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魔法少女ラスカル・ミーナ  作者: 南文堂
第3話 新生! ねこみみむしゅめ
9/20

Bパート ねこみみ娘たちの宴

 夕暮れ刻は夜より昏い。今も昔も、いや、現在だからこそ、尚更そうである。

 空は充分に明るいが陽は既に建物や山の影へと身を潜めてしまっている。しかし、空の残照が目に残り、地面をより暗くする。建ち並ぶ街灯は点灯しようかしまいかと微妙な暗さに悩んで点かず、空より早く地上は夜を迎える。

 逢魔が刻を家路に急ぐ芽衣美は美奈子の忠告どおり、なるべく人通りの多い道を選んで足早に歩いていた。

「?」

 公園の前を通りかかった芽衣美がふと立ち止まってあたりを見渡した。

 んみゃー

 かすかに公園のほうから子猫の鳴く声が聞こえた。何か不安に怯えるような声であった。

「……公園を抜けると家には近道だし、早く帰ったほうが安全だし、公園は抜け道だから結構人通りもあるし、いいよね?」

 ネコのような好奇心が芽衣美の中で膨らむと、誰に言い訳するでもなく呟いて、90度方向転換して公園へと入っていった。

 公園は樹木が多いためか、街灯が既に点いており、人通りは少なかったが道は充分に明るかった。そのため、多少の不安のあった芽衣美も安心して猫の鳴き声の元を探した。

「ねこちゃーん、ねこちゃん、こねこねこねこねこちゃんやーい」

 んみゃー。

 芽衣美の呼びかけに応えるようにネコの鳴き声が聞こえ、芽衣美はそちらの方、噴水のある広場に向かった。人通りが多少なりともある抜け道からは外れるが、道の明るさが芽衣美に不安を感じさせずに足を向けさせた。

 公園の中心部にある噴水広場にやってきた芽衣美は辺りを見渡した。

 んみゃあ

「!」

 誰も居らず閑散とした広場の真中にぽつんとカン袋に入れられ、首だけ出した状態の子猫を見つけて芽衣美は慌てて駆け寄った。地面にかかれた奇妙な文様にも気が付かずに。

 芽衣美がネコに駆け寄ろうとした瞬間、その奇妙な文様が淡い緑色の光を発した。

「きゃう!」

 駆け寄ろうとしたポーズのまま金縛り状態で固まってしまった芽衣美は悲鳴をあげた。

「な、なんの? これ!」

 パニック状態の芽衣美を他所に、突然明るかった周囲が暗くなり、何処からとも無くスポットライトを浴びて、顔はマスクをしてわからないが、30代後半ぐらいのタキシードに身を包んだ紳士の人影が浮かび上がった。

「レディース エーンド ジェントルマン! お待たせいたしました! 第322回ネコ耳娘品評評議会を開催いたします!」

 その言葉を合図にマスクで顔を隠した紳士淑女が茂みの中から机と椅子を持って現れ、それを並べて審査員席を作ると、その前に着席した。それに続いてわらわらとタキシードとドレスに身を包んだ人たちが現れ、その後ろに並んだ。どうやら観客らしい。

「どうですか、最近は?」「いや、最近は落ち着いてしまった駄目ですね」「○○はいかがで?」「××もよいでしょう?」「けもの度が低くて私的には萌えが」「いやいや、あれぐらいに抑えてある方が私的には」「△△は?」「お、それは知りませんな。どんなもので?」「××の作家がかかれている新作ですよ、なかなか萌えです」「おお、そんなものが出てるのに気付かないとは私も堕落しましたな」

 観客の間で何やら雑談が交わされ、静かな公園が急にざわついた。

「な、なんなのこの人たちは!」

 芽衣美は背筋に寒いものが走るのを感じた。伊達にコスプレ歴10年ではない。やばい系統の人たちには鼻が利く。そして、芽衣美の本能はこの集団を、太鼓判を押して折り紙付きで危険と、初舞台を踏む芸人の鼓動よりも激しく警鐘を掻き鳴らしていた。

