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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
14/50

第十二話 がっかりイケメンを捜して

「あのバカ、どこ?」

 教室に戻るなり、鈴木は凍り付いたように固まった。

 夕焼けが差し込む教室に不良の姿は無く、代わりに、ほっそりとした白い脚を組んで座る少女の姿があったのだ。そこは、普段、イケメン同級生が座っている窓際の席。横にかけられているランドセルが異彩を放っている。

「ふ……藤本さん? どうして、ここに?」

 鈴木は右足は教室の中に、左足は廊下に残して止まっていた。もちろん、いつでも逃げられるように、である。

 男子高の教室で我がもの顔で座っている美少女のけたたましい不機嫌オーラが、鈴木に危険を知らせていた。

「質問してるのはこっちでしょ」ダン、と砺波は机を叩き付けた。「いつからわたしに質問できる立場になったわけ?」

 いつから質問も許されない立場になっていたのだろうか。

「曽良はどこ!?」

 殺気のようなものを感じて、鈴木の体の重心は徐々に廊下へとずれていく。

「こ……こっちが聞きたいですよ。てっきり、もう帰ったのかと思ってました」

 砺波の表情がさらに険しくなる。

 なるほど。どうやら、曽良は砺波までも放ったらかしにして帰ったようだ。番長だけでなく砺波までも敵に回すとは、命知らずな。明日は学校を休もうか、と鈴木は真剣に考え始めていた。

「本当に知らないわけ?」

「知りませんよ。家で寝てるんじゃないですか?」

「……」

 てっきり、甲高い怒号でも飛び出すかと思えば、砺波は逆に大人しくなった。難しい表情で黙り込んでしまった。

 嵐の前の静けさ、というやつなのだろうか。不気味になって鈴木は「あのう?」と機嫌を伺うように声をかけた。

「ねえ、最後に見たのはいつ?」

 唐突に、鋭い視線が鈴木を射る。どぎまぎとしながらも、鈴木は「確か……」と思い出す。

「昼休みだったかな」脳裏に浮かんだのは、手をひらひらと振って去って行く曽良の後ろ姿だ。「保健室に行く、て言って……それから見てません」

 すると、砺波はこめかみをもんで、はあ、とわざとらしい大きなため息をついた。

「まったく。心配して損した」

「心配?」

 砺波の口からそんな言葉が出てくるとは。

「曽良に伝えて。わたしはおつかいがあるから、先に帰る、て」物音を立て乱暴に立ち上がり、砺波はランドセルを手に取った。「これも持って行ってあげて」

 鈴木はぽかんとしてしまった。

 なぜ急に砺波の声から怒気が消えたのかも不思議だったが、それよりも——。

「あの……まさか、藤本さんは、彼がまだ保健室にいるとお思いで?」

「他にどこにいるっていうのよ?」

 砺波は当然かのようにずばり答えた。


   *   *   *

 

「おい、がっかりイケメン」

 鈴木は頬をぴくぴくとさせながら、イケメンを見下ろしていた。真っ白なベッドでぐっすりと寝ているイケメンを。

 鈴木は怒りに身を任せ、イケメンがくるまっていた毛布を引きはがした。

「藤本くん! いつまで寝てるんですか」

 うーん、と唸るような声をあげ、曽良は額をおさえた。

「なんか頭が痛い……」

「寝過ぎですよっ!」

 きーっと叫びたくなって、鈴木は髪をかきむしった。

「いい加減、起きてください! 今回ばかりはびしっと言わせてもらいます」

「あれ」ようやく瞼が開いて、曽良の茶色い瞳が確認できた。「殿? なんでここに……?」

「こっちのセリフです」

 完全に寝ぼけている。よほど熟睡していたようだ。

 呆れ返って怒る気も失せた。

「いつまで寝てる気ですか」

「……」

 しばらく、曽良はぼうっと不思議そうにこちらを見つめていたが、徐々に意識が覚醒していったようで——。

「今、何時!?」

 はっと目を見開くなり、慌てた様子で飛び起きた。

「五時です」

「五……」

 珍しく、曽良は硬直した。病人のような青白い顔にひきつり笑顔を貼付ける。

「五時……ああ……五、五時限目かぁ」

「五時です。午後五時です」

 しんと静まり返る保健室。曽良は何度か瞬きしてから、「え!?」と驚愕した様子で頭を抱えた。

「寝過ごした!? なんで!?」

「こっちが聞きたいですよ」

 昼休み、「頭がぼうっとする」と言って保健室へと去って行き、なんとそのまま今まで眠り呆けていたとは。

 大事な『約束』があったというのに。

 理解に苦しむ。どれほど図太い神経をしているのか。

「あれ」と曽良はブリキ人形のようにぎこちなくこちらに振り返る。「てことは、殿……まさか……」

 『約束』を思い出したのだろうか。 いつものあっけらかんとした態度は無く、不安げな瞳が揺れている。

 鈴木は心の中でにやりとほくそ笑んだ。——少しは反省してもらおう。

「ほんとひどい目にあいましたよ」と鈴木は意味深に目を逸らす。「藤本くんが来ないってんで、昴先輩たちが俺を迎えに来て……その後はもう思い出したくないです」

 うっと声をつまらせるふりをして、鈴木は目頭をおさえた。視界の隅で密かに曽良の様子をうかがいながら。

 曽良は啞然としていた。初めて、その表情から『罪悪感』というものを見て取ることができた。口許を押さえて「そんな」と漏らし、申し訳なさそうにこちらを見ている。

 少し胸が痛んだが、さすがに今回は反省してもらわなくてはならない。

 心を鬼にして泣きまねを続けていると、曽良は眉間に皺を寄せ、「だから」と言いにくそうに切り出した。

「だから、そんなに影が薄く……!?」

「これでも生きてます」

 ああ、慣れないことはするもんじゃない。

 一瞬にして、鈴木は泣きまねを放棄した。

「じゃあ、何されたのサ?」

 ぐっと身を乗り出し、問いつめてくる曽良。その表情は真剣そのもの。本気で心配しているのは確かなようだ。

 反省はしているか。鈴木は観念したように首を横に振った。

「何もされてませんよ」

「何も? お咎めなし、てこと?」

「っていうか……助けてくれたんですよ」

「誰が?」

「通りがかりのエリートです」

「エリート?」曽良は訝しそうに眉をひそめた。「エリートがここを通りがかるわけないでしょう」

「いや、まあそうなんですけど……」

 そういえば、さっき——あまりの恐怖で——砺波に彼のことを聞くのを忘れていた。友人だという砺波なら、彼がここに来た理由も知っていたかもしれないのに。

 と、そのときだった。

 ガラッと扉が開く音がして、

「なんなんだよ、あのエリート野郎!? 話が違うじゃねぇか!」

 激昂した様子の不良の声が保健室に響き渡った。

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