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魔法少女ラスカル・ミーナ  作者: 南文堂
第1話 なりゆき! 魔法少女
3/20

Bパート バニー帝国の野望

 授業は終わっているが、まだクラブ活動をしているために校庭にはかなりの生徒がおり、体育会系の掛け声や演劇部部員の発声練習の声が校庭に響いていて、活気に満ち溢れていた。

 ミーナこと、和久の見知った顔も少なからず見えた。急に自分が今どんな格好でここにいるのかを思い出して恥ずかしくてたまらなくなり、正門の門柱の陰に隠れるように移動した。

(橋本のせいで忘れてたけど、今は自分も女の子になってるんだった。早く家に帰って真琴お姉さまを説得しないと)

「何を遠慮しているんですかぁ。こういうのは最初が肝心なんですよぉ。正門でびしっと声明を発表してくださいですぅ」

 早いところ逃げ出したいミーナを放さずにバニー橋本は前へ前へと押し出した。

「なにあれ?」

 そうこうしている内に校庭の生徒の一人が奇妙な二人連れに気が付いて隣の友人を肘でつついた。

「バニーガールだ。本物、初めて見た」

「なんでそんなのが学校の正門にいるのよ?」

「誰か先生のツケを取り立てに来たんだったりして」

「現社の伊藤とか好きそうだからな。結構、通ってたりして」

「いやだぁ。でも、もう一人は何かな?変な格好してるよ。扇子なんかもって、ボディコンみたいな服着て、今時ジュリアナ?」

「それが流行った頃、お前生まれてないだろう? もしかして、サバよんでる?」

「同級生でしょうが! お母さんが昔お立ち台で踊ってたのよ。その写真見て知ってるだけ」

 次々に生徒達はバニー橋本とミーナの存在に気づいていき、口々にささやきあって遠巻きに二人に注目していた。

(うわー、注目されてるよ。どうしよう)

 ミーナはだんだんと大きくなる騒ぎに半分泣きたい気になってきた。

 それに追い討ちをかけるバニー橋本の一言がミーナの鼓膜を揺らした。

「さあ、ミーナ様ぁ。門柱の上に立ちましょう」

「へ? なんで?」

「支配者はやっぱり人の上に立たなくっちゃ。さあ」

 バニーはミーナを抱えるとひょいっと門柱の上に上った。女性とは思えない力と身のこなしである。これも魔法のせいだろうか。

「さあ、全校生徒に声明をするですぅ!」

「いやだよお」

「ああ、そうでしたですぅ。ミーナ様自ら言葉を発するなどバニーでもない下賎なもの達にもったいないんですね。わかりました、では、ここはあたしが……」

 ミーナはほとんど半べそをかいていた。本気で嫌がっていたが、そんなことは全く意にも解さず今まで同様勝手にバニー橋本の解釈が展開された。

「待って。待て!待ちなさいって!!」

 ミーナは血の気が引いた。これまでのこの展開で事態は悪い方へしか進展していないことに気が付いて慌てて止めに入ったが、もう遅かった。

「一ノ宮中学の生徒諸君、先生諸君、よく聞くですぅ! これから、この学校は神聖バニー帝国の領土とするですぅ。バニー帝国の歴史はこの学校から始まるのぉ。ありがたく思うですぅ。わが帝国はバニーによるバニーのためのバニーの帝国を目指しますぅ。だからバニーに非ずはバニーにあらずですぅ! でも、あたし達も鬼じゃないですぅ。みんなに選択のチャンスをあげるですぅ。バニーになるか奴隷となるか選ぶですぅ」

 ミーナの制止も聞かずに声高らかにバニー橋本はバニー帝国の建国を宣言してしまった。

「コラ! 何だ、お前らは! さっさと降りてこい! 警察に連絡するぞ!」

 陸上部顧問のマッチョな体育教師の松宮が正門上の二人を指差して怒鳴り声を上げた。

「あ、はい、すぐ降ります」

 できることならもっと早く出てきて欲しかったと思いながらも、これでとにかくこの場からは開放されるとばかりにミーナはさっさと正門から降りようとしたがそれよりも早くバニーが動いていた。

