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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
31/50

第二十九話 藤本くん

「だから余計に、がっかりさせられたわけだけどな」

「はい?」

「言っただろ」昴は足下のタバコを踏みつけ、グリグリとコンクリートに擦り付けた。「舎弟を見捨てるような奴は信用できねぇって。面白そうな奴かとも思ったんだが、昨日のアレで一気に冷めたわ。お前もさっさと見切りつけな」

 昨日のアレ――放課後のことだろう、と鈴木は思い起こす。

 昴は鈴木を人質にして曽良を校舎裏に呼び出そうとしたのだが、待てど暮らせど肝心の曽良は現れず、おかげで鈴木はあわや銀蠅の拳の餌食になるところだった。偶然、和幸が駆けつけて事無きを得たのだが……。

「あいつが好きな奴がいるってんなら、俺は兄貴分として協力する。相手が女だろうが、男だろうが、そこはどうでもいい。舎弟の好みのタイプにまで口出しする趣味は無ぇかんなぁ。ただ……」

 昴はギラリと切れ長の瞳を光らせ、鈴木を睨みつけた。

「ただ、そいつが舎弟を見捨てるような奴なら話は別。気にいらねぇわな」

 ここまでくれば、さすがに話は読める。

 昴は決して銀蠅の個性的・・・な恋路を反対しているわけではない。それどころか、心から応援している。だからこそ、相手がどんな人物か気になって仕方ないのだろう。男か女かという問題ではなく、信用に値する人物かどうか、その人となりを見極めておきたいのだ。

 そして、曽良はその御眼鏡に適わなかった。昨日、鈴木を見捨てて逃げた——少なくとも、昴はそう思い込んでいるからだ。おかしなことではない。鈴木だって、そう思ったのだ。自分を置いて、曽良は帰ってしまったのだ、と。

 ——だからこそ、昴の誤解を放っておく気にはなれなかった。

「あの」と鈴木は真っ向から昴を睨み返して、震える声を張り上げた。「誤解、なんです!」

「誤解?」

「別に、藤本くんは逃げたわけじゃないんです」

 興味深げに昴の眉がぴくりと動いた。その表情は、続けろ、と言いたげだ。

「藤本くんは確かに、『がっかりイケメン』です」でも、と鈴木は深く息を吸い、力強く言い放つ。「でも、悪い人じゃありません」

「悪い人じゃない、て言われてもな。実際、昨日、あいつ、来なかっただろうが」

「そりゃ、俺も一瞬『見捨てられた』と思いました。けど……」

 不思議だった。


 ——あの……まさか、藤本さんは、彼がまだ保健室にいるとお思いで?

 ——他にどこにいるっていうのよ?


 昨日、なぜ、砺波があそこまで確信を持って、曽良がまだ保健室にいる、と言い切ったのか。もう帰ってしまった、と考えるのが自然というものなのに。

 でも、今なら分かる。

「藤本くんは……友達を置いて先に帰るような人じゃないんです」

「は?」

「いざというときに、友達をがっかりさせるような人じゃない。昨日は、ただ、寝過ごしただけなんです!」

 晴れ晴れとした表情でずばり言った鈴木だったが、昴はぽかんとして「はあ?」と首を捻った。

「寝過ごしたぁ?」やってられない、と言いたげに昴は鼻で笑った。「そんな嘘が通用するか」

「嘘じゃないんですよ」

「朝、約束してたわけでもねぇだろ。放課後の約束だぞ。寝過ごしたってどういうことだよ?」

「……それは本人に聞いてください」

 聞いたところで、真っ当な答えが返ってくるとも思えないが……。

「とにかく、藤本くんは俺を見捨てたわけじゃない、てことです。先輩の誤解ですよ」

「ふぅん?」それでも納得いかないようで、昴は不機嫌そうに鈴木をねめつけた。「でも、寝過ごしたことは寝過ごしたんだろうが。責任感ってのが足りねぇべ」

「それはそうですけど……藤本くんだって人間です。間違うことだってありますよ」

「間違い、ねぇ」

 昴は疑るような眼差しをこちらに向けている。

 まるで尋問されているかのような緊張感が漂っていた。胃がギリギリと握り締められるように痛む。なぜ、ここまで意地になって、誤解を解こうとしているのか——きっと、一瞬でも曽良を疑ってしまったことへの罪滅ぼしのつもりなんだろう、と鈴木は思った。自己満足にしかならないだろうが……。

 ややあって、昴は観念したようにため息をつき、さらりと長い前髪をかき上げた。キラリと光る鼻ピアスを揺らして、にんまりと笑む。

「オッケー。舎弟のお前がそう言うなら、そういうことにしてやるわ」

 鈴木はホッと安堵し胸を撫で下ろした。とりあえず、番長の誤解は解けた。なんとなく、気が楽になった。

「しかし、だ」昴はちらりと鈴木の手元を見やった。「もう渡せねえなぁ」

 あ、と思い出したように鈴木も手元に視線を落とす。無残に二つに引き裂かれたラブレターが、虚しく風に揺れていた。

 鈴木は気まずそうに「すみません」とぽつりとこぼす。

 怒鳴りつけられても不思議じゃないのだが、昴も『破れてよかった』と言ってしまった手前、いまさら鈴木を責められないのだろう。「破っちまったもんはしかたねぇ」とぶつくさ言って、そっぽを向くのみだった。

「それは捨てて、もう一回書かせるしかねぇか」

「捨てる!?」

 鈴木はぎょっと目を見開いた。

 銀蠅が勇気を出して、初めて書いたラブレター——そんな話を聞いてしまったあとでは、そう簡単にゴミ箱に放り投げられるはずもない。

「いや、テープでくっつければ問題ないですって!」

「テープって……いくらなんでも格好悪いだろ。破れたラブレターじゃ、ダジャレにしかなんねぇし」

「大丈夫です」鈴木はラブレターを見下ろし、力強く言った。「ラブレターがどれほど大切なものなのか、藤本くんはよく分かってると思うんで」

「なんだ、それ?」

「あ、いや」と慌てて顔を上げて、鈴木はごまかすように苦笑した。「こっちのことです」

 昴は細い目をさらに薄めて怪訝そうに鈴木を見ていたが、「ま、いいわ」と飽きた様子で肩を竦めた。

「とにかく、お前も協力してくれるってわけなんだな」

「そう——って、え!?」

 何の話か訊ねる暇もなく、昴は鈴木の肩に手を回し、タバコの匂いを漂わせながら満面の笑みを近づけてきた。

「そのラブレターはお前に預けるから、よろしくな」

「はい!?」

 なんだ、この流れは!?

「ちゃんと渡してくれよ。その後の指示はまたするから」

「その後の指示って……」

「協力してくれんだろ? 銀蠅に」

 にんまりと笑みを浮かべるその顔には、能面のような不気味さが漂っていた。笑っているようで、笑っていない。断ったらどうなるか分かってるんだろうな、という心の声が伝わってくるようだ。

「なあ、殿ちゃん? ここまで来たら、協力してくれるんだよねぇ?」

 調子よく弾んではいるものの、脅すような低い声。

 鈴木は思いっきりひきつった笑みを浮かべて、

「よ、喜んで……」

 もう、そう答えるしか道はなかった。

「よかった、よかった! 期待してるからなぁ、殿ちゃん」

 バシバシと鈴木の背中を叩いて、昴は意気揚々と去って行った。


 ひゅるりと風が通り過ぎていく屋上で、鈴木はまた自分がとんでもないことに巻き込まれたことを悟るのだった。

「しまった……」

 預かってしまったラブレターを手に、鈴木は茫然自失でつぶやいた。

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