「皆様! ご静粛に! さて! 今回、エントリーしたネコ耳娘は近年稀に見る逸材と私、信じて疑いません。ご期待くださいませ!それでは、エントリーナンバー358。神埼芽衣美!」

 スポットライトが芽衣美に当ってその姿が夜の公園に浮かび上がる。

 駆け寄ろうとしたポーズ、そのままなのでかなり間抜けであるが、審査員と観客にどよめきが起こった。

 司会者が芽衣美の傍まで近寄ってくると、手に持ったカードを開いた。

「神埼芽衣美ちゃんは樋野川小学校に通う小学5年生。明朗活発、明るく誰にでも優しい性格はクラスの人気者。ショートカットがよく似合っておりますし、ネコのように好奇心旺盛なところもよいポイントとなります。

 しかし、なんと言っても、今回、素晴らしいのは自ら、最初からネコ耳娘のコスプレをしていると言う点でしょう。これだけでもプラス10ポイントですが、黒のエプロンドレスに白のエプロン。パニエで膨らんだスカートの裾はもうお約束のプラス2ポイント。

 モールで作った尻尾は丁寧な造りで興を削がず、可愛さを演出するために微妙なラインがそそりますね。プラス3ポイント。

 首にチョーカーを巻いてそれに鈴をつけるところは猫耳の王道をわかっています。ううん、プラス3ポイント。

 頭につけた猫耳付きカチューシャ。自作でしょうか?非常によく出来ています。個人的には商品化をして欲しいものです。プラス3ポイント。

 猫手袋が無いのが少し残念ですが、オプションとして追加すれば全く問題無しでしょうから、減点無し。

 さあ、司会者ポイント21ポイントと高得点をたたき出したエントリーナンバー358番、神埼芽衣美ちゃん。さて、審査員の先生方はいかに?」

 興奮口調で一気に喋りきった司会者は審査員席にマイクを向けた。

「オーソドックスすぎて……と思うかもしれませんが、よく着こなしています。日頃から何度も着ているのでしょう。その点も考慮に入れるとなかなかポイントは高いですね」

 と初老の威厳のありそうな男が評すると、

「こういったデザインは少し大人しすぎますわ。もう少しはじけた感じが欲しかったのですけど、これだけ可愛いと特に文句はありませんわ」

 と色香を滲み出している熟女が続け、

「けもの度が足りていないのは私的には残念だが、その点以外は非常に萌え」

 と30代ぐらいの恰幅のより男性が言葉短くコメントし、

「あえてコメントさせるつもりですか? 完璧ですよ。それ以外に言うことは無いでしょう」

 もう一人の30代のやせた男が鼻息荒く賞賛し、

「ねこみみむしゅめだ! ねこみみむしゅめだ!」

 20代前半の男が雄たけびを上げる。

「審査員の先生方もなかなか好評のようですね。それでは早速、採点をどうぞ!」

 司会者の合図で審査員は一斉に札を上げた。

「9点、9点、9点、10点、10点!47点!これまで最高得点です!」

 観客席からざわめきが起こった。更に興奮しているの司会者の元に一人の女性が駆け寄って一枚の紙を渡した。

「あ、今、インターネットでの投票も集計されたようです。……なんと、3212票、321ポイント。合計、389ポイント!歴代第3位の高得点!フュージョンラインの300ポイントも楽々クリアーしております!」

 観客席から歓声が起こった。

「い、一体、何なの!」

 芽衣美はたまらず叫んだ。

「おっと、これは説明がまだでしたね」

 司会者は満面の笑みを浮かべて芽衣美に向き直った。

「私ども『猫耳娘評議会』は二十年もの歴史を持つ由緒正しき猫耳を愛する会です。しかし、コスプレ会場でしかそれを見ることが出来ません。市民権を得ているとはいえ、まだまだ一般の皆様の参加は少なく、せっかくの逸材をみすみす見過ごすことになり、まさにほぞを噛む思いでした。そこで世に猫耳の似合いそうな少女を見つけて、猫耳のコスプレをしていただいて、品評しようと言うものなのです」