「ふふふふ、早速バニーになりに来たですかぁ。よい心掛けですぅ」

 二メートルほどの門柱の上から飛び降りて松宮の前に立つと力一杯抱擁した。あまりに突然なことに松宮はなすすべなく抱きしめられてしまった。やっと状況を把握した松宮はそれを必死に振り解こうとしたが、女と思えない力でがっしりと抱きつかれて離してくれない。やっと離してもらった時にはバニーガールが二人になっていた。

 筋肉隆々の松宮は華奢な少女に姿を変え、バニー橋本と同じ黒のバニーコートに身を包んでいた。

「さあ、バニー2号。その快感を他の先生、生徒にも分けてあげるですぅ」

 バニー1号はバニー2号となった松宮に命令した。

「はい、バニー様」

 ソプラノボイスで素直に返事をするとバニー2号は元教え子の方へと駆けて行った。バニー橋本もその後ろ姿を満足そうに眺めて頷くと自らも生徒の群れの中へと向かって走っていった。

 それからは文字通り、ネズミ算的にウサギが生まれていった。抱きつかれた者はバニーになり、その者が他の誰かに抱きつくとバニーになり、たちまち校庭中はパニックとなった。

「なんで、こうなるんだよ」

 ミーナは一人その騒ぎを門柱の上から眺めて頭を抱えたくなった。

「このままじゃ、本当に学校の人間どころか、この近辺がバニーガールになるじゃないか。正義の味方でも魔法少女でもいいから早く来てこの騒ぎを収拾してくれ」

「待ちなさい!」

 ミーナの悲痛な思いが通じたのか、校舎の屋上に誰かが仁王立ちになっている。

 逆光でシルエットしか見えないが、高いところから逆光で登場するのは正義の味方の登場パターンだとミーナは突如現れたこの人物に期待を寄せた。

 しかし、注目したのはミーナ一人で校庭の人たちはそんな人どころではなかった。相変わらず、生徒たちとバニーの鬼ごっこが展開されていた。その人物も屋上から一向に動こうとしない。

(……もしかして、高いところに登って降りれないとか?)

 ミーナはその人物に一抹の不安を感じずにはいられなかった。

「待ちなさい! とか言われたら、誰だ! とか返しなさいよ!」

 シルエットが校庭に向かって怒鳴り声を上げた。

(無視されたのが悔しかったのか……それじゃあ)

「だ――」

「うるさいわね!こっちは忙しいの! 今はあなたなんかに気を回してる暇はないのよ! 用があるならさっさと言いなさいよ!」

 ミーナが何か言う前に、バニーの一人が屋上の人物に怒鳴り返してしまった。何か言おうとしたミーナは口をぱくつかせて言葉を飲み込んでばつ悪そうに門の上で顔を真っ赤にしていた。誰にも気付かれなかったのがせめてもの救いだった。

 ミーナが恥ずかしがっている間に屋上の人物と校庭のバニーとの間で話は進んでいった。

「こんな騒ぎはさっさとやめて、みんなを元に戻しなさい!」

「できないよーだ!」

 バニーは舌を出して屋上に言い返す。

「生意気なやつ! そこにいなさいよ! 今、降りていくから!」

 シルエットは飛び降りようとしたが、ちょっと躊躇って、下を覗き込んだ。散々迷った挙句シルエットは姿を消した。

 しばらく、長い沈黙が続いた。

 息を切らせて校舎の正面入り口から一人の少女が姿をあらわした。若草色と薄い青色の二色をベースにピンクや赤がアクセントとして配色されたなかなか派手なデザイン服を着て、手にはト音記号に似た妙なデザインのステッキを持っていた。全速疾走で階段を駆け下りてきたのだろう肩で息をしていた。

「……ちょ……ちょ、ちょっと、た、タイム……」

 少女は膝に手を置いて待ったをかけてから呼吸を整えて、仕上げにゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けており、バニーも素直にそれが終わるまで待っていた。傍から見るとかなり間抜けな構図である。呼吸が落ち着いた少女はバニーをきっと睨みつけた。

