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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
30/50

第二十八話 どうでもいい

「参ったなぁ」

 昴はおもむろにタバコを咥えて、その場にしゃがみこんだ。傍らには、何の特徴もない男子学生の銅像——いや、直立不動の鈴木が、昴の手元でボッと火を噴くライターを見つめていた。その小さな灯火が届くはずも無いのに、鈴木の顔はまるで熱風にでもさらされているかのように汗で濡れていた。

 しばらくして始業の鐘が鳴り始め、その余韻が残る屋上で、昴は焦る様子もなく——番長なら当然か——億劫そうにタバコの煙を吐き出した。怒鳴り散らすわけでもなく、落ち着いた様子でタバコを吸うさまが、余計に恐ろしい。さあ、こいつをどうしてくれようか、と舌なめずりでもしているようだ。

 いったい、なぜ自分がこんな目に……? 嘆いても無駄だと分かっていても、運命の女神に文句の一つでも言いたくなる。

 人のラブレターを読んだ罰なのか。そりゃ、曽良宛ての銀蠅からのラブレターだと知っていたら、決して読まなかっただろう。どうにか理由をつけて逃げ出したはずだ。しかし、いったい誰がそんなことを予想できたというのだ。まさか、銀蠅が曽良に想いを寄せているだなんて夢にも思わない。そんな節などなかったのだから。

 そう、銀蠅が曽良をデートに誘っていただなんて、鈴木は見たことも聞いたことも——。


 ——お前なぁ、がっかり野郎。デートのお誘いは断るもんじゃねぇぜ。俺の大事な舎弟に恥かかせやがってよぉ。

 ——何度も言ったはずなんですけど……男とデートする趣味はないんで。放っといてもらえます?


 って、めっちゃ言ってたー!

 そうだった、と鈴木は愕然とする。昨日の朝、曽良は番長とデートだなんだと口論していたではないか。ケンカを意味する不良の合い言葉かと思ったのだが。そのままの意味!? 

 待てよ、と鈴木はハッとする。それだけではないような……。思い返せば、昨日の昼も、よっちゃんに「手を貸そうか」と言われて、曽良は、


 ——有り難いけど、遠慮しとくよ。デートのお誘いらしいからね。なるべく傷つけないようにお断りするだけさ。


 ああ、記憶を掘れば掘るほど出てくる出てくる。開きたくもない扉の鍵が次から次へと……。潮干狩り並みに興奮しない発掘作業である。

 鈴木はがっくりと項垂れた。思い当たる節がありまくりじゃあないか。


「反省のポーズのつもりか、それ?」

「は!?」

 ギクリとして顔を上げると、昴が気に入らない表情でこちらを睨んでいた。

「あ、いや、これは……」

「萎えるからやめろ」舌打ちして、昴は右手をだるそうにパタパタ振った。「ラブレターの件ならもういい」

「もういい、ですか?」

「正直、これで良かった、と思っててな」

 てっきり、次に昴が口を開くとすれば、自分への刑罰が下されるときだと思っていた。しかし、昴の口から出てきたのは煙混じりの弱々しい声。予想を裏切られ、鈴木は戸惑いがちに「はい?」と聞き返す。

「銀蠅にゃ、ああは言ったが、諦めたほうがいいと思ってたんだ」気難しい表情を浮かべつつ、昴はタバコをコンクリートにすりつけた。「お前が破ってくれて内心ホッとしたところがある」

 つまり、銀蠅の手前、応援しているふりをしていただけで、始めから昴は反対だったということだろうか。

 ま、そりゃそうか、と鈴木は安堵しつつ苦笑した。

「好きな相手が男だなんて、やっぱ変ですもんね。銀蠅先輩は番長の右腕ですし、周りの目を考えれば、そういうのは——」

「はあ? 周りの目ぇ?」昴は不機嫌そうに顔をゆがめた。「誰のことだよ? 誰かがこの俺を監視してるっつーのか?」

「いや、そういう意味じゃなくて……その、大衆というか……」

「たいしゅー?」昴はバカにするように鼻で笑った。「なんでそんな誰だか分からねぇような奴の機嫌を伺わなきゃいけないわけ? どうでもいいわ」

「どうでもいい……?」

「俺はただ、舎弟を見捨てるような奴は信用ならねぇってだけさ」

 そう言われても、話が全く読めないのだが……。

「あの、何の話でしょう?」

「だからさぁ」ふうっと昴は煙が残るため息を吐き出した。「昨日の放課後、がっかり野郎はお前を見捨てて逃げたじゃねぇか。そんな奴と付き合ったところでロクな目にはあわねぇって話。俺には分かるんだよ、大人だからなぁ」