 芽衣美は血の気が引いた。本気で危ない集団である。

「今はまだわかってくれませんが、いずれ皆わかってくれる日が来るでしょう、猫耳の素晴らしさが。と言うか、わからないのは人としておかしいです。さ、あなたも明日から猫耳少女としてその素晴らしさを伝えていくのですよ」

「いやよ! そんなの!」

 芽衣美は涙目になりながらも必死に断った。

「なに、あなたは何もする必要は無いのですよ。ただ普通に暮らしていただければいいのです。わたくしたちがあなたを24時間体制で行動を観察記録し、しかも護衛として、あなたに近づく悪い虫は徹底的に排除しますから、ご安心を」

「犯罪だよ! そんなの!」

「社会的ルールなど大儀の前には些細なことですよ」

「た、助けて!」

「無駄ですよ。周りには結界を張ってあります。声も聞こえないし、誰も来ませんよ。さあ、そこのネコと融合して、ねこみみむしゅめとなりなさい」

「な、なによ、それ。そ、そんなの無理だよ」

「心配することはありません。私たちはあるお方から、その術を学んでおります。この結界もその一つです。融合の方は数に限りがございますので乱発は出来ませんが、ご安心を。あなたにはその権利がございます。そのための品評会でもあるのですよ、ふふふふふふ」

「い、いや! 助けて! お母さん! お父さん! 美奈子お姉ちゃん!」

 芽衣美は迫り来る司会者に恐怖を感じて目を閉じて叫んだ。

 その時、タイミングよく何者かが茂みの中から飛び出してきた。

「はあい! 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! 名前は入っていなくてもピンチになれば即参上! 愛と正義の魔法少女! ファンシー・リリー! ここに推参! って、リリー、結構恥ずかしいよ、これ」

 飛び出したのは宙を飛ぶ白いぬいぐるみのような犬を連れた若草色と水色の派手なコスチュームの上にピンクのどてらを着て、口にマスクをして、頭に氷嚢を乗せた少女だった。

「ごほごほっごほげほ」

 咳き込みながら何か喋っているが、距離が遠くて聞こえない。でも、何か文句を言っていることはわかった。

「確かに、風邪を引いて喋れないから、僕が代わりに台詞を言わなきゃならないのはわかるけど、なるべく恥ずかしくないのにしてよ」

 ぬいぐるみ犬、ウッちゃんは興奮したリリーを宥めるように自己主張した。

「げほごほべほえほ!」

 それなら、もう、あなたには頼まないと言うのだろうか、リリーはバトンで芽衣美たちを指差し、激しく咳き込んだ。呼吸困難でも起こしそうで見ているほうが怖い。

「む、無理に喋らなくていいよ。わかったよ、リリーの好きなようにしてよ」

「ごほ」

 わかればよろしいと言う意味だろう。一つ咳き込んで、リリーは納得した。

「さあ、私が来たからもう安心よ、お嬢ちゃん。悪い奴らをこの、ファンシー・リリーが懲らしめてあげるから。さあ、あなた達の悪巧みは……え? 早い? ビシッと相手をバトンで差してからだって? ご、ごめん」

 ウッちゃんが素直に謝るとリリーは頷いて司会者をバトンで指し示した。

「あなた達の悪巧みは、宇○井健ばりの聞き耳を立てて、そこの茂みの中で聞かせてもらったわ。もう逃げられないわよ、観念して投降しなさい。いま投降するなら、全殺しの半額セールでとってもお得よ! って、リリー、もうちょっと言葉選ぼうよ」

