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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
34/50

第三十二話 帝南にようこそ

「いいから、ちょっと貸せって」

「い、いやですよ!」

「なんだよ、いいじゃねぇか! 減るもんじゃねぇんだからよ」

「ひいっ!」

 リーゼント頭の男に胸ぐらを掴まれ、ブレザー姿の少年は今にも倒れそうなほどに顔を青くしていた。

「すぐ返すって言ってんだろ!? ほら、脱げって!」

「嫌ですー!」

 少年が泣き叫んでも、リーゼント頭の男はひるむ様子はない。制服を破らん勢いでひっぱっている。

 どこからどう見ても、犯罪である。

「よっちゃんさん、やめましょうって!」

 たまらず、鈴木はよっちゃんの腕をつかんで止めに入った。

「これじゃ、ただの追い剥ぎですよ」

「なに言ってんだよ?」よっちゃんは少年のブレザーをつかんだまま、鈴木を睨みつけた。「俺は甘いもんは嫌いだ」

「おはぎじゃないですよ、追い剥ぎです! 通行人から洋服とか持ち物とかを奪う犯罪のことですよ」

「犯罪だと!?」

 さすがに、その単語によっちゃんはぎょっとして、少年から手を離した。そのすきに、少年は血相変えて駆け出し、脇見も降らず走り去って行く。まさに、脱兎の勢いとはこのこと。

 小さくなって行く背中を呆気に取られた様子で見つめてから、よっちゃんは大仰にため息ついた。

「なんで、邪魔すんだよ? あとちょっとだったってのによ」

「だから、犯罪ですってば」

「なにが犯罪だよ? すぐ返すんだからいいじゃねぇか」

 すぐ返す、か。政治家の『記憶にございません』レベルに信用ならない言葉だ。鈴木は頬をひきつらせた。

「とにかく、制服を奪うのはナシです」

「『奪う』じゃなくて、『借りる』つってんだろ」

「向こうからしたら、同じですから」

 俺に良い案がある――よっちゃんのその言葉を信じた自分が馬鹿だった。鈴木は後悔しつつ、しかし、自分に何か案があるわけでもなく、途方にくれた。

 目の前に張り巡らされたフェンスを見上げると、その編み目の間から武道場らしき建物が伺えた。おそらく、剣道部はあそこで練習しているはずだ。剣道部員である藤本和幸も中で竹刀を振っているに違いない。

 すぐそこなのに……と、鈴木はいたたまれない気持ちになりながら、武道場を見つめていた。ほんの一メートルちょっとだというのに、未来のエリートたちを守るフェンスは敷居が高く、ベルリンの壁のごとく立ちはだかるのだった。

「もう面倒くせぇ。フェンス登って、乗り込んじまおうぜ」

「わあ、なにしてんですか!?」

 フェンスに手をかけ、今にも登り出しそうなゴリラ――いや、よっちゃんに気づいて、鈴木はその学ランを慌てて引っぱった。

「小賀葛の学生が乗り込んで来た、なんてことになったら、どうなると思ってるんですか!? 騒ぎを大きくしたくないんですって!」

「だから、言ってんだろ。そのへんの帝南の奴捕まえて、制服借りよう、て」

「それはただの追い剥ぎですって……」

 ああ、もう。よっちゃんと討論しても、同じところを堂々巡りだ。どっと疲れがきて、鈴木は項垂れた。

「ワガママな奴だな、お前は」

「もうなんとでも言ってください」

「どうすんだよ?」ガリガリと頭をかいて、よっちゃんは呆れ果てた様子で訊ねてきた。「このまま、部活が終わるまで待ち伏せでもすんのか?」

「それも……アリかもしれないですね」

 和幸が部活を終える前に、『小賀葛の生徒がたむろっている』と通報されなければ、の話だが。いや、すでに『追い剥ぎがいる』と通報されている可能性もある。

 そうだ。実はすでに手遅れなのでは? さっきの少年が職員室――もしくは、交番にでも駆け込んでいたとしたら……。

 鈴木の顔はみるみるうちに青くなっていた。

「と、とにかく、ちょっと場所を移動しましょう」

「なんでだよ? ここなら、武道場を見張れるぞ」

「いいから、ひとまず、ここを離れましょう。また戻ってくればいいんですから」

 ひきつり笑顔を浮かべつつ、鈴木はよっちゃんの身体を押して促した。

 一刻も早くここを立ち去らなければ。さっきの少年が誰かを連れて戻ってくる前に――。


「あ、見ーっけた! ちょっと、そこの小賀葛二人!」

「!」


 背後からしたその声に、鈴木はぎくりとして固まった。

 遅かった……?

 状況を全く把握していないのだろう、よっちゃんは「お?」と小首を傾げている。その身体をさらに強く押して、「はやく、逃げましょう!」と鈴木は叫ぶ。しかし、よっちゃんの屈強な身体は銅像のごとくぴくりとも動かない。

「捕まっちゃいますよ、よっちゃんさん!」

「いや、でも……」としぶるよっちゃんの頬はほんのりと赤らんでいた。「結構、あの子、可愛いぜ」

「可愛い?」

 はたりと鈴木は動きを止めた。

 そういえば……と思い返し、ふと気づく。さっきの声、女の子? それに、どこかで聞いたことがあるような……。

「やっぱ、君も見に来たか〜」

 弾むような明るい声と、バタバタと軽快な足音が近づいてくる。『追い剥ぎ』を捕まえてやろう、と意気込む気配はない。ただ無邪気に走り回る子供のそれだ。

 鈴木はおそるおそる振り返り、「あ」と目を丸くした。

「よ、『スズキ』! 帝南にようこそ」

 鈴木の前で立ち止まり、ホームビデオカメラを掲げてニコリと微笑む少女。短いショートヘアに、子猫のような愛嬌のある顔。見覚えがある。

「アンリ……さん?」

 間違いなく、昨日、和幸と一緒に居た少女だった。

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