表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
32/50

第三十話 気になること

 破れた二つの紙を慎重に合わせ、鈴木はその裂け目にセロハンテープをそうっと近づける。やり直しは効かない、一発勝負だ。そう思えば思うほど、手が震えてしまう。鼻息が荒くなり、今にも紙を吹き飛ばしてしまいそうだ。

 昼休みになって一段と騒がしくなった教室で、鈴木は一人、修行僧のごとき集中力で、机の上に並べた二枚の紙きれを睨みつけていた。雑念をいっさい消し去り、息を殺し、セロハンテープを近づけて行く。傍から見れば、何かの儀式かと思ってしまうほどの重々しい雰囲気だ。その姿は、海を二つに割ったとされるモーゼを彷彿とさせる。

 やがて、セロハンテープが紙に触れるか触れないか、というとこまで迫り、鈴木の鼓動も激しさを増す——そのときだった。

「なんだ、それ?」

 狭まった鈴木の視界に、骨張った手が伸びてきて、するりと紙——いや、銀蠅のラブレターをかすめ取った。セロテープは虚しく机にくっつき、鈴木は「うわあ!?」と大仰に悲鳴を上げる。

「なにするんですか!?」

 慌てて顔を上げると、目に飛び込んできたのは揺れるリーゼントとギラリと光る鋭い目。

「おいおい、なにムキになってんだよ?」

「それ、返してくださいよ、よっちゃんさん」

「それって……」戸惑い気味に、よっちゃんは二枚の紙切れに視線を落とした。「これかよ? なんなんだよ、大事なものか?」

「読まないでください!」

 ひい、と血相変えて立ち上がり、鈴木はよっちゃんの手からラブレターを取り返した。

「読まないでって……」にやりとよっちゃんは怪しく笑んだ。「さては、恋文か?」

 恋文って、また古風な言い方をする。恵理の影響だろうか。

「まあ、そうなんですけど……」

 言葉を濁しつつ、鈴木はラブレターを丁寧に重ねて折って、ポケットにしまった。

「誰宛だよ!?」

「言えませんよ」

「言えって! 水虫臭ぇなぁ」

 だから、水虫ではないのだが……。

「さては、佐藤か!?」

「違いますよ! てか、俺のラブレターじゃないですし」

 すると、よっちゃんの薄い眉がぴくりと動いた。

「お前のじゃねぇってどういうことだよ?」

「あ、いや、それは……」

 しまった、と思ってももう遅い。よっちゃんの興味をそそってしまったようだ。

 水虫臭い、と言われ続けて、周りに妙な誤解をされても困る。仕方が無い、と鈴木はため息ついて、当たり障りない程度に打ち明けることにした。

「藤本くん宛のラブレターを預かったんですよ」

「藤本曽良ぁ?」

 一気によっちゃんのテンションが下がったのが分かった。よっちゃんは「なんだよ」と舌打ちして、そっぽを向く。

「へいへい。イケメンはお忙しいことで」

 差出人は気にならないようだ。助かった、と鈴木は胸を撫で下ろす。

「そういや、そのイケメンのいけすかねぇ顔を見てねぇな」

「今日はまだ来てないんですよ」

 まだ……と言ってはみたが、もう昼だ。これから来るとは到底思えない。

「ふぅん」よっちゃんは教室を見渡し、気に入らない様子でつぶやく。「ちっ。今日も蒸しパンか」

 蒸しパン?

「あいつは風邪ひくような奴じゃねぇだろ。サボりってことか」

 はっきりと断言するものだ。確かに、曽良が風邪をひいている姿など想像できないが……サボり? 学校に来ても、どうせ寝ている曽良だ。わざわざ彼がサボるとしたら、面倒くさいとかそういう単純なことではなく、理由があってのことだろう。つまり、サボってまで何かしなきゃならないことがある——鈴木の表情は曇っていった。

 嫌な予感がする。

「なんだ、元気ねぇなぁ。寂しいのかよ?」

 自分で思っていた以上に顔に出ていたのか。からかうようによっちゃんはニヤニヤとしてそんなことを言ってきた。

「やめてくださいよ」と鈴木は頬をひきつらせる。「銀蠅先輩に誤解されたら大変ですから」

「は? 銀……なに?」

 つい、口が滑った。鈴木は失言に気づいて「なんでもないです!」とぶんぶんと顔を横に振る。

「ちょっと、藤本くんが心配なだけです! 気になることがあって……」

「気になること、だ?」よっちゃんは渋い表情を浮かべ、おもむろに鈴木の前の席に腰を下ろした。「なんだよ? 言ってみろ」

 どっかりと座ってこちらを見つめるよっちゃんは、齢十六とは思えない貫禄が漂っている。まるで戦国武将と対峙しているような気分になった。実に頼もしい。

「言ってみろ、と言われても……」

 しかし、鈴木は口ごもった。

 鈴木が気になっていること——それは曽良の個人的な問題に関わることだ。勝手にべらべらと話していいとは思えない。

 だが……と鈴木は迷っていた。もし、自分の予感が当たっていたとして、どうすればいいのか。自分一人では考え付きそうにもない。かといって、このまま放っておくわけにもいかない。

 ——そうだ、と鈴木は拳を握り締める。よっちゃんは男気ある頼れる人物。きっと、力になってくれる。曽良も分かってくれるはずだ。

 鈴木はしばらく考え込んでから、覚悟を決めて口を開いた。

「実は、昨日のことなんですけど……」


 それから、鈴木は順を追ってよっちゃんに事情を説明した。

 昨日の剣道場での事件。曽良のまぶだち、藤本和幸のこと。そして、もしかしたら、今頃、曽良がまぶだち相手にビデオをめぐってもめているかもしれないこと……。

更新再開します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