 ウッちゃんはリリーに無言で頭を叩かれた。

「い、痛いなあ、もう! ……えーと、とにかく! 選びなさい! 投降か抵抗か! 生か死か!」

 気を取り直してビシッとポーズを決めたリリーはご満悦の表情であったが、傍目にはどてらに氷嚢、マスクをしているので間抜け以外の何ものでもない。

 芽衣美も先日の鉄砲水のこともあり、脳裏によぎったのは不安の二文字であった。

「ああ、えーと、その、まあ、派手な衣装を着たお嬢ちゃん。結界に踏み込んでこれたのは驚きですが、一人で何ができるのかな? しかも、見たところ、体調が悪そうだし」

「な、何故それを! って、バレバレだよ、リリー」

「まあ、このまま、お帰りいただいて今日のことを綺麗さっぱり忘れていただけるのなら見逃して差し上げましょう」

「それはこっちの台詞よ! これでも喰らいなさい!」

 リリーは腕を天に掲げて雷球を出現させた。


 美奈子は公園の道を走りながら隣で併走する黒猫に問い掛けた。

「リン君、本当に公園に入ったの?」

「僕の鼻は、犬ほどは利きませんけど、人間よりも利きます。信じてください」

 黒猫、銀鱗は鼻を鳴らして美奈子に答えた。

「わかった。信じる」

 美奈子はえもいえぬ不安に駆られ、焦りを見せていた。

(こう言うときの勘ってよく当たるから! 芽衣美ちゃん、無事でいてね)

 美奈子は芽衣美の身を案じて、走る速さを上げた。

「ご主人様! 前! 結界があります!」

「ちっ!」

 美奈子は自分の悪い予感が当たったことに舌打ちして、右手にバトンを出現させた。

 バトンを手に取ると同時に黒髪が金髪に変わり、結い上げられてまとまると、ブラウスが溶けて光沢のある黒いレザーのワンピースに変わり、キュロットスカートが溶け落ちるように足にまとわりついてロングブーツに変わり、頭上に帽子が現れ、暗黒魔法少女、ラスカル☆ミーナに変身した。

 ミーナは変身しても魔法少女らしく名乗ることもせずに、走る速度を落とさず結界をバトンの一振りで切り裂くとその中に突入した。

「それはこっちの台詞よ! これでも喰らいなさい!」

 結界に入るや否や、ウッちゃんの声がミーナの耳に飛び込んできた。ミーナがそちらを見ると、広場の方でリリーがピンクのどてらを着て、腕を天に掲げて頭上に雷球を発生させていた。そして、その攻撃目標らしき方に目を移すとかけっこのポーズで固まっている芽衣美とタキシードやらドレスやらに身を包んだ紳士淑女の集団が見えた。

 事情は全くわからなかったが、状況が最悪なのはミーナにも理解できた。

「雷球が大きすぎるよ、リリー! もうちょっと抑えないとあの娘も巻き添えだよ」

 ウッちゃんの洒落にならないという声が公園に響いた。雷球はいまだ成長を続けている。

「ま、まさか、制御が効かないとか言わないでよ」

 ウッちゃんの青ざめた声にリリーの首が縦に振られた。

「な、何とかしなくっちゃ!」

 ウッちゃんの悲鳴に近い声が聞こえたが、ウッちゃんに何とかできる範疇はすでに越えていた。

 何とかできる可能性のあるミーナはリリーから離れすぎていて、リリーの魔法に干渉できない。干渉できる範囲に入る頃にはミーナにもどうにもならないところまで雷球は成長している。魔法で加速して距離を詰めれば干渉するだけの魔力が足りない。どっちも間に合わない。