「もう一度言うわよ! みんなを元に戻しなさい」

「で・き・ま・せ・んよーだ」

 バニーは挑発的に一音一音はっきりと区切って切り返した。

「みんな迷惑してるのよ! 早く戻しなさい!」

「迷惑? 迷惑なんてしてるもんですか! 見なさい!」

 カップから溢れんばかりの胸を手で軽く押し上げ、

「このむしゃぶりつきたくなるような豊満なボディー!」

 雑誌のグラビアで見るようなポーズで媚びるような視線を向けて、

「全身から匂い立つ骨まで溶かす色香」

 少し鼻にかかった甘えた声で、

「脳髄まで染み入る甘く切ない声」

 両手を腰に当てて仁王立ちになって胸を張り、

「そして何よりもこのバニースーツ! 脚線美を際立たせる網タイツ! よりキュートにお尻を魅せる白く丸い尻尾!ボディーラインを強調してセクシーさを醸し出すバニーコート!腕をより長く細く見せる手首のカフス! 首を長く見せ、そして胸元のアクセントになる蝶ネクタイ! 頭上のウサギの耳を模したアクセサリーは遊び心を表して、妖艶でありながら愛らしさを失うことなく男心をくすぐる。それらを身に付けることによって100%、いいえ、120%(当者比)の魅力を引き出す、まさに究極のコスチューム!」

 拳を固めてバニーは力説した。

「こんな素晴らしい姿に変身させてもらって誰が迷惑? まあ、お嬢ちゃんみたいな幼児体型の人にはこの豊満な体が羨ましくて仕方ないんでしょうけど?」

 意地悪く微笑んだバニーに少女は俯きかげんに顔の表情を隠したが、こめかみの血管が浮き上がってはち切れんばかりになっていた。少女の服は胸元に大きなピンクのリボンがあったりして、体の線を隠すデザインだが、それはある意味、「私はボディーラインに自信がありません」と書いてあるようなものであった。

「ああ、だから、そういう風に私憤を公憤に変えて喚いているのね。うふふ、それももう少しの辛抱。さあ、こっちに来てあなたもバニーになりなさい。つるぺたなあなたもたちまちナイスバディーよ」

 バニーは優しく微笑んで両腕を広げた。一瞬、ナイスボディーになれると言うところでぴくりと反応したが少女はその場を動かないで、俯いたまま何やらぶつぶつと呟いていたが、ミーナのいるところまではその呟きは聞こえないし、バニーは聞く耳を持っていなかった。

「もう、しょうがないわね。緊張して動けないなんて、かわいい子。いいわ、お姉さんがそっちに行って優しく抱きしめてあげる」

 紅く塗られた唇を舌なめずりして妖艶な笑みを浮かべてバニーは少女に近づいた。近づくに従って少女の呟きが次第にボリュームを上がって、ミーナの耳にも届いてきた。

「……れが、キュートで愛らしいあたしを馬鹿に……のおじ様方や大きなお友達に絶大な人気を誇るこのプリティーなボディーが幼児体型? ちーっとばっかし胸が大きくてウエスト締まってるからって威張るんじゃないわよ! この三下が!」

 最後には呟きは怒号になっていた。不用意に近寄ってきたバニーに向けてステッキをかざすと呪文も無しにいきなり雷光を発し、電撃がバニーを襲った。

 直撃を受けたバニーは弾かれたように吹っ飛ばされ、ゴムまりのように何回か地面に強烈に叩きつけられて転がり、そのまま動かなかった。電撃でバニースーツは消し炭のようになり、その下には裸の男がうつ伏せに倒れていた。強力な魔法の一撃で変身が解けたのだろう。

 少女は倒れている男のところまで行くとまだ少し意識があったのか、男はかすかにうめき声を漏らした。そのうめき声を確認して、少女は迷わず横腹に蹴りを入れていた。裸の男は蹴りを入れられて仰向けにひっくり返った。

