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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
3/50

第一話 姫桜の彗星

「おい、てめぇ。その学ラン、小賀葛だろう」

 清々しい朝に似合わない、つぶれた声が背後からした。

 鈴木はおずおずと振り返る。

「お前、『定規王子』のダチか?」

 くちゃくちゃと口を動かし、なんとも人相の悪いブレザー姿の少年二人がメンチを切ってきた。

 鈴木は、またか、と思いつつも、

「定規王子ってなんのことでしょうか?」

 といつも通りにシラを切る。

 入学式から一週間。もう不良に絡まれるのも慣れていた。この小賀葛高校の学ランを着ている限り、避けられぬ運命らしい。

「遅刻するんで、急ぎます。すみません」

 あくまで低姿勢で断りを入れ、鈴木はそそくさと歩き出す。

「ちょぉ、待てや!」

 なんで関西弁なんだ。そうつっこみたい気持ちをぐっと抑え、鈴木はただひたすらに歩を進める。

 しかし、いつまでたってもぺったんぺったんとだらしのない足音はついてくる。このまま、一緒に登校するつもりだろうか。

「『定規王子』が誰か、知ってんだろぉ?」

「入学式に、番長グループのケツを定規でペンペンしたっつー、イケメンの新入生だよ。知ってんだろ?」

「さあ。そんなイケメン、ウチにはいませんよ」

 いや、定規で不良の尻をペンペンするイケメンなんてウチのアレ以外にいないだろうが。

 鈴木は一週間前のあの事件――『定規ペンペン事件』を思い起こしていた。

 まさか、曽良が入学式にペンペンしたのが番長グループだったとは。おかげで曽良は、登校初日に番長グループをシメた凶悪イケメン新入生、定規王子として一躍有名人になってしまった。

 その名は学区を問わず知れ渡り、こうして興味本位で不良が捜しにくるまでになったのだ。

 幸い、正体まではバレていないようだった。小賀葛の目撃者たちが番長の怒りを恐れて、『定規ペンペン事件』について語ろうとしないからだろう。

 曽良は命拾いしたものだ。悪運が強いというか、なんというか。一方で、見事に巻き込まれるはめになった自分は……。

 朝から頭痛を覚えて、鈴木は眉間に皺を寄せた。

 と、そのときだった。

 ちょうど、十字路に差し掛かった鈴木を、横殴りの暴風が襲いかかった。なんだ? と振り返る間もなく、キイッと耳障りな音が響いて――。

「!?」

 鈴木は横に吹っ飛んだ。

 何が起きたか分からないまま、受け身も取れずに路地に転がる。

 めまぐるしく変わる景色の中で、唖然と突っ立つブレザー不良たちの姿が確認できた。

 いったい、何回転がったことだろうか。

 全身が打ち付けられ、体の芯までその痛みが沁みる。気づけば、ぼんやりとする視界の中で、雄大な雲が青空に浮かんでいた。

 こんなにも空は広いのに……。なぜか、泣きたくなった。

「なにやってんのよ? 鈴木轢いてんじゃないのよ」

 やがて、聞き覚えのある不機嫌そうな少女の声が聞こえてきた。

「まともに自転車もこげないわけ!?」

「わあ、殿ぉ!」

 なんとも騒がしい。相変わらず……。

 やっぱり、あの人たちか。もはや驚きはしない。

 鈴木は己の運命を受け入れるかのように、そっと瞼を閉じた。

 がちゃがちゃと慌ただしい金属音がして、誰かが駆け寄ってくる。

「大丈夫、殿!? しっかり!」 

 ひどく心配そうな声だ。

 そう、悪い人じゃあないんだ。それはよく分かっている。

 ふっと目を開き、鈴木は「大丈夫です」と痛みを堪えて体を起こした。

「ごめんよぉ、殿。砺波となみが後ろで、飛ばせ、て急かすもんだから」

 不安に曇る茶色の瞳が目の前にあった。

 自分が女だったら――いつも思ってしまうのだが――きっと、自転車にはねられてみるものだ、と頬を染めていたことだろう。

 隣にしゃがみこみ、じっとこちらを食い入るように見つめる少年。その端正な顔立ちに、ついため息が漏れてしまう。繊細な美しさの中にも、心をくすぐられる愛嬌がある。

 やっぱり、彼はイケメンだ。改めて思い知らされる。

 鈴木は諦めたように苦笑して、イケメン同級生、藤本曽良を見つめた。

 彼が背負うと、ランドセルまでオシャレグッズに見えてしまうのだから不思議だ。

「って、本当に不思議だー! なんでランドセル背負ってんですか!?」

「ああ」曽良は思い出したように目を丸くし、ちらりとランドセルに一瞥をくれた。「これは……」

「ったく、もう! 朝っぱらからうるさいわねぇ」

 曽良の言葉を遮り、苛立ちもあらわに鈴木の前に現れたのは、白いセーラー服に身を包んだ美少女だった。

 どんな男も虜にしてしまうだろう、愛くるしさに満ちた幼い顔立ち。放射線上に伸びた睫毛はフランス人形さながらに長く、そのぱっちりとした瞳はガラス玉のように透き通っている。 