「……銀鱗」

 ミーナは隣を飛ぶように走る黒猫に声をかけた。

「……なんです? ご主人様」

「あなたが川に流されているのを見つけたのは芽衣美ちゃんなんだよ。だから、芽衣美ちゃんがあなたの命の恩人なのはわかるね?」

 雷球がそろそろリリーの支えられる限界点に達しようとしている。

「知ってます」

「命を助けてもらった恩義に応えるのは当然だね?」

 雷球からのフィードバックでリリーの顔が苦痛に歪んでいる。もう、限界らしい。

「当たり前ですよ、そんなこと」

「それじゃあ、問題ないな。芽衣美ちゃんを助けてやってくれ!」

「え? どうやって?」

「こうやって!」

 ミーナは飛ぶが如く走る銀鱗の首根っこを掴んでそのまま芽衣美に向かって投げつけた。

「ひょぇぇぇぇぇぇ」

 銀鱗は芽衣美に向かって一直線に飛ぶようにではなく、本当に飛んで行った。

 銀鱗が芽衣美に体当たりするようにぶつかって、しがみつくと同時にリリーの手を雷球が離れた。しかも、よりにもよって芽衣美に直撃するコースである。

「ひぇぇぇぇぇぇぇ」

「きゃぁぁぁぁぁぁ」

 ウッちゃんに何かできる範疇を越えているのは銀鱗にとっても同じことであった。恐怖で銀鱗と芽衣美は悲鳴をあげた。

「銀鱗! ミーナの名を持って命ず! 神埼芽衣美と融合!」

 ミーナは間髪いれずに銀鱗に最上級の命令を発した。銀鱗と一時的にでも融合すれば雷球に何とか耐えられるかも知れない。これが今ミーナにできる唯一のことだった。

 銀鱗と芽衣美の融合と雷球の直撃はほぼ同時であった。

(間に合ったか?!)

 ミーナは手ごたえを感じてはいたが、雷球は着弾したら周囲に雷撃を撒き散らすはずなのに芽衣美のいた所に留まっていることに不安を覚えて急いで駆け寄った。

 しかし、その雷球も次第に収束し始め、雷球のあった場所の地面が削りと取られており、そのくぼみに片膝をついた人影が浮かび上がった。

「芽衣美ちゃん! 銀鱗!」

 人影が呼びかけにゆっくりと反応した。カチューシャではなく本物の猫耳をぴくつかせ、モールでなく本物の尻尾をくねらせ、縦長の瞳孔を持つ深緑色の瞳をミーナに向けた。

「ミーナ……お姉ご主人さまちゃん? ……あ、あれ? 僕? えーと? あたし、へんだよ。おかしいよ」

 融合による記憶の混乱を起こしているらしく、戸惑った表情を見せていたが、ほどなく情報の整理がついたらしく、すぐにしゃきっとした表情に変わった。

「うん。事情はわかったわ。ミーナお姉ちゃん。ありがとう」

 猫耳娘、芽衣美がにっこり微笑んだ。

「す、すばらしい! 猫耳娘だ! 完璧だ! パーフェクトだ! さあ、その娘をこっちによこしなさい」

 今までめまぐるしい展開についていけなかった司会者がやっと展開に追いついてミーナたちの方へと近付いて来た。

「誰が渡すか!」

「べーだ! 一昨日来なさい!」

 ミーナと芽衣美に同時に拒否されて司会者は顔を引きつらせた。

「どうやら調教が必要なようですね。ネコのように気紛れもよいですが、程と言うものがあるんですよ」

 司会者は懐から符を取り出して扇のように広げて見せた。観客や審査員もいつの間にかミーナ達を取り囲むように移動している。

「あるお方に作っていただいた符です。とても貴重なものですが、あなたも猫耳が似合いそうだから、司会者特権であなたも特別に猫耳娘にして差し上げましょう、ふふふふふふ」

 司会者は笑いながらにじり寄った。ミーナはその符の筆跡をどこかで見たことがあるような気がした。何処で見たかは思い出せなかったが、その符が本物であることはわかった。

 これだけの人数を一度に相手するのはさすがのミーナでも骨が折れる。かと言って包囲網を一点突破で抜けても司会者の背後から攻撃されたら、芽衣美を守れない。そうなると、残る手は一つだけだった。