「げ、現社の伊藤先生だ……」

 ミーナはその見覚えある男の本性を垣間見せられて今後の付き合いを少し、いや、だいぶ考えようと思った。

「リリー、そんなことしている場合じゃないよ。騒ぎはまだ収まってないよ」

 ぬいぐるみのような犬がふよふよと宙に浮かびながら男に蹴りを入れている少女の髪を引っ張った。

「だって、こういう、場合、大元を、倒せば、魔法は、解ける、もんじゃ、ないの? ウッちゃん、だって、そう、言った、じゃない」

 ぬいぐるみ犬と話しながらも蹴りを入れる足は休めない。

「そうだけど、どうもそれは大元じゃないみたいだよ」

「ええ! あんだけ台詞があって雑魚? くっ!雑魚のくせに語ってんじゃないわよ!」

 一際大きく足元でカエルを踏み潰したようなうめき声が発せられたが少女は気にも止めない。今は女の子だが、元々男のミーナは股間を抑えて身をすくめた。伊藤先生はもはやぴくりとも動かない。

(安らかにお眠りください、伊藤先生)

 ミーナは手を合わせて伊藤先生の冥福を祈った。

「もう、じゃあ、誰が大元なのよ」

「こういう時は一人だけ違う格好をしているのがそうだと思って、調べてみたけど、みんな同じ格好なんだよ。参ったね」

「参らないでよ。じゃあ、一人一人電撃浴びせるの? あれ結構疲れるのよ」

 困った顔で笑っていたぬいぐるみ犬の顔面を左右に引き伸ばして少女はむくれた。

「い、いたいひょ、ふぃふぃー|(い、いたいよ、リリー)……そ、そこまでしなくても大元以外は気絶させる程度で魔法は解けると思うよ。気絶させていって魔法が解けなかったらそいつが大元ってことになるから、そいつに止めを刺せば任務完了だ」

「分かったわ。それじゃあ、派手に行きますか!」

 ポシェットからミニチュアのちゃぶ台を取り出してステッキで軽く小突くと夕食の用意が整った普通サイズのちゃぶ台へと変化した。ちなみに献立はハンバーグである。少女はいきなりちゃぶ台の端を持って、

「こんなもの食えるかー!」

 と、ちゃぶ台を引っくり返した。料理が宙に舞う。それを見たバニーと生徒たちは反射的に宙に飛んだ料理をキャッチしなければならない気になり、宙に舞う料理の落ちてくるところ一ヶ所に集まった。その周囲から狭い範囲に人が殺到したために朝のラッシュ時のように生徒とバニーが密集した状態になったが、なんとか料理の皿は一枚も落とさずに全てキャッチし、全員が何とはなしにほっとした。しかし、それも束の間、頭上から巨大化したちゃぶ台が料理をキャッチにしに来たバニー達を押しつぶした。生徒達と共に。

「あの中にはいなかったみたい」

 バニーと生徒を押しつぶしたちゃぶ台は小さくなってリリーの手元に戻り、ちゃぶ台の落下した場所には折り重なるようにバニーと生徒が目を回して気絶していた。

「それじゃあ、続いて広域魔法、秘儀一徹返し! エビフライバージョン」

 再びちゃぶ台を引っくり返す。バニーと生徒は反射的にそれに反応してキャッチしにいってしまう。そして、ちゃぶ台に押しつぶされた。

「カレーバージョン、トンカツバージョン、お刺身バージョン、ステーキバージョン、お寿司バージョン……」

 次々と生徒とバニーの屍の山を気づいていくリリー。リリーの怪進撃はとどまるところを知らない。

「まだ? じゃあ、とっておき! すき焼きバージョン!」

「やめえ!」

 あまりのことに呆然としていたミーナは、はっと気が付いて、ちゃぶ台をひっくり返そうとしているリリーを制止した。

「何、あなたは!」

 調子よく順調にバニーを屠って勢いに乗っていたリリーは突然の制止にあからさまに不機嫌な顔で応えた。

「この騒ぎの張本人は僕だ。倒すなら僕を倒せ! 罪もない生徒たちをこれ以上巻き込むな」

「この騒ぎの張本人があなたなら、巻き込んだのはあなたじゃないの。いまさら善人面なんてしないでよ」

「う。確かにそうだけど、そっちもやっていることは無茶苦茶だろう!」

「いいのよ。正義を敢行するには多少の犠牲はつきものよ」

(……絶対、真琴お姉さまの譜系だ)

