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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
22/50

第二十話 イケメンな鈴木

 鈴木は啞然として、自分が掲げるそれを見つめていた。まっすぐに天上の月を指し示す姿は、まるでかぐや姫を恋しく想っているかのよう。

 月の光を浴びて神々しく輝く三十センチの竹定規。

 それが、なぜ我が手に……!? 鈴木は声を出すこともできずに口をあんぐりと開けた。神の天啓か、その脳裏に走馬灯のように今朝の出来事がかけめぐる。

 朝っぱらから不良に絡まれ、困っているところを曽良と砺波が乗った自転車に轢かれ、なぜかランドセルを背負ってる曽良につっこみを入れ……それから、変装がどうのと言い合いをした挙げ句、曽良がリコーダーのケースに入れた定規を取り出して——。


 ——凶器、持ち歩いてどうするんですか!?


 そうだった、と鈴木は目を見開いた。あのとき、曽良から定規を奪い取り、それを自分の鞄に入れたのだ。

 すっかり忘れていた。しかし、何をどう間違ったら、ケータイと定規の感触を間違えるのだ? よほど、テンパっていたのか。やはり、慣れないことはするものではない。

 鈴木は途方に暮れた表情で定規を見上げた。たとえ離れていようと、『がっかりイケメン』の呪縛からは逃れられないようだ。涙目になりつつも、いまさら定規を下ろすわけにもいかず、そのシルエットだけは『伝説の勇者』よろしく定規を高々と掲げて佇んでいた。

 やがて、ぽかんとしていたブレザー姿の二人組は我に返ったように目を瞬かせ、顔を見合わせた。

「定規って……」

 なにやってんの、こいつ!? バカじゃねぇの!? そんな罵声と嘲笑が響き渡るに決まっている。鈴木は口を固く閉じ、その判決のときを待っていた。

 ところが……。

「あの制服ってよ」と、茶髪のほうの少年が鈴木を訝しそうに見つめてきた。「小賀葛……だよな?」

「ああ」と、もう一人の面長の少年が長い黒髪を揺らして頷く。「間違いない。小賀葛の学ランだよ」

「小賀葛の学ランに……定規……」

「まさか……!」二人は揃って目をむき、鈴木を指差した。「お前、『定規王子』か!」

「は?」

 何かの劇団だろうか。そう思ってしまうほどにぴたりと重なった二人の声に、鈴木は呆けてしまった。

 『定規王子』……そう言っただろうか?

「間違いねぇ! お前、『定規王子』なんだな!?」

「あの小賀葛を入学初日でシメたっつう一年坊主だろ!?」

「え!? いや、待ってください!」

「小賀葛番長の手下一人一人、ケツに定規を突っ込んでいったっつう鬼畜野郎!」

「……」

 とんでもない脚色がされているよ、藤本くん。鈴木は頬を引きつらせた。

 いや、そんな場合じゃない。鈴木は気を取り直して顔を引き締める。間違いなく、彼らは自分を『定規王子』——藤本曽良と勘違いしている。早く誤解を解かないと、厄介なことになるのではないか。

「あの」と注意を引くように、鈴木は手を挙げた。「俺は『定規王子』じゃなく……」

「ちょっと待てよ!」と茶髪の少年が思い出したように、鈴木の声を遮った。「『定規王子』って、確か超絶イケメンって話じゃなかったか?」

「ああ、そうだった。つちのこ並みの格好よさだって話だな」

 その比喩はおかしくないか。

「だろ!? ほら、よく見てみろよ。 こいつ……イケメンか!?」

「……」

 じっと食い入るように鈴木を見つめる二人組。定規を片手に気まずそうな表情で佇む鈴木。

 居心地の悪い沈黙の中、歩道橋に寒々とした風が吹き抜けた。

 なぜ、こんなところで惨めな気分にならなきゃいけないのか。居たたまれない気持ちに襲われながらも、とりあえず誤解は解けそうだ、と鈴木は安堵していた。

 そう。『定規王子』の条件は『小賀葛の一年生で、定規を持ち、イケメンであること』だ。その一つでも当てはまらなければ『定規王子』ではない。つまり、イケメンでない鈴木が『定規王子』であるはずはないのだ。

「確かに」やがて、面長の少年がおもむろに口を開いた。「イケメンには見えねぇな」

「だろ。こいつ、『定規王子』じゃ無いんじゃ……」

 よかった、と鈴木は肩を撫で下ろす。とりあえず、『定規王子』の件はこれで……。

「いや、待て!」

 急に、興奮したような大声が響き渡った。ぎくりとして目をやると、面長の少年が眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけていた。

「こう……こう、だ」と、彼はただでさえ細い目をさらに薄めて、険しい表情で鈴木を凝視する。「寄り目に……寄り目にしたら、イケメンに見えなくもない!」

 寄り目!?

「いや、なんで寄り目——」とつっこむ間もなく、さっそく試した茶髪の少年が「本当だ!」と驚きの声を上げた。

「寄り目にしたら、イケメンに見えなくもない!」

「イケメンだ、確かにイケメンだ!」

「イケメン並みのつちのこに見えなくもないぜ!」

 いや、イケメン並みのつちのこは、結局つちのこだろう。

 必死に鈴木をイケメンにしようと寄り目になる二人組。鈴木は反論する気も失って、憮然たる面持ちで突っ立っていた。

 寄り目にしたらイケメンに見える……なんだ、それは。自分はステレオグラムの一種か。

「冗談じゃねぇ!」鈴木をイケメンと誤認するなり、二人は取り乱した様子で後退り始めた。「『定規王子』とやり合えるか!」

「ケツが何個あっても足りねぇよ」

 よっぽど定規を警戒しているのか、仲良く後ろ走りで去って行く。なんとも滑稽な光景だ。鈴木は呆然とそれを眺めながら、風の噂の恐ろしさを実感していた。どうやらこの辺りでは、曽良はとんでもないイケメンに仕立て上げられているようだ。

「とりあえず……」

 ぽつりとつぶやき、鈴木は定規を見つめた。ワケの分からない展開ではあったが、この定規に救われた、ということか。呆れつつも、感謝の気持ちを抱いて鈴木は苦笑していた。なんだかんだで助けてくれる……どっかのイケメンみたいじゃないか。


「あの……ありがとう」

「!」

 ふいに、透き通るような声が耳に流れて来て、鈴木はぎょっとした。そうだった、と本来の目的を思い出して鈴木は顔を上げる。歩道橋にいたのは鈴木とさっきの二人組だけではない。もう一人いたではないか。彼らに絡まれていた少女が……。

「だいじょう……」

 訊ねかけた鈴木だったが、思わぬものを目にして硬直した。

 歩道橋の上、暗がりの中から姿を現したのは、茶色のブレザーに身を包んだ少女だった。流した前髪を水色のピンで止め、艶やかな黒髪は肩の辺りで切り揃えられている。おっとりと垂れた目は優しげで、しかし、その瞳は理知的な光を放っている。素朴ながらも聡明そうで、ダイヤの原石のような秘められた魅力を持っている。

 そんな彼女は、鈴木の前で立ち止まるとにこりと屈託の無い笑みを浮かべた。

「久しぶり、鈴木くん!」

「さ……佐藤さん」

 その声に聞き覚えがあったはずだ。

 歩道橋の上で『定規王子』が救ったのは、中学時代、鈴木と三年間同じクラスだった佐藤春香だった。

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