「生兵法は怪我の元。そんなもの振り回してると自分が猫耳娘になるよ」

 ミーナはバトンを扇状に広げると軽く扇いだ。そのひと扇ぎで意思ある風が生まれ、司会者の持っていた符を吹き飛ばした。吹き飛ばされた符が司会者と審査員、観客に次々と襲い掛かった。

 符が身体に密着した人たちは次々と猫耳娘に変化していった。

 あるものは衣服が消え去ると共に体毛が伸び、猫のような毛皮になり、けもの系猫耳娘に。

 あるものは幼い少女に姿を変えて猫耳帽子と猫手袋をしただけのハイブリッド系猫耳娘に。

 あるものは女子高校生風に姿を変え、センサーの用なものが耳の変わりに生えて万能文化系猫耳?娘に。

 あるものはエプロンドレスに身を包んだオーソドックスな猫耳をしたメイド系猫耳娘に。

 などなど千差万別、古今東西ありとあらゆる猫耳娘が生み出されていった。

「それは邪道だ!」「この魅力がわからないなんてどうかしてるにょ!」「どうかしているのはお前だにゅ」「うみゅう、どうでもいいにゃ」「ふぎゃあ!」「ねこみみむしゅめだ! ねこみみむしゅめだ!」

 一枚岩のように思えた『猫耳娘評議会』の面々は、今まで取り沙汰されなかったお互いの理想の違いを浮き彫りにされ、あちらこちらで取っ組み合いの喧嘩を始めていた。

(所詮、排他的集団は排他的人間の集まりだって母さんが言ってたけど、本当だな)

「お、おのれ! 小娘! なんてことをしやがる! しかも、貴重な符を全部吹き飛ばしやがって!」

 司会者はショートパンツから覗く両足が活発そうな猫耳小娘になって、可愛い鬼の形相でミーナを睨みつけていた。

(そんなに貴重なら、全部広げなきゃいいのに)

 ミーナは逆恨みに近い言いがかりにげんなりした。

「だが、その魔法の力。使えるぞ! 使えるよ! あたいのシモベにしてあげるわ! 光栄に思うのね!」

 司会者は猫のような跳躍を見せてミーナに襲い掛かってきた。しかし、その爪がミーナに届くことは無かった。リリーによって途中で叩き落とされたのであった。

「あたしを差し置いて、なに勝手にストーリー展開してるのよ! ゲストキャラの癖に! って、普通、ゲストキャラがストーリーを展開させるんだよ、リリー」

 ウッちゃんの通訳付きでどてらの魔法少女、リリーが雷球のダメージから回復して話に復帰してきた。地面に叩きつけた司会者を恒例の足蹴にしている。今回は符による変身であるから、生半可では変身は解けず、司会者は延々と蹴られ続けることになった。

 ひとしきり蹴りまくって原形を留めないタキシードを着た司会者に戻った頃には、司会者自身も原形を留めていなかった。

「一応、結果的には助けられたみたいだし、ありがとう。さすがは正義の魔法少女だね。大活躍だ」

 ミーナはとりあえずお礼を言っておいた。別に助けられなくてもどうって事は無かったが。

「とって付けたように言わないでよ。わたしが主人公なのよ。そこのところを忘れないで。……あくまで主人公なんだね、リリー」

 呆れた口調でウッちゃんは気合も入れずにリリーの代弁をした。当然、その報いとして頭を叩かれたのは書くまでも無い。

「もう、痛いじゃないか……『!』が抜けている? わ、わかったよ、真面目にやるよ……ほ、ホントにそれ言うの? うう、恥ずかしいなあ」

 ウッちゃんは言いたくなさそうだが、有無も言わさぬ迫力でリリーが睨んでいたので、仕方なく代弁を始めた。

「ここで遭ったが、百年目! あたしの栄光の歴史に泥を塗りつづけたラスカル・ミーナ! 今日が年貢の納め時! 今日納めないと、明日からは追徴課税されるわよ! いざ、尋常に勝負! ……僕じゃないからね、リリーだからね!」

