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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
20/50

第十八話 奪還宣言

「で? 藤本曽良よぉ」

 帝南が去った入り口を睨みつけながら、金蠅が歩み寄ってきた。鈴木と曽良の前で立ち止まると、ぎろりと凶暴さを宿らせたつぶらな瞳をこちらに向ける。

「お前、あのエリート野郎と知り合いなのか?」

 鈴木は思わず、「ひっ」と声を上げて後じさった。二メートルはあるかという巨体。やはり迫力が違う。自分など親指一つで捻り潰されてしまいそうだ。

 しかし、当の曽良はおののくわけでもなく、相変わらずあっけらかんとした様子で「まあね」と答える。

「マブダチってやつだよ」

 鈴木はぎょっとして振り返った。

 縁を切った、とまで言われて、よくもまだ『まぶだち』を口にできるものだ。

「まぶだち?」当然、金蠅は訝しそうに顔をしかめた。「相当嫌われてるみたいだったが?」

「ツンデレってやつだよ」

 やだなぁ、と言わんばかりに、曽良は手をパタパタ振ってみせた。

 いや、ツンドラ並みに嫌われているだろう。

 だめだ、と鈴木は頭を抱えていた。まるで曽良は本気にしていない。あれほど真剣にぶつかってもこの有様か。一歩間違えればストーカーになりかねないほどのポジティブさだ。藤本和幸の辛労を思って涙しそうだった。

「じゃあ、なんだ?」がっちりした顎をさすりながら、金蠅は値踏みでもするかのような難しい表情で曽良を見つめた。「お前はあいつの味方、てわけか?」

 ぎくりとして鈴木は顔色を無くした。

 まずい、と思った。話の流れが嫌なほうに流れている。その証拠に、さっきまで騒いでいた小賀葛の剣道部員たちは急に静まり、警戒心丸出しの顔つきでこちらを睨みつけている。

「ま……まさかぁ!」鈴木は無理した笑顔を顔に張り付け、コマ送りのようなぎこちない動きで手を左右に振る。「金蠅先輩も見てたんでしょう!? 和幸くん、敵意、丸出しだったじゃないですか! 二人は犬猿の仲に決まって……」

「『和幸くん』だ?」

 ウツボが目の前を漂う獲物を見つけた瞬間だった。

 鈴木はカチンと固まった。

「お前も親密そうだな。どういうことだ?」

「ど、どういうこともなにも……」

「そんなことよりサ、どうする気なの? 金ちゃん」

 思わぬ声に遮られ、「え」と振り返ると、曽良が珍しく神妙な面持ちで腕を組んでいた。

「どうする気って……」痛いところをつかれた、とでも言いたげに、金蠅は金のタワシのような頭をがしがしと掻いた。「俺らだけで落とし前をつけるしかねぇだろ」

「落とし前……ねぇ?」

「エリートの坊ちゃんたちにやられたなんて……小賀葛始まって以来の赤っ恥だ。どんな手を使ってでも、あのビデオを奪う」

 金蠅の声には、ただならぬ怒気……いや、妖気のようなものがこもっていた。何をしでかすか分かったものではない。どんな手を使ってでも——その言葉に嘘はないだろう。帝南の剣道部員たちが心配になって、鈴木は表情を曇らせた。

「ホンダンショコラには言わないの?」

「言えるか!」かっと金蠅は目を見開き、曽良を吹き飛ばさん勢いで怒鳴った。「昴くんにこんなこと知れたら……帝南の連中だけじゃない、俺らだってどんな目に遭うか分かったもんじゃない!」

 その前に、『ホンダンショコラ』はノータッチでいいのだろうか。

「とにかく」金蠅は覚悟もあらわに鼻の穴から息を噴き出した。「今日のことが昴くんの耳に届く前に、エリート野郎をつぶしてビデオを奪うんだ」

「おお! そうだ!」

 金蠅の言葉に鼓舞された部員たちが、威勢良く立ち上がった。「やってやるぜ」と口々に気合いのはいった言葉を投げているが……痣だらけの姿では、どうも迫力に欠ける。

「でもサ、どうやって奪うつもりなの?」と暢気な声で水を差したのは、曽良だった。「さっきは、皆してかっちゃんに手も足もでなかったじゃないか」

「剣道の話だろ。俺たちの専門はケンカだ」

 剣道部員のセリフとは思いたくないものだ。

「でも、かっちゃんは『正々堂々剣道で奪いに来い』って言ってたじゃないか」

「関係ねぇよ」フッと金蠅は不敵に笑った。「俺たちには俺たちのやり方がある」

「つまり……」と、曽良は思わせぶりに間を取った。「どんなやり方でもいいから、かっちゃんをぎゃふんと言わせて、ビデオを奪えばいいわけだ?」

「は? ま、まあ……そうなるが」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに曽良はクスリと微笑むと、軽い調子で言い放った。

「俺がビデオを奪ってくるよ」

「え!?」

 一番に驚愕の声を上げたのは、他でもない鈴木だった。

 当然だ。曽良が巻き込まれると、なぜかもれなく鈴木も巻き込まれることになるのだから。

「何を言ってるんですか!? なんでわざわざ自ら立候補!? いまどき、家政婦もそんなに首つっこみませんよ!?」

「そう言われてもねぇ、他人事じゃないし」

「他人事じゃない? どういうことです?」

 すると、曽良は「だって」と困ったような笑みを浮かべた。

「あのビデオは彼らにとっては沽券に関わるものだけど、俺にとっては股間に関わるものだからサ」

「……」

 鈴木はしばらく真顔で静止し、「結局、チャックのはなしー!?」と頭を抱えた。

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