EDパート 勝者の夜 敗者の夜
「はあ。ただいま」
美奈子は家の玄関のドアを開けると同時に疲れを吐き出すようにため息をついた。
「お帰りなさい。どうだった、学校は?」
「大変だったよ。セーラー服オタクに迫られて、変身したら、リリーにレーザー光線で黒焦げにさそうになるし、後始末で衛星を破壊したり、変身を見られた二人の記憶を消したり、昼からの授業に遅刻して課題をたくさん出されたり……」
「見てたわよ。ふがいない子ね。あの程度の衛星の一つや二つ、ウィンク一つで壊せなくてどうするの」
「母さんみたいな技、使える人いないって」
「100GW球体パルスレーザー砲、”目からビーム”なんて簡単な技なのに……」
ちなみにミーナが衛星を壊すのに使ったのは、魔法で作り出した直径3メートルの球体状のレーザー媒質を使った1GWクラスのパルスレーザーである。美奈子はこんな人とまともに遣り合っていた真琴の実力を改めて感心した。
「そうだ! そんなことより、なんで負けたのに元に戻らないんだよ!」
「負けた? あれが?」
「だって、形勢不利だったのはこっちだし、判定だったら負けてるよ」
「正義の魔法少女にやっつけられたら魔法が解けるのよ。やっつけられてないからダメに決まってるじゃない。それに最後までリングに立っていたものが勝者よ。だから、あなたの勝ち」
全く物分りの悪い子ねと言わんがばかりに琉璃香は出来の悪い娘に説明した。
「そんなの変だよ」
全然納得がいかないと美奈子は食い下がった。
「現に呪いが解けてないんだから文句言ってもしょうがないわよ。そうそう、そんなことより、制服が届いてたから部屋にかけておいたわよ。サイズが合ってるかどうか確かめておきなさい」
「わかったよ」
美奈子は呪いが解けないことをそんな事扱いされたのは面白くはなかったが、これ以上何を言っても仕方なく、大人しく二階の自分の部屋へと向かった。そして、やっとたどり着いた唯一落ち着ける自分のテリトリーの入り口を開けて彼女は絶句した。
「か、かあさん!」
やっとのことで下にいる母親を呼んだが、完全に声が裏返っていた。
「何?変な声出して」
「ぼ、僕の部屋が……」
美奈子が指差した部屋の中は今朝とはかなり様相が変わっていた。目眩がするほど少女趣味ではないが、クローゼットや鏡台まで増えているし、そこかしこにきっちりと可愛い小物などを配し、ベッドの上には一抱えあるほどよく汚れたペンギンのぬいぐるみがあり、壁紙、布団、カーペットの色調も暖色系にシフトされ、微かに薫る心地よいポプリの香りも今の美奈子にとっては目眩を覚えさせるだけのものだった。
「いいでしょう?女の子の部屋らしく改装しておいてあげたのよ。これでお友達を呼んでも大丈夫よ。感謝しなさいよ、結構、手間がかかったんだから」
「ぼ、僕の荷物は?」
気を取り直して見渡すと見当たらないものがあることに気が付いて美奈子はおそるおそる聞いてみた。
「必要なさそうなものは圧縮かけて亜空間に転送しておいたわよ」
(よかった。素粒子レベルまで分解されたかと思った)
ホッと胸を撫で下ろしている美奈子に何処からともなく現れた父親の賢治が美奈子の肩を叩いて、
「安心しろ。エッチな本は父さんがちゃんと保護しておいた。なかなか趣味がいいぞ、和久」
爽やかな笑みでウィンクした。
「……(お願いだからこれ以上壊れないで)」
「賢治さんがその部屋から掠め取った和久の本は素粒子レベルまで分解しておいたから! もう、いらないでしょ? ふ・た・り・と・も!」
「……ちっ。母さんの方が一枚上手だったか。すまん、和久、父さん守ってやれなかった」
賢治は心底悔しそうに苦渋の表情を浮かべた。
(出来ればその表情は女の子にされたときにして欲しかったよ、……父さん)