 尋常ならざる勝負を申し込んだリリーがウッちゃんを脇に押しやってミーナの前に立とうとしたが、その間に何者かが立ちはだかった。

「ミーナお姉ちゃんを倒す前に、まずはあたしを倒していきなさい」

「なんなのこの子は? って……もしかして君は銀鱗か?」

 芽衣美と混じった銀鱗の波長を感じてウッちゃんは尋ねた。

「久しぶりだね、ウッテンバーガーハイト。でも、僕は銀鱗であって、銀鱗でない♪」

 猫耳娘の芽衣美は少年のような声で歌い、続けて少女のような声で、

「芽衣美のようで、芽衣美でない♪」

 と歌った。

「♪それは誰かと尋ねたら?」

 ウッちゃんがノリよく、合いの手を入れた。

「暗黒魔法少女、ラスカル☆ミーナ様の一の使い魔! 究極可憐の猫耳娘、マイティー・メイ! ただいまここに生誕!」

 猫耳娘、メイはノリノリでポーズまでつけて名乗った。さすがに芽衣美の経験が生きていて、きっちり様になっている。

「ごほごほ!」

 リリーは話を勝手に進めるなと抗議の咳をした。

「うるさい! つなぎが単なる・のあなたが、☆のミーナお姉ちゃんに体調万全でも勝てるはずないじゃない。大人しく家で寝てなさい!」

「ごほ!」

 メイの台詞に頭に血が昇って氷嚢の氷が一気に溶けて蒸発しそうなリリーがバトンを振り上げた。

「隙だらけよ!」

 メイはミッキー○ークの1万倍は威力のあるネコパンチでリリーを地面に転がした。

(おーい、腐っても魔法少女なんだから、一撃で屠るなよ)

 呆れるミーナを他所に、ピンクのどてらなどで着膨れしているので、丸い玉になって転がるリリー。猫がいたら、思わずじゃれたくなるような転がりっぷりで、そして、そこには大量の猫耳娘がいた。

(あーあ、もみくちゃにされてる……)

 一斉に猫耳娘が本能の赴くままに玉にじゃれる。引っかく噛むは当たり前。メイの一撃で気絶しているのだろう、されるがままにリリー玉は公園を右に左に転がる転がる転がる……あ、噴水に落ちた。 

「リ、リリー!」

 水に落ちて、やっと猫耳娘達が近寄らなくなり、ウッちゃんが駆け寄ることが出来たがリリーは噴水の池に浮かんだまま動かない。微かに指が痙攣しているのがかろうじて生きていることを証明していた。

「銀……いや、メイ! 何するんだ! 使い魔が魔法少女をやっつけるなんて反則だぞ!」

「反則? 悪の魔法少女の使い魔のうちにそんな台詞が通用すると思うなんて、めでたいやつ」

「くっ。……今日のところは『猫耳娘評議会』を壊滅させただけで引いてやるが、次があると思うなよ! 今度は体調万全のリリーがお前をけちゃんけちょんにするからな! 憶えておけよ! リリーが全力出せば、お前なんか、お前なんか……」

「それだったら、かっこつけてないで早く出せば?」

 蔑むような視線を向けてメイはウッちゃんに言い放った。

「うう、うう、お、お前なんか嫌いだー!」

 ウッちゃんは泣きながらリリーを水から引き上げて引きずりながら茂みの中へと消えていった。茂みに消えた後にものすごい音と悲鳴が聞こえたが、その茂みの先が崖になっていたとことと多分、関係あるだろう。

(もしかして、リリーって僕より不幸かも……)