 姫桜女学院に彗星の如く現れた天使。『姫桜の彗星』――そう噂される、藤本砺波となみである。

 ゆるやかなウェーブを描く黒い髪をさらりとはらい、少女は不機嫌そうにこちらを見下ろしていた。どこか、蔑むような視線で。

「十字路で飛び出してくるなんて、何様なわけ? ひとりだけ、歩行者天国気取り? 交通ルールってものを教わってこなかったの?」

「……すみません」

 その十字路に、およそ人間業じゃないスピードで飛び出してきた二人乗りノーヘル自転車はどうなんだ? そんな正論を並べようと、痛い目をみるだけだということは鈴木はよく知っていた。

 『姫桜の彗星』こと藤本砺波も鈴木と同じ中学出身であり、学園のアイドルだった。曽良とは苗字は同じだが血縁関係はない。その代わり、幼馴染という甘美な関係にあり、眉目麗しい幼馴染二人組は『ダブル藤本』と呼ばれて学校中の憧れであった。

 無論、鈴木も例外ではない。天使のように愛らしく、天女のように清廉な彼女に、鈴木も恋をしていたものだ。

 今思えば、なんと怖いもの知らずだったのだろう。

 『姫桜の彗星』か。よく言ったものだ。確かに、彼女は……。

「ようよう、俺らのこと忘れてんじゃねぇのか?」

 へらへらと間抜け面を並べて、ブレザー姿の不良二人組が歩み寄ってきた。

「お。そこの兄ちゃんも小賀葛の制服着てるなぁ」

「ランドセルなんて背負いやがって。やっぱ、バカの集まりだな、あそこは」

 ケラケラ笑ってはいるが……そのランドセル背負ってるバカなイケメンこそが、お捜しの『定規王子』である。

 鈴木は曽良の手を借りて立ち上がりながらも、憐れな不良二人を苦い表情で見つめていた。

「お?」と、そのうちの一人が、何かに気づいたように目を丸くし、にんまりと笑んだ。「なんだよ、可愛い女連れてんじゃねぇか」

「本当だ。めっちゃ可愛いじゃねぇか。しかも、あの制服……姫桜じゃねぇか」

 何を考えているのか、二人のいやらしい笑みが言葉以上に生々しく物語っていた。

「こうなったらもう『定規王子』なんて放っとこうぜ」

「そうだな。このお嬢ちゃんに遊んでもらおうか」

 まずい、と鈴木は思って前に身を乗り出した。

「いや、あの……彼女は関係ないじゃないですか。彼女は放っといていただけませんか?」

「なんだぁ、こいつ? いきなり、必死になりやがって?」

 二人は顔を見合わせ、くつくつ笑った。

「さては、こいつの女かぁ?」

「め、滅相もないですっ!」

 慌てて首を横に振る鈴木。

 焦りが募る。はやく、この二人の興味を砺波から逸らさなければ。さもなくば……。

「誰がこいつの女なのよ?」

 火山の噴火を感じさせる地響きが聞こえた――気がした。

 あたりの空気にぴりっと緊張が走る。ぞっと鈴木は背筋に悪寒を感じた。

「ちょっと、遅かったね。殿」

 能天気な声がして、次に鈴木の耳に飛び込んできたのは悲痛な叫び声だった。

 砺波が振りかぶった(何が入っているのかは定かではないが)堅そうな革のバッグは、寸分の狂いもなく不良たちの急所に次々と叩き込まれた。

 あの痛みを知らないからこそできる凶行だろう、と鈴木は内股になりながら思った。

 震えながらうずくまる二人の不良たちを見下ろして、砺波は腰に手をあてがった。

「わたしが鈴木こいつなんかの女に成り下がる程度の女に見える? どんだけ目が悪いの? 深海魚か」

 いったいどうして、あんな愛らしい顔立ちから悪意の塊のような言葉が飛び出してくるのだろうか。

 鈴木は今にも泣きそうになりながらも、唇を噛み締め堪えた。


 いったい、『姫桜の彗星』とは誰が思いついたのだろう。鈴木は皮肉のこもった賞賛を送りたかった。

 確かに、藤本砺波は彗星に違いない。

 だが、彗星は彗星でも、彼女は隕石。少年たちのピュアなハートに巨大なクレーターを残す超巨大隕石に他ならないのだった。

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