「大人って……」

 胸を張って言えることじゃないだろう。——いや、そんなことより、と鈴木はかぶりを振って気を取り直す。

「つまり、藤本くんが気に入らないから反対してるってことですか? 男だから、とかじゃなくて……」

「なんで、そんなにそこにつっかかるんだよ? しつこいぞ」

「いや、その……!」

 鈴木はラブレターで手旗信号でもするかのようにあたふたと両手を左右に振った。

 なんで、と聞かれても困るのだ。鈴木にとっては、「どうでもいい」と言ってしまえる昴のほうが信じられないのだから。

「ま、戸惑うのも無理ねぇか」よ、と小さくかけ声かけて、昴は起き上がった。「あいつ、俺や金蠅の前でしか素は見せねぇからな」

 素というのはさっきのアレだろうか。鈴木の頭の中で、頬を染めておろおろとする銀蠅の姿が再生された。

「普段は隠してんだよ。番長である俺に恥かかせたくねぇってな」

「恥?」

 ああ、と昴は吐き捨てるように言って、肩を竦めた。

蠅庭はいにわ兄弟とはガキのころからの付き合いでな。俺が中三で、あいつが中一のころだったかな。あいつに相談を受けてな。内容は、まあ、分かるだろ」

「そのがあること、ですよね?」

「そ。で、一緒に両親にカミングアウトしに来てほしい、つーわけだ。家族ぐるみの付き合いだったし、親父さんたちなだめる自信あったんだけどな。いやぁ、とんでもねぇわ。すげぇ修羅場だった。恥ずかしい、ておふくろさんが泣き崩れてよ。ま、何年かはかかったが、一応話はついてな、今は協力的なんだが……まだ、銀蠅の中ではその一言がひっかかってんだろうな」

「その一言って……」

 『恥ずかしい』、か。——胸がちくりと痛んで、鈴木は顔をしかめた。

「どうにか治してくれないか、なんておふくろさんに頼まれたこともあったんだぜ。治す治さないって問題じゃねぇのになぁ。個性は病気じゃねぇんだからよ。

 どうも世間ってのはそういうもんがあんまお気に召さないらしい。皆でお手手つないで一等賞ってのが理想なんだろうな」

 昴は長い前髪を掻き上げて、嘲笑めいた笑みを浮かべた。

「『変』だとか『変わってる』だとか、そんなこと気にして、つまんねぇ生き方してる奴のほうがよっぽど恥ずかしいと思うんだけどねぇ、俺は」

「!」

 昴にそんなつもりはないのだろうが……鈴木は責められているように感じて、ぎくりとした。『つまんねぇ生き方してる恥ずかしい奴』——自分のことを言われているような気がした。

「その点では、がっかり野郎は面白みのある奴かと思ったんだけどな」

「藤本くん、ですか?」

 急にその名が飛び出して、鈴木は目を瞬かせた。

「銀蠅が惚れたっつーから、二年の連中にいろいろ調べさせたんだが……中学ん頃は、『がっかりイケメン』ってずいぶん有名だったらしいじゃねぇか。相当の変わり者だって? ま、入学式に定規でケンカ売るような奴だしな。そんな奴の舎弟じゃ、お前も苦労したんだろ」

 くつくつ笑う昴とは対照的に、鈴木は疲れきった表情で頬をひきつらせた。曽良に巻き込まれた歴史が——といっても、たった一ヶ月のことではあるのだが——走馬灯のように頭の中を駆け巡る。いつも人のことをがっかりさせてばかり。イケメンなのにモテない変人。入学初日に番長グループのケツに定規を叩き込むし、平気でランドセルを背負って登校してくるし、好奇心のままに行動して余計な騒ぎに首をつっこむし。毎度毎度巻き込まれる鈴木の辛労たるや、胃が何個あっても足りないくらいだ。

「ほんと、面倒ばかりかけられてますよ」

 でも……と、ぽつりと不思議に思った。

 なぜ、うだうだ文句を言いつつ、それでも曽良とつるんでいるのか——。

「でも、そういう奴だから、お前も面白くて舎弟になったんだろうな」

「!」

「毎日、飽きねぇべ」

 まるで心を読まれたようだった。昴にずばり核心を突かれて——もちろん、舎弟ではないが——鈴木はぎょっと目を見開いた。

 その瞬間、だから言ったじゃないの、と鼻高々に微笑む恵理の顔が頭に浮かんだ。


 ——一緒にいて飽きないでしょう、曽良くんって。


「ああ、そっか……」

 鈴木は降参するように苦笑した。

「そういう藤本くんの『個性』に惚れたんですね、銀蠅先輩

「そうなんだろうよ」困ったもんだ、と言いたげに昴は眉間に皺を寄せた。「カミングアウトしたといっても、あいつもまだ、自分の生き方に自信が持てないみてぇでな。今まで好きな奴はいても、告白しようとしたことなんて一度もなかった。そんなあいつがデート誘って、ラブレターまで書いたんだ。よっぽど、あのがっかり野郎に惹かれるものがあるんだろ」 

「……分かる気がします」

 鈴木は視線を落とし、破ってしまったラブレターを見つめた。引っ込み思案で臆病だ、と綴られた文字が今は頼りなく見えた。震えた手で書いたようにさえ見える。

 どれほど『がっかりイケメン』と言われようと、平気でランドセルを背負い定規を振り回す。周りの目にも、自分の見た目にも囚われず、自由に生きるその姿に、銀蠅は憧れを抱いたのだろう。そんな不思議なカリスマ性のあるイケメンなのだ、藤本曽良という人物は。それを、この一ヶ月間傍に居た自分が一番分かっているべきはずだったのに。


 ——なんで、そんなもったいない生き方してるんですか。見てるこっちがつらくなりますよ。


 昨日、曽良に言った言葉を思い出し、鈴木はつくづく自分が恥ずかしくなった。恵理にも笑われるはずだ。

「ほんと、どうでもいいことを……」

 情けなくため息ついて、鈴木はつぶやいた。

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