「……もういいよ。疲れたから休む」
美奈子はさっき以上の脱力感を覚えながら見慣れない自分の部屋に入り、ドアを閉めるとベッドに腰掛けてペンギンのぬいぐるみを手に取った。
「はぁぁぁぁ……まともと思ってた父さんまで壊れちゃってるし、それとも今まで気が付かなかっただけかな? そうだったら、この家でまともなのはわたしだけになっちゃうね。どう思う、ペン太?」
美奈子は自然にペンギンのぬいぐるみに問い掛けた。
「……………………なにやってるんだ、僕は?」
美奈子はぬいぐるみをベッドの上に放ると立ち上がって深呼吸し、
「僕は一ノ宮中学に通う中学二年生、皆瀬和久。14歳。性別男。14年間ずーと男。間違いなく男。今は呪いで女の子になっているだけで本当は男。心は男。れっきとした男。男男男男男男男男男男男男男男……」
自分に言い聞かせるように美奈子は呪文のように呟いて、納得したのか一息ついて
「うん! 完璧よ!」
漫画あたりなら「きゃぴ」と擬音のつきそうな可愛らしいガッツポーズをした。
そのポーズをしている自分の姿が鏡台に映って美奈子の視界に入り、彼女はそのまま固まった。
「ちーがーうー!」
「美奈子は何をやってるんだ? さっきから騒々しい」
「部屋に女の子らしくなる結界を張っておいたから無駄にレジストしてるんじゃない?」
「もう、諦めて男らしく女の子になればよいものを。往生際の悪い」
「そこが可愛いのよ」
「それもそうだな」
誰もいないのにゴミバケツのふたがひとりでに少し開いた。
「……どうやら行ったみたいだよ」
中から様子を伺っていたらしい白いぬいぐるみのような犬がそっと這い出してきた。
「ふう、しつこい連中だったわ」
それに続いて薄汚れたパステルブルーと若草色の派手な衣装に身を包んだ少女がぶつぶついいながらバケツから出てきた。
「仕方ないよ、向こうも仕事だし」
白いぬいぐるみのような犬、ウッちゃんは苦笑を浮かべて派手な衣装の少女、リリーを宥めた。
「それにしてもなんで主人公のこのわたしが毎回こんな目に合わなきゃならないのよ、全く!」
「……リリー、リリーって主人公だったの?」
「今更何言ってるの? そうに決まっているじゃない!」
「でも、今回も出てきて、なーんにもしていないよ」
「騒ぎの元を倒したじゃない」
「逃げるのに邪魔で偶然ね」
「ミーナを後一歩まで追い詰めたじゃない」
「僕のレーザー砲撃でね」
「あなたの手柄はわたしのも。わたしの手柄はわたしのもの」
「……そのうち友達なくすよ」
つづく
次回予告!
ネコ耳……それは人心を惑わせる魔性のアイテム
シッポ……表情豊かに動く仕草は人々を魅了する
首輪鈴……その音を聞けばネズミも人も浮き足立つ
ネコ手……忙しいときには借りたくなる。じゃなくて、その肉球の誘惑には誰もあらがえない
ネコ舌……あっつあつのカレーうどんが食べられない悲劇
男の危ない野望が暴走する時、ラスカル・ミーナの絶叫が街をこだまする。
「何で、そんなことになるんだよ!」
今回出し忘れていたキャラクターも登場して、ますます負けにくくなるラスカル・ミーナ。
「お願いだから、もう止めて」
ついでにファンシーリリーも大活躍。
「とって付けたように言わないでよ! わたしが主人公なのよ!」
次回 第3話 見参!ねこみみむしゅめ
「あたしぃー!」
……忘れた頃に堂々公開予定。
「いちびってんと、はよ、だしいや」
いかがでしたでしょうか?
元々は続きを書かず、第一話にして最終話というつもりだったのが、「書かないの?」と言われて、調子に乗って続きを書いたものです。急いで登場人物を増やした感じがありありと……。
それでは、また来週の金曜日24時に。