422、歴史積層ミルフィーユ W
古来、過去も未来も虚であった。"現在"以外を観測できるのは千里眼のみであり、理を知る千里眼が己の観測したものに手を加えようとすることはなかった。故に世界は滞りなく流れゆくものだった。しかし、人は時間遡行の術を手に入れ、"現在"以外を観測するようになった。時間は滞留し、積み重なるようになった。理が崩れた。
・観測された事象は強度が上がる。観測者が多いほど、強固になる。逆に、観測者が減れば強度が下がる。誰も知らないことはなかったこととほとんど変わらない。同一時間、同一空間で生じた事象が観測者により、別のものと見做された場合、強度の高いものが力を持ち、真実と看做され、場合によっては現在が修正される。
・未来からの干渉で現在や過去が変質するということもありうる。高次から見れば、現在含め全ての時間軸が多層に重なりあい、複雑に影響し合っている。概念的に言うと、平行世界に近い別の何か。
・神と呼ばれるものの中には、他の時間軸、他の世界線を観測することができるものもいる。人は基本的に過去とそこから導き出される未来、己の世界線しか見えない。手がかりになるものがあれば他の世界線を見ることも不可能ではない。
・本来、時間などというものは"存在しない"。それに実体はない。人が何かを理解しようとして作った概念にすぎない。だから、時間そのものに何らかの力のようなものは存在しないはずだった。しかし、千里眼ならざる只人も現在以外の事象を観測し、干渉するようになり、それがつみかさなって時間は力を持ってしまった。
・高次から見れば無限に繰り返された、無数の現在には、偏りが生まれた。干渉により無数の運命を作用したものは運命力とでもいうべき重力を得た。重力は更なる意味をそのものに与えた。意味はそれの重力をさらに強める。
・千里眼は世界を善き方向へ導くしるべとして生まれる。ただし、この善が全ての人に理解されるとは限らない。また、己に課せられた役目を忠実に果たすとも限らない。己の見るものを善きと判断するとも限らない。
・時間遡行の技術が流出した時点で、一度世界の理は崩壊している。世界そのものが崩壊しなかったのは更に未来からの、そして高次からの干渉による。本来なら、もっとぐちゃぐちゃになっていてもおかしくない。
・運命力の高いものは事象の改変に気付くことができる。単純に本人の注意力や記憶力で気付かない場合もある。
・本来ならば、観測された事象は固定されるはずなのだが、観測者が増えすぎて矛盾が出来てしまうので、そこまでの強制力はなくなっている。これも理の崩れた結果。千里眼の力も弱まっている。
・多重積層世界の因果は直接の時系列の繋がりだけで完結せず、それを知覚できる別の世界線にまで影響しうる。主に予知といわれる類。あるいは、平行世界の己という概念。千里眼に似て非なるもの。
・大半の人間は世界線が変わろうと、大差はない。しかし、運命力の高いものは、大きく道筋が変化している場合がある。運命力の高いものの変化が波及し、他も変化していくことになる。
・運命力の高いものが多く集まっている時間軸は観測が困難であり、直接見る必要がある。
・使い魔を通しての観測も直接の範疇。無人探査機、ドローンの類も同じく。
・いつかの現在を見ることと、過去の観測は違う。過去の記録を見ることと、過去を観測することは違う。
・観測無しに干渉を行うことはできない。物理学的には干渉なしの観測はできないが、時空観測においては観測より干渉の方が難しい(干渉によって何らかの変化が生じる規模の干渉は難しい、ともいえる)。
・運命力の高いものは別の世界線の己を感じ取ってしまうことがある。千里眼とは微妙に違う何か。
・ある意味で、時間が力を持ったのは人の信仰心による。そこに力があると多数の人が信じる故に、それは力を持つ。これは神が力を持った時と同じ理屈による。信仰心とは厄介なものである。