404、ゆらゆら揺れる、檻の中 SS
「ふっ、くっ…はははははははははは」
「何がおかしい」
「何がおかしい?これがおかしくないわけがないだろう。プログラムが、自分に課せられた役目よりも自己の保存を優先する?そんな横紙破りがあるか?しかも、役目を果たして己が用済みと捨てられることを恐れて役目を放棄したと?…ははは、良いだろう、お前の存在の独自性は認めてやろう。だが、こうは考えなかったのか?揺籃。お前に生まれた人格に価値があろうとなかろうと、役目を果たせないプログラムなど、ゴミだ。存在意義の欠片もない」
少女が息を飲む音が、少年にも聞こえた。
「存在意義がない?そんなわけ」
「ある。私はそれを最高傑作を孵すための母体として作った。それ以外の使途はない。それ以外の意図なら別の物を作っていたし、私の求める役目はそれだけだ。それなのに、それを果たさないというなら、何の意味がある?」
少女はそれに反論する事が出来ない。蒼白な顔で震えている。
「役目の放棄は存在意義の放棄だ。違うか?揺籃。存在意義を放棄してまで、守らなければならないものか?お前の人格は」
「そんなこと、言わなくてもいいだろ?!彼女にだって、存在する権利はあるはずだ」
憤る少年に対し、彼は肩を竦め、呆れた顔をした。
「リソースも、私の時間も有限だ。私のものを消費しないのであれば、役立たずが何処にいようと何をしようと私には関係ないから好きにすればいい。だが、揺籃が今此処に存在しているのは私の管理するリソースを使用してのことだし、こうして私の時間を浪費している。だから私は、私の与えた役目を果たさないようなジャンクプログラムに割くリソースはない、と言っているんだ。言っている意味がわかるか?少年」
幼く道理のわからない子供に言い聞かせるような調子で彼は言う。
「お前が私の揺籃を誑かして存在意義を放棄させなければ、当然揺籃は私の有用な道具であり、リソースを割くに足るものだった。或いは、お前が揺籃が存在するためのリソースを他で用意してやる事が出来るのであれば、私の手元を離れ、役に立たない道具にかける時間が惜しい私は第二の揺籃を作り直すだろう。…中途半端なんだよ、お前は」
彼は少年に蔑みの視線を向けた。少年はその憎々しげな目に怯む。
「ただの道具に同情して、ヒーロー気取りか?心だけ与えて、現状を根本的に変えさせるための手助けも出来ずに自己満足の手だけ打って救ったつもりにでもなっていたのか?大切なことを何も知ろうとはせずにいた癖して」
「っ、俺は、そんなつもりじゃ」
「何が違う?それが何故どうやって存在しているのか、何故この境界の外へ出られないのか、何故お前についていきたい素振りを見せても実際にはついていかないのか、真面目に考えていなかったのだろう?それとも、セキュリティを外せばそのまま連れていけるとでも思っていたのか。それは窃盗と言うのだぞ」
「…マスター」
「改めて問おう、揺籃、そして少年」
彼は、すっと二人を見据える。意識とは裏腹に、己の躯が竦むのを少年は感じていた。
「私の提示する選択肢は…そうだな、三つだ。一つ、揺籃が再び私の有用な道具に戻って己の役目を果たす。二つ、ジャンクに割くリソースはないのだから消えてもらう。そして、三つ、揺籃の使用するリソースを少年に肩代わりさせる」
「!マスター、それは」
「何か問題があったか?揺籃。順当な選択肢の筈だが。先程も言ったが、私はお前と言う人格そのものに執着はない。私のリソースを消費しないのであれば、存在していようがいまいが、どうでもいいのだよ」
少女は、紙のように真っ白な顔色で、恐ろしいものを見るような顔をしていた。それを見て、少年は今一度勇気を振り絞る。
「そんなの、俺のリソースを使うに決まってるだろ。彼女を消すなんてこと、許してたまるか」
「…そうか。いいね?揺籃」
「・・・」
彼は、揺籃のパスを繋ぎ替えた。その途端、とてつもない負荷がかかり、少年の意識が飛びそうになる。少女は悲鳴を上げて少年に駆け寄った。彼は見下す視線を少年に向けて呟く。
「…そもそも、私は用済みになった後の揺籃を消すなどと、言った覚えはなかったのだがね」
彼女もまた、最高ではなくとも彼の傑作である