 ミーナは呆れてものが言えないでいるとリリーは小首をかしげて何やら考え込んで、しばらくしてから何か考えがまとまったのか、ぽんと手を叩いて、

「あなた、もしかして、悪い魔法少女?」

「え? あ、ああ。そう。そうだ。僕は悪い魔法少女だ」

「ええ? うっそぉ! 冗談でしょう?」

 リリーはけらけらと笑い出した。自分で訊いておいて、肯定したら笑いながら否定されては面白いはずがなく、ミーナはむっとした。

「確かに格好はそれっぽいんだけど、なんかね、こう、悪役じみたところがないっちゅうか……えーと、名前は?」

「ミーナ」

 むすっとした表情のまま、ミーナはさっき名乗った偽名をぶっきらぼうに答えた。

「ふー、やっぱり偽者ね」

 アメリカンな仕草で肩をすくめた。

「悪い魔法少女に憧れるのもいいけど、そんなことしてたら、正義の魔法少女に間違って誅殺されちゃうわよ。あたしが気が付いたからよかったようなものの、本当なら輪廻の輪から外れていたわよ」

 そんな私に感謝しなさい、というオーラをビシバシ出してリリーはふんぞり返っていた。

「なんで名前を聞いて偽者なんだよ?」

 なりたくてなったわけでもないが、こうまで否定されるとなんだか口惜しくなるのが人の心理と言うんだろうか、ミーナはリリーに食い下がった。

「正義でも、悪でも本物の魔法少女なら名前の頭には修飾詞が付き物なのよ。ミンキーやらファンシーとかプリティーやスイートだったりピクシーみたいに!」

 そんなことも知らないの? それこそが偽者の証拠よ、と言わんばかりの態度でリリーは横柄に応えた。

「サリーとかついてないじゃないか」

 そんな態度をとられて大人しくしているほどミーナも大人ではない。すぐに論理の穴を見つけて反論した。

「魔法使い」

 その程度の反論でやり込められるなんて大間違いビームを目から発しながら反証した。

「それって……」

「ま・ほ・う・つ・か・い!」

 世の中、気合で何とかなるもんだと思っている気迫でリリーはミーナを圧迫してきた。ミーナの方はなんだか言い合っているのが馬鹿らしくなってきた。

「わかったよ。それじゃあ、何か頭につければいいんだな?」

「それだけじゃないわよ。やっぱり、無意味に高圧的で高笑いは欠かせないわ。挑発的な台詞とかはバリエーション豊かな方が読者も飽きないから、いくつか用意しておくこと。それから! 高いところから登場してもすぐに下に下りてくること! 後で登場した正義の味方がそれ以上に高いところに行かないと大変だから!」

 ミーナが門柱にずっといたために校舎の上に登らないといけなかったことを怒っているらしい。

「わかった」

「あと、男の子みたいな喋り方はやめなさいよ。魔法少女同士の戦いが興ざめになるじゃない」

「うう、わかった……わよ。これでいいんでしょ!」

「まあ、ぎこちないけど、まあいいわ。じゃあ、テイク2スタート」

「うう、なんで僕がこんな目に……」

「テイク3はないわよ。私だって忙しいんだから」

 頭を抱えているミーナににべもなくリリーは言い放った。ほとんど新人の役者と監督と言った感じである。

「あ、ご、ごめん。えーと……」

(そんな、いきなり言われてもなあ、思いつかないよ、挑発的な台詞って……そうだ! 昔、お母さんが僕を挑発した時に使っていた台詞をちょっといじれば、何とかなるか。よし!)

