第三十一話 まぶだち失格
「なんだよ、そりゃあ!?」
全てを聞き届けるなり、よっちゃんはがばっと立ち上がり、右拳を高々と振り上げた。
「藤本砺波って奴は、ほんっと最低だな!」
「もう、その一言に集約されますよね」
鈴木は頬をひきつらせ、諦めきった笑みを浮かべる。
よっちゃんの怒りは最もだ。砺波をかばう気にもなれない。
砺波が男の友情を引き裂くようなことをしたばかりに、今、こんなややこしいことになっているのだ。砺波が正直にラブレターの件を——校内新聞に載せてバラまいたのは自分であることを——和幸にきっちり謝っていれば、まだ曽良と和幸は『まぶだち』だったに違いない。剣道場での騒ぎも、もっと穏やかに済んでいたはずである。少なくとも、曽良が『ビデオ奪還宣言』をすることはなかっただろう。
元凶は、間違いなく砺波だ。
「しかし」と、急によっちゃんは難しい表情で、腕を組んだ。「もっと最低なのは、そのまぶだちだぜ」
「まぶだちって……」
鈴木はきょとんとしてしまった。
よっちゃんと砺波の仲はいいほうではない。顔を合わせれば罵倒しあう(いつも砺波の一人勝ちだが)二人である。話を聞いたよっちゃんが砺波を非難するだろうことは予想できたが……なぜ、和幸? 昨日の一件で——曽良への態度が悪かったとはいえ——彼に非があるところなど無かったはずだ。剣道の練習試合に来て、剣道部員を蹴散らして行っただけ。反則があったわけでもない。何か、よっちゃんの気に障ることがあったとしたら——。
「ビデオで脅したから、ですか? 確かに、姑息というか、男らしくないやり方な気もしますけど……」
「そっちじゃねぇ! ラブレターだよ」
「ラブレターって……でも、和幸くんは被害者じゃないですか」
小首を傾げる鈴木に、よっちゃんは不満げに「ふん」と鼻から息を吹き出した。
「俺は藤本曽良は好きじゃねぇ。だがな、あいつがダチを裏切るような奴じゃねぇってのは分かってる。——そんな、俺でも分かるようなことが分からねぇんじゃ、まぶだち失格だろ!」
「あ……」
鈴木はぽかんと口を開けて、間の抜けた表情を浮かべていた。
さすが、よっちゃん。目の付けどころも、男気溢れている。
よっちゃんの言う通りだ。——そういえば、なぜ、和幸は曽良に事情を訊ねなかったのだろうか。
自分だったら、まずは曽良を問いつめる。曽良が「自分じゃない」と言うなら、それを信じて、他の可能性を考えただろう。砺波という、殺人事件の第一発見者並みに怪しい人物がいるのだし……。まして、『まぶだち』と呼ぶほどの仲だったのならなおさらだ。
「なんで、勘違いしたままなんだ?」
鈴木はじっと机の木目を見つめながらつぶやいた。
もしかして、あの二人の間には他にも何かあるのだろうか。砺波も知らない何かが……。
「で? お前、どうする気なんだ?」
訊ねられ、ハッと我に返って鈴木は顔を上げる。
「あ……いや、分かりません。とりあえず、和幸くんの誤解を解いたほうがいいかな、とは思うんですけど」
「じゃあ、藤本砺波に頼んで呼びだしゃいい……」そこまで言って、よっちゃんはくわっと目を見開いた。「てか、あいつが謝れば済む話じゃねぇか!」
「そ、それはだめです! 藤本さんはこの件には関わらせないようにしましょう!」
「ああ? なんだよ、藤本砺波にびびってんのか?」
「まあ……そんなところでいいです」
びびってないと言えば嘘になるが……鈴木の脳裏をよぎったのは、砺波の怒り狂う姿ではなく、頬を真っ赤に染めてはにかむ姿だった。あんな一面を見せられては、たまったものではない。砺波も、和幸の前ではただの『恋する乙女』なのだ。謝らせるなんてとてもできない。いくらなんでも、残酷すぎる。——無論、あの砺波が大人しく謝るとは思えないが。
とりあえず、ラブレターの犯人が曽良で無かったことだけを伝えよう。真犯人は適当にごまかすしかない。
