第二話 藤本曽良という『がっかりイケメン』
藤本曽良とは同じ中学だった。彼はその容姿から、やはり中学時代も噂の人。いつだって羨望の眼差しが向けられていた。
そんな彼のあだ名は『がっかりイケメン』。
つまりは、残念なイケメンだということだ。こうして、入学式の朝から騒ぎを起こしてしまうことからも明らかだろうが……。
鈴木と『がっかりイケメン』が知り合ったのは、約一ヶ月前。中学の卒業式を三日後に控えたころ。ひょんなことから出会って、それから三日間、彼に振り回されたものだ。
それも中学卒業とともに終わり――ちょっと寂しくも感じていたというのに、まさか同じ高校だったとは。
彼と関われば、今後の高校生活は悲惨なものになるだろう。決して目立たず平穏地味な高校生活を……そんな鈴木の計画はぶち壊しである。
幸い、不良たちは曽良に夢中。
このまま、他人のフリをすればいい。こうして、離れたところで突っ立っていれば問題ないだろう。
そんなかすかな希望に託そうとする鈴木を、運命のいたずら……というより、『がっかりイケメン』は放っとかないのだった。
「やあ、殿! おはよう。気分はどう?」
校庭に響き渡る能天気な声。
鈴木はぎょっと目を見開いて振り返った。定規片手に無邪気に手をふる『がっかりイケメン』の姿が、その哀れに潤む瞳に映りこむ。
殿――それは『がっかりイケメン』こと藤本曽良が、鈴木につけたあだ名である。
曽良の視線をたどる不良たちの鋭い眼光がこちらに向けられた。あいつも仲間か? そんな心の声が聞こえてきそうだ。
「最悪だ、このやろー!」
不良社会で生き残る唯一の術が失われたことを悟り、鈴木は悲鳴に近い叫び声をあげたのだった。
「ふざけやがって!」途端に、鈴木の悲鳴をかき消す怒号が鳴り響く。「その定規で何しようってんだ!?」
曽良を取り囲んでいる不良の一人、短い銀髪の大男だ。その図体といい、ゴツゴツとした顔といい、派手な髪型といい、曽良の足下でノビている金髪の大男に瓜二つ。双子だというのは一目瞭然。
双子=美少女というステレオタイプを、幼いころに見たドラマで植え付けられた鈴木は、夢を裏切られた気分だった。もちろん、そんな精神的なショックを受けているのは鈴木くらいだろうが。
「何する、て……」曽良は定規を肩に乗せ、クスリと笑んだ。「悪い子のお尻ペンペン……に決まってるでしょ」
「お尻ペン……バカにしてんのか! 一年坊主が調子に乗るなよ」
銀髪の大男が雄叫びをあげて、曽良に飛びかかった。
振りかぶった拳が竜巻でも起こさん勢いで曽良に迫る。その大柄な身体からは想像もつかない素早さだ。
が、曽良は顔色一つ変えなかった。
すかさず定規の両端をぐっと握ると、襲いかかる男の右腕をそれで叩き付け――いや、受け流し、といったほうが正確か――軌道をずらした。
男の勢いは定規によってあらぬ方向へと流され、男はバランスを崩して前につんのめった。そのすきに、曽良は身を翻して男の背後に回る。
今度は定規をバットのように構えると、曽良は大男の尻目がけて思いっきり振りかぶった。
目指せ、甲子園。
繰り出された渾身の一振りは、見事にクリーンヒット。
乾いた音が響き渡り、大男は子犬のような悲鳴を上げて地面に顔から突っ込んだ。
静まりかえる校庭で、地面に転がる金髪銀髪の大男二人を、不良たちは青白い顔で見つめていた。
「さぁて」
バット――いや、定規の先を自分を囲む五人の不良に向け、曽良はニコリと微笑んだ。
「ペンペンされたい悪い子はいる?」
その様子を見守っていた鈴木は、放心状態で頬をひきつらせていた。
「……定規に謝れ」
これが後に知れ渡ることとなる『定規ペンペン事件』である。