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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
27/50

第二十五話 確執の真相

 鈴木は疲れ果てた表情を浮かべて歩いていた。


 ——はあ!? 別に、あんたなんかに用なんて無いわよ!


 ケータイを耳にあて、あっけにとられる和幸の様子が目に浮かぶ。素直じゃない、なんてレベルではない。もはや、イタ電だ。

 とりあえず、和幸と連絡を取るのは難しそうだ。鈴木はがっくりと肩を落とした。

「てゆーか、あんた、和幸に何の用だったわけ?」

 ハッとして振り返ると、砺波は訝しそうにこちらを睨んでいた。頬の赤みは引いて、高圧的な口調も戻っている。いつもの砺波だ。がっかりしたような、安堵したような……なんだろうか、この不思議な感覚は。

「ビデオです」隠す必要もない。とりあえず、鈴木は事情を話すことにした。「ビデオを譲ってもらえないか、と思いまして」

「ビデオ?」砺波は怪しむように顔をしかめた。「なんのビデオよ?」

 鈴木はちろりと視線を逸らし、ぼそりと言う。

「藤本くんの股間に関わるビデオです」

「……は?」

 かくかくじかじか。

 鈴木は昨日起きた一連の事件を身振り手振りを交えてダイジェスト版で砺波にお送りした。校舎裏での和幸との出会いから始まり、曽良の『ビデオ奪還宣言』までの経緯を簡潔に。

 和幸が絡んでいるからだろうか、意外にも砺波は最後まで大人しく耳を傾けていた。

「というわけで」一息いれて、鈴木は最後のまとめにはいる。「和幸くんにビデオを譲ってもらえないか、頼もうかと思ったんです」

 砺波は「ふぅん」と腕を組み、そっけない反応を見せた。無関心を装ってはいるが、その目は真剣だ。

「ビデオそのものを譲ってもらえなくても、せめて、藤本くんのチャックが映っている部分だけでも消してもらえれば、と思って。チャックのとこだけモザイクかけてもらうとか!」

「余計イヤでしょ、それ」

 軽蔑の眼差しで睨まれて、鈴木は「確かに」と頬を赤らめた。

「とにかく……ビデオを処分できなくても、藤本くんのビデオへの関心を無くせればいいんです」

「そうすれば、曽良も和幸にちょっかい出さない、か」

「そうです!」

 なるほどね、とぼんやりと砺波はつぶやいた。言葉とは裏腹に納得していないような声色だ。

「なにか……気になりますか?」

 遠慮がちに訊ねると、砺波はしばらく間を置いてから「別に」と肩をすくめる。

「ビデオのことはどうでもいいんだけど、ただ……」

「ただ?」

 珍しく、砺波は沈んだ顔で視線を落とした。いつもの甲高い声はしぼんで、力無い弱音のようなそれに変わっていた。

「和幸がまだ、あのことを根に持ってるとは思ってなかったから。ちょっと驚いたの」

「あのこと……?」

 もしかして、と鈴木は眉根を寄せた。緊張の面持ちでおずおずと訊ねる。

「和幸くんが藤本くんと『縁を切った』理由、知ってるんですか?」

「知ってる、というより、心当たりがある、かな」ため息混じりに前置きし、砺波は開き直ったように語り出した。「小六の中頃だったと思う。和幸ね、好きな子がいたの。で、曽良がそれに気づいて、ラブレターでも渡せば、て話になったわけ」

「かわいらしい話じゃないですか」

「でも、土壇場になって、あいつ、渡すの嫌がったのよ。小学生の男の子だしね、恥ずかしくなったんでしょ。それなら……て、曽良が和幸から預かって渡すことになったの」

 ああ、話が嫌な方向へ……。なぜ、人はときに愚かな選択をしてしまうのだろうか。鈴木は一気に表情を曇らせた。

「でも、次の日、なんとそのラブレターが校内新聞の一面を飾って、全校生徒の手に渡っちゃったの。ま、小学校ならよくある話よね」

「いや、ないでしょう! どんだけ斬新な校内新聞!?」

 小六の少年が、その羞恥をどう受け止めたのか。想像しただけでも、涙が出てくる。

 しかし、砺波はけろっとした様子で「子供のいたずらじゃない」と言ってのける。

「いたずらじゃ済まないですよ、それ。トラウマ決定ですよ」

「 宛名にあった女の子がもう泣いちゃって大変」やれやれ、といった具合に砺波はため息をついた。「和幸も曽良も先生にこっぴどく叱られて、当時は結構大事になったのよね」

「そりゃそうでしょうねぇ」

「そのあとかなぁ」砺波は思い出すようにぼんやりと空を振り仰いだ。「和幸が別の中学に進む、て言い出したの。曽良には言ってなかったみたいだけど」

「……なるほど」

 重々しく、鈴木はつぶやいた。

 縁を切るのも分かる気がする。完敗したような気分だった。

 ラブレター——そんな小っ恥ずかしいものを預けたというのは、それだけ和幸が曽良を信頼していたということ。子供の頃の話とはいえ、その信頼をあっさり裏切られたのだ。幼心に深い傷を残したに違いない。引きずって当然だ。

 しかし、腑に落ちないのは曽良だ。まさか、そんな大事件を忘れているわけでもないだろう。なぜ、それだけのことをしておいて、未だに彼を『まぶだち』と呼べるのだろうか。罪の自覚が無い? 砺波と同じく、『ただの子供のいたずら』と思っているのだろうか。まあ、彼なら充分あり得そうなのだが……。

 考え込む鈴木の隣で、砺波は呆れたような表情で髪を一房つまんで指先で弄ぶ。

「ここまで根に持つとは、思わなかったわよね。ただの冗談のつもりだったのに」

「ただの冗談——そうだったんでしょうね」

 考えてみれば、曽良も当時は子供だったのだ。笑って許してもらえるとでも思ったのかもしれない。

「結局、お目当ての子に気持ちは伝えられたんだし、感謝してほしいくらいだわ。校内新聞のデータ盗んで書き換えるの、結構大変だったんだから」

「ですよね……」

 って、待て。

 ふと、鈴木は違和感を覚えて口ごもった。

「あの……え?」目をぱちくりとさせながら、砺波を見つめる。「大変だったって……え?」

「なに、間の抜けた顔してるのよ?」

 だらだらと汗が滴り落ちる。鈴木は頬をひくつかせながらも、なんとか穏便に、と作り笑顔を浮かべた。

「なんか……今、変なこと、言いませんでした? まるで……藤本さんが犯人、みたいな……」

「はあ? 犯人ってなによ!?」

 目を吊り上げる砺波に、鈴木は「ひい」と悲鳴を上げて亀のように首を引っ込めた。

「すみません、勘違いでしたー!」

「あんなラブレター直接渡してたら、もっと恥ずかしい目にあってたんだから! わたしは親切心で笑い話にしてあげただけよ!」 

 って、めちゃくちゃ犯人だー! 鈴木は必死に砺波を指差したい気持ちを抑え、心の中で叫んでいた。


 こうして、事件は思わぬ急展開を迎えたのだった。

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