「しゃあねぇなぁ」とは言いつつも、よっちゃんの表情は不服そうだった。「じゃ、本人に直接、言いに行くしかねぇな」
「それしか、ないですよね。でも、どこにいるのか……」
「おいおい、なに言ってんだ? 帝南なんだろ?」
鈴木はぎょっとして身を乗り出していた。
「まさか……高校に行けって言うんですか!?」
「それが確実だろうが」
「でも……」
この学ランで他校に行け、というのか。鈴木はちらりと自分の学ランを見下ろした。この辺りでは『不良』の象徴にもなっている制服だ。いくら平均的な容姿の鈴木でも、この学ランを着ていれば、『不良』のレッテルを貼られてしまう。他校の校門に姿を現した時点で、目くじら立てた歩兵が職員室からわらわら出てくるのは確実である。それが、文武両道を掲げる超秀才高校、帝南ともなれば……。
いやいや、と鈴木は頭を振った。
「無理です、無理です!」
「藤本曽良が心配なんだろ!? あいつがまぶだちとやりあう前に、そいつに話つけなきゃいけねぇじゃねぇか」
「それはそうなんですけど……」
「とはいっても」よっちゃんは背後を振り返り、黒板の上の時計をちらりと見やった。「もしかしたら、もう手遅れかもしれないがな」
「手遅れ……」
つられたように鈴木も時計へ目を向けた。——十二時十分。
鈴木は顔色を曇らせた。もう昼過ぎ。曽良が何かしでかすには、充分な時間が経っている。
「ま、手遅れでも、そのまぶだちにはガツンと言ってやろうぜ。そいつ、どうも気に食わねぇからな」
その言い回しに、あれ、と鈴木は目を瞬かせてよっちゃんを見つめた。
「よっちゃんさんも……来てくれるんですか?」
「なんだよ、邪魔だってのかよ?」
「邪魔とかじゃなくて」と慌てて鈴木は両手を振った。「そこまで巻き込むのは、ちょっと気が引けるというか……」
「なに言ってんだよ? 巻き込まれるのがダチの仕事だろうが」
「は……」
ぽかんとする鈴木に、よっちゃんはため息混じりに苦笑する。
「お前だって、ダチのためにエリートにケンカ売ろうってんじゃねぇか」
「ケンカって、そんな、たいしたことじゃ……!」
「それによ」と、よっちゃんは得意げにニッと歯を見せ微笑んだ。「昔から言うじゃねぇか。隣の客はよく柿食う客だった、て」
「よっちゃんさん……」
何が言いたいのかさっぱり分からない。なぜ、いきなり滑舌の良さをアピールしてきたのか。その後、隣の客の身に何が起きたのか。だが、ただ一つ……よっちゃんの熱い男気だけは、しっかりと伝わってきた。それは、言葉を超越した、男同士の魂の共鳴なのかもしれない。
鈴木は胸が熱くなるのを感じた。——なんて頼もしいんだ、と心の底から思った。相談してよかった。
「じゃ、お言葉に甘えることにします」
すると、よっちゃんは「おう!」と両の拳を叩き付けた。他校とのいざこざに元番長の血が騒ぐのか、その表情は生き生きとしている。
「でも……帝南に行ってからが問題ですよね」
「問題? なにがだ?」
「どうやって和幸くんを捜せばいいんでしょうか。校門で待ち伏せなんてして、騒ぎを起こしたくもないですし……」
ずんと目の前に佇むよっちゃんを、鈴木はちらりと一瞥した。金剛力士を思わせる迫力ある顔つきに逞しい体つき、そして、ぐんと伸びたリーゼント。確かに、頼もしいことは頼もしいのだが——帝南の校門に現れた瞬間に、スクランブルをかけられてしまいそうだ。人探しどころではなくなるだろう。
「おいおい、鈴木よ」
しかし、当のよっちゃんは悠然たる態度で自分の頭を指差した。
「もっと、キンタマ使えよ」
「どんなタマ違いですか」
ある意味男らしいが。
「そいつ、剣道部員なんだろ。んじゃ、放課後、武道場に行けば会えるだろ」
「あ……!」
「それに、行儀よく正面から入るこた無ぇんだよ」よっちゃんは内緒話でもするかのように声を低くし、にんまりと笑んだ。「俺たちゃ小賀葛だぜ?」