 皆瀬和久はこうと決めれば徹底的にやる。中途半端なことなどしない真面目な性格であった。そして、今は悪い魔法少女の役を演じることに決めた。

「ん……」

 ミーナは一度、目を閉じて、一呼吸置いて、再び目を見開くと、

「きゃははははは、いくらそんなことをしても無駄なことよ、小さいお嬢ちゃん。私の魔法はそんじょそこらの魔法じゃない、パーフェクト魔法なのよ。簡単に解けるものですか!」

 それまでのおどおどした雰囲気は微塵もなく、門柱の上には高圧的な態度の少女が立っていた。何度となく演劇部に助っ人で借り出された経験がこんなところで生きるとは本人も不本意だが、役には立っていた。

 リリーはミーナの豹変ぶりに少し舌を撒いて、雰囲気に気圧されたが、こちらも気合と根性は誰にも負けないと自負する正義の味方。すぐに立ち直った。

「あなたはだれ!」

「私は暗黒魔法少女……ファンシー・ミーナ」

 いかにも!というポーズで決めて、ミーナは無事に名乗り終えた。

(やっぱり、恥ずかしい!)

 顔には出さないでいるが内面は転げまわりたいほどの羞恥心で頭の芯が真っ白になりそうであった。

「カーット!」

 リリーは殺気のこもった視線でミーナを睨みつけた。

「はへ? なんで? 感情こもってなかった?」

「ファンシーはあたしの枕詞!」

(意味がない点では確かに枕詞だけど……用法間違ってるぞ)

 と思ったが、ミーナはそれを口にするのはまずいような気がして黙っていた。

「正義の魔法少女と同じにしてどうすんのよ! ファンシーなんて善玉っぽい名前じゃなくて、もっと悪役らしいのがあるでしょう!」

 リリーは地団駄を踏んで怒っている。実際にそんな怒り方など滅多に見られる代物ではない。よっぽど腹が立ったのだろう。

「だ、だって、知らなかったんだし、仕方ないじゃない」

「私を知らないなんて無知もいいところね! 全くこれだからぽっと出の悪役は油断も隙もない! いいから、別の名前にしなさい! テイク3、スタート!」

「え?もう?」

「あなたは何者!」

 ミーナの事情なんてものは一切無視され、真剣な茶番劇が再開された。

「わ、私は暗黒魔法少女……ら……ラスカル・ミーナ!」

 半ばやけくそ気味にミーナは適当に目に付いた広告看板の単語を頭につけた。

「ラスカル・ミーナ!早く、みんなを元に戻しなさい!」

「いやよ。どうしても元に戻して欲しいなら、そこで三回まわってミャーって鳴いて土下座して『美麗聡明なミーナ様。どうかみんなの魔法を解いてください』と頼めば考えなくもないけど。もちろん、考えるだけだけどね」

「ミーナ! どうしても解かないっていうのね!」

「当然よ。どうしてもと言うならまずは、この私を倒すことね。まあ、あなたにはまず無理だけど、お嬢ちゃん」

「失礼ね! 私にはファンシー・リリーって名前があるのよ! これでも史上最高の素質を持った正義の魔法少女! 知恵と勇気に溢れた愛と希望の救世主! 私の手にかかれば、あなたなんかぎったんばったんの、ぐっちょんぐっちょんの、けちょんけちょんにしてあげるわ。覚悟することね。その小生意気な鼻っ柱を地面に押し付けて上から踏みつけてやるわ。そうしてあなたは私に許しを請うことになるのよ、惨めったらしい声でね。うふふふふふふふ……ははははははは……」

 リリーはとても正義の味方とは思えない台詞に自ら酔いしれていた。

(戦闘中だって言うのに目を離すどころか逝っちゃってるよ、この子)

 ミーナはほとほと呆れたが、戦闘中に自己陶酔している所を攻撃しないのは手抜き、と後で言われてはたまらないと思い、軽く一撃先制攻撃をすることにした。それに、どうも、このファンシー・リリーと言う魔法少女はミーナを見くびっているようなので、この攻撃で相手が本気になれば自分が倒される可能性も高くなる。

 そうと決まれば行動は早かった。先ず魔法で脚力を一時的に増強して門柱から飛び降りて、一気に加速して、彼我の距離を人間業とは思えないスピードで一瞬にして詰めてしまった。

(加速に魔力を使ったから攻撃にまわせる魔力は気休め程度しかないけど、ないよりましだろう)

 ミーナはスピードを落とすことなく攻撃の間合いに入ると、魔力を込めた扇子を横薙ぎに一閃した。無用心に恍惚の世界を一人彷徨っていたため全くの不意をつかれ、リリーは避けることも出来ず、扇子はリリーの身体を的確に芯で捉えた。そのまま、扇子は完全に振り抜かれ、フォロースローも美しく決まった。

 一方、リリーの身体はきりもみにライナーで吹っ飛ばされ、バニーの一人にぶつかって、もつれるように二人は出来の悪いサスペンスドラマに出てくる崖から落ちる人形のように不自然に地面を十数メートル水平に滑落した。

(牽制の一撃でなんであんなに吹っ飛ぶんだ? 魔法少女の服にはダメージ軽減の魔法が施してあるんじゃないの?)