 ミーナは毎回出てきては何しにきたのかわからずに退場するリリーにかなり同情した。

「やったね、ミーナお姉ちゃん。今日も大勝利!」

「だから、勝ったら駄目なんだって」

「うん、知ってる。だけど、手抜きしたらもっとひどいんでしょ?」

「……そうだけど」

「あたしに負けるぐらいだもん、勝負するまでも無いよ」

「うーん、確かにそうなんだけど、まあ、仕方ないか。それじゃあ、銀鱗。融合解除」

「……」

「融合解除だよ?」

「あははははは、それが何だか、出来ないみたいなの。おかしいね」

「なにぃ!」

「うーん、どうも、融合途中に雷球の直撃を受けたせいでこんがらがってしまったみたいなの」

「何で、そんなことになるんだよ!」

「あらあら、大変ねえ」

 大気が乱れて色を持ち、人の形をとって琉璃香が現れた。

「か、……琉璃香さん!」

「ちょっと心配で見に来たんだけど、すごいことになってるわね」

「ど、どうしよう? 琉璃香さん、何とかできない?」

「うーん、方法は二つあるわよ。一つは銀鱗の存在を消してしまうこと。契約者のあなたなら簡単に出来るわね」

「そ、それって、銀鱗を殺せっていってることじゃないか!」

 ミーナはあまりにもとんでもない解決策に声を裏返して抗議した。メイの顔色も青ざめている。

「それがいやなら、逆でもいいのよ、芽衣美ちゃんを消す。手間だけど、やってやれないことは無いでしょう」

「そ、そんなの出来るわけないだろ!!」

 更にミーナは声を荒げた。メイの顔色は蒼白である。

「それじゃあ、もう一つはラスカル☆ミーナがいなくなること」

「僕に死ねって?」

 行き着くところまで行き着いた怒りで恐ろしいぐらいミーナの声は平静だった。

「違うわよ。契約者としての命令が二人を融合させているんだから、その契約者、ラスカル☆ミーナがいなくなれば融合は解けるわ。契約者はラスカル☆ミーナであって、皆瀬和久ではないでしょう?」

「じゃあ、僕が死ぬか男に戻るまで、このまま?」

「まあ、そう言うことになるわね」

「ああ、ごめん。芽衣美ちゃん、銀鱗」

「別に気にしないで、ミーナお姉ちゃん。こんな経験滅多に出来ないから……」

『気にしないでください。ご主人様。あれが最善の策だったと思います』

「ありがとう二人とも」

『どうやら、芽衣美ちゃんのほうの支配力が強いようなので、僕は何かあるまで、寝てますね。用があったら起こしてください』

「うん、ごめんね」

『僕はネコですから寝るのは得意なんですよ、おやすみなさい』

 メイの中から銀鱗の気配が消えた。

「でも、ネコ耳と尻尾は消えないんだね。どうしよう?」

 さすがの芽衣美もこのまま生活するのは抵抗があるらしく、かなり不安そうに自分の猫耳を軽くつまんだ。

「それは魔法で消すことが出来るから安心して。しっかり施術すれば一週間ぐらい、簡易でも2、3日ぐらいは効果があるから、ちょくちょく会えれば問題ないと思うよ。家も近所だし」

「……ミーナお姉ちゃん。あたし、来月、お父さんの転勤でアメリカに行くことになっているんだけど……」

「ええ!」

「それはまた、遠いわね。言っておきますけど、週一でアメリカ往復するだけの余裕はうちには無いわよ」

「わ、わかってるよ!でも、どうしよう?」

「まあ、正直に事情を話して芽衣美ちゃんのご両親に納得していただくしかないわよね」

「はあ、そうだよね。それしかないよね。それじゃあ、とりあえず、この姿のままと言うわけにはいかないから、どこかで悪いことでもしてくるよ」

 ミーナは芽衣美の両親にこのことを説明しなければならないことに加え、悪いことをしなければならないという憂鬱さに、何か悪事を考えなければならない鬱陶しさも加味されて、かなり陰鬱な気分にさせられた。

「あら、そんなことしなくていいじゃない」

「なんで?今回、悪いことなんかしてないけど……」

「芽衣美ちゃんの人生を台無しにするかもしれないような事で充分お釣りが来るわよ」

 琉璃香の放った痛恨の一撃のもとにミーナはその場に崩れ落ちた。

(確かに、そうだった)


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