いでごまかした。
「そんなわけでさ、呼び出してあげたいのは山々なんだけど……たぶん、かけてもムダ。直接会いに行ったほうが早いと思うよ」
「直接会いに行け、つってもなぁ……こいつが、嫌がるんだよ」嫌味っぽく言ってから、よっちゃんは肘でつんと鈴木を小突いた。「小賀葛の制服で中に入るのが気が引ける、てよ。そんなに学ランが恥ずかしいのかねぇ」
「だから、騒ぎを起こしたくないんです、て……」
何度繰り返せばよっちゃんは分かってくれるのだろうか。
ブレザー姿の集団に学ラン二人組(リーゼント含め)が混ざれば、どう考えたって目立つ。和幸の元にたどり着くより先に、職員室に連行されるのがオチだ。
「いいですよ。やっぱり、大人しく待ちましょう」
「待つ!?」驚いた声を上げたのは、よっちゃんではなくアンリだった。「お礼は始まる前のほうがいいでしょう!」
「はい?」
始まる前? 剣道部の練習のことだろうか。
「格好のことは大丈夫よ!」
「大丈夫って……」
「何か聞かれたら、私の名前を出せば大丈夫だからさ」お買い得商品を薦める売り子のように、アンリはニッと得意げに笑ってみせた。「それから、『仁義なき優等生』です、て言えば無問題よ」
「仁義なき……優等生?」