 ミーナは自分の着ているこの恥ずかしいコスチュームも生半可なことではダメージを喰らわないように魔法で防御力を上げてられている。相手も当然、それぐらいはしているだろうに。そうじゃなければ、あんな恥ずかしい格好している意味が……と怪訝に思って、不用意に間合いを詰めずに少し様子を見ることにした。しかし、リリーは相変わらず、ピクリとも動かない。

「?」

 もしかして、近付いたところを狙った捨て身の伏撃を狙って狸寝入りしてるのか? ミーナはこの距離からの攻撃を試みようとバトンに再び魔力を注ぎ込もうとした。しかし、その前にリリーと一緒にいたぬいぐるみ犬が滑るように彼女に近付いていった。

「リリー、リリー。ああ、だから、防御力を削って攻撃力にまわすのは反対だったんだ」

 攻撃は最大の防御。良くそんな台詞を聞くが、実際自分の身でそれをするものはあまりいない。もしそんなことをするものがいるのなら、それはよっぽどの勇者か、怖いもの知らずの大馬鹿者だけだろう。

(思い切った事する娘だな)

 真剣にミーナはその精神にある意味敬服した。間違っても自分はしないが。

「ん?!」

 リリーに気を取られて気が付くのが遅れたが、周囲のバニーが元の生徒と先生の姿に戻っていた。よく見ると先ほどリリーと一緒に吹っ飛ばされてのびているのは最初のバニーになった、バニー橋本だった。

 ぬいぐるみ犬もそのことに気がついたのだろう。両者の間にしばらくの沈黙が流れた。おもむろに犬の人形が気絶したリリーを魔法か何かで無理やりに立たせた。しかし、白目剥いて頭からは血が垂れているし、腕と足はだらりと垂れ下がり、糸の切れたマリオネットそのものだった。ビジュアル的にかなり怖い。

 何もなくても充分怖いのに、そこから更に力なく、リリーの腕がだらしなく上がり、ミーナの方を少し曲がった指で指差した。

「うふふ、私の作戦勝ちのようね」

 気絶したリリーの口がパクパク動き、リリーの声色を真似ようとしているのだろうが、ぬいぐるみ犬が喋っているのがバレバレである。指差していない方の腕はよく見ると脱臼しているのか、不自然なほどにぶらぶらしている。

「あなたに魔法で吹っ飛ばされたように見せかけて、実はその力を利用して私の魔法を上乗せして大元のバニーをやっつける。まさに骨を断たして肉を断つ!」

(逆だって)

「今日のところはこれで見逃してあげるわ。だけど、また悪いことをしようものなら、その時は必ず私が現れて、あなたを倒すから、そのつもりでかかってきなさい!」

 そのまま気絶したリリーを見えない糸で吊り下げたまま、ぬいぐるみ犬は去っていった。校舎の陰に消えるまでに、重さに耐えかねてか何度かリリーを落としてしまっていたが。

 リリーとぬいぐるみ犬が去った後の校庭には、リリーによって無差別に打ちのめされた生徒の屍の山から漏れるうめき声があふれていた。そして何をどうすればいいのか途方に暮れるミーナが一人残されていた。

 こうして一ノ宮中学集団バニーガール事件は一応の幕を閉じた。

 この事件を機に一ノ宮中学では校則に「バニー禁止」の条項が加えられた。そのため、校内のバニー愛好家たちが集まり、密かに秘密結社バニー愛好会を発足させたという。水面下で横の連携を得て、今まで以上に活発な活動をしているらしい。だが、これは関係の無いお話である。


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