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魔法少女ラスカル・ミーナ  作者: 南文堂
第1話 なりゆき! 魔法少女
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Aパート 誕生! 魔法少女?

 テレビ番組がメロドラマとワイドショーに占拠される昼下がりに、皆瀬家はごく平凡な一般家庭の居間に似合わないお客を迎えていた。その客はあたかも絵本や漫画に出てくるような魔女の姿をした、綺麗と言うよりもかわいい感じのする女性であった。しかし、そんな奇妙な格好をしているにもかかわらず、その家の主婦、皆瀬琉璃香(みなせ るりか)は何の疑いもなく平然と普通に彼女と向かい合って茶飲み話に花を咲かせていた。

「へえ、そうなんだ。陽ちゃん、がんばってるんだ」

 琉璃香はおせんべいを小気味よい音を立てて割り、お茶をすすった。肌の張りといい、プロポーションといい、まだ二十代半ばで通用しそうな美貌で、とても三十代後半、中学二年の子供がいるとはとても思えないほどであった。

「そうなのよ、ルーちゃん。支部長なんかになって、もう、張り切っちゃって。魔法少女の未来は俺にかかってるんだって」

 魔女の格好をした柊真琴(ひいらぎ まこと)も琉璃香に負けず劣らずの美貌の顔で困った表情をしたが、少しも困ったふうには見えなかった。

「そんなわけで、さっきの話、OKしてくれないかな?」

 両手を合わせて真琴は琉璃香を上目遣いで拝んだ。美人だが悪戯っぽい愛嬌のある表情は魅力を増幅させていた。

「そんな……面白そうなこと断るわけ無いじゃない。気にせずにバンバンやっちゃってくれていいわよ」

「ありがとう!さすがルーちゃん、話がわかるわ!」

「ただいまー」

 丁度話がまとまった時にタイミングよく、玄関の方から若い男の声が聞こえた。琉璃香と真琴はにやりと笑って顔を見合わせた。

 居間から玄関まではさほど離れていないが、琉璃香は身を乗り出して帰宅した自分の息子にお帰りを言って、居間に来るように手招きした。

 彼は母親に呼ばれて居間の方を覗くように顔を出した。中学二年にしては少し小柄だったが、顔立ちもなかなか精悍な感じの男の子だった。

「…………えーと、はじめまして、息子の和久です。いつも母がお世話になってます。ゆっくりしていってください。それでは失礼します」

 帰ってきていきなり居間を覗いたら奇妙な格好をした客人がいて、しかもその客人が自分の事をじろじろと眺め回すのであれば、いくら母親の知り合いだろうと、誰だって関わりたくはない。彼もそれは同じ事だったらしく、棒読みで定番の挨拶を済ますとその場をすぐに離れようとした。

「かずちゃん。お話はまだ済んでいないのよ」

 しかし、琉璃香はそれを許さず、逃げるように二階へ上がろうとする和久を素早く引き止めた。

「嫌だ!」

「まだ何も言ってないわよ」

 琉璃香は華奢な外見に似合わず強引に階段にしがみついていた和久を引き剥がして、そのまま居間まで彼を引きずって戻ってきた。

「母さんが何か話のあるというときはろくな事はないじゃないか!」

「そんなの最後まで聞いてみないとわからないでしょう?」

「今回もきっとそうに決まってる! 何処まで小さく出来るか実験されて家の中で遭難して死にかけたり! ダイエットの薬の実験台にされて体重がマイナスになって成層圏まで飛んで行きそうになったり! 自分そっくりの人造人間をわらわら作られたり! それを怪獣の餌にする時に間違えられて屠殺されかけたり! と・に・か・く! 今までろくなこと無かったじゃないか!」

「母さん、悲しい。かずちゃんがそんな冷たい子になっちゃうなんて」

 よよっと崩れながらもちゃんと和久の服の裾はちゃんと握っている所はさすがに抜け目はない。

 和久は真剣にズボンを脱いで脱出しようかと考えたが、思春期真っ只中の彼には見知らぬ女性の前でパンツ一丁になるのはさすがに抵抗があって、その案はすぐさま却下された。

「泣いたって無駄だよ。もう、絶対母さんの思惑通りにはならないからな!」

「そう。わかったわ。それなら、こっちも力ずくで行くわ」

 琉璃香は立ち上がって服の裾を離すと和久と少し距離をとって身構えた。

 琉璃香から発せられる気迫に和久は全身に緊張を走らせた。実力に加え老練さも母親にはかなわない。何もなしに琉璃香の脇を抜けて脱出するのはまず不可能だが、何か仕掛けてくるなら、その隙を突けば脱出できる可能性が少しは高くなる。

 和久は全神経を琉璃香に集中し、どんな些細な動きも見逃さずにその隙をうかがった。琉璃香もそれがわかってかフェイントの掛け合い、息詰まる見えない攻防が二人の間を交錯していた。

「残念でした。やっぱり子供ね。後ろががら空きよ」

 不意に後ろから声をかけられて和久は完全に虚を突かれて、無防備に声の方に振り返ってしまった。振り返った途端、真琴と目が合い、そのまま金縛りで体の自由を奪われてしまった。和久は金縛りを解こうともがいていたが、いつも琉璃香にかけられるものよりも強力らしく、一向に解ける気配はなかった。

「ふふふ、抵抗しても無駄よ。いくら琉璃香が、百年に一人の逸材と呼ばれた暗黒魔法少女と言っても一線を退いて久しい上に子供も生んでいるのよ。正義の魔法少女から修行を重ねた現役バリバリ、正義の魔法使いの私の魔法とはレベルが違うのよ、レベルが」

 和久はこんなことをしていて何処が正義なんだと抗議の声を上げようとしたが、その声すらも出ない。どころか口も動かない。

「正義には多少の犠牲はつきものよ」

 和久の心を読んでか、真琴がそう言うと少し恍惚とした表情で紅い唇を舌なめずりした。その妖艶さは絶対に正義の魔女とは絶対に信じられない。和久は蛇の眼前にいるネズミのように戦慄が背筋を突き抜け、必死に抵抗したが、どうにもならない。

「さあ、正義のために悪い魔法少女になっておしまい!」

 言ってる事が矛盾している! 和久の悲痛な心の叫びは誰にも聞かれることなく、床に浮かび上がった魔方陣が発動して和久の体に変化が始まった。

 全身の骨が軋む嫌な音が聞こえ、和久は苦痛に顔をしかめた。彼の身長はみるみる縮まっていき、それが収まる頃には、さっきまでぴったりだった学生服はぶかぶかになって、袖の先からは指先だけがかすかにのぞいていた。全身も元の身長に比べてニ、三割程小さくなっていた。

「まだまだ第一段階よ」

 真琴のその台詞に反応するかのようにやや日に焼けた浅黒かった皮膚が汚れをふき取るかのように白く滑らかに変わり、全身を引き締めていた筋肉が少なからず脂肪へと変化してぽっちゃりとしたかと思うと、その脂肪が胸に移動してワイシャツと学ランを押し上げるように膨らみ、腰の辺りにも集まってズボンが張りを取り戻した。脂肪が移動した結果、対照的にウエストのくびれが強調され、全体のシルエットが直線的から曲線的へと変わり、顔の輪郭も丸みを帯びて、頬は柔らかく、唇は艶やかに、鼻は愛らしく、自然にまつげがカールして伸び、目のパッチリとした美少女へと変わっていった。

「もう、いっちょ!」

 真琴の気合に合わせて短かった髪が一気に長く伸びたかと思うと、今度は毛先からさらさらの金髪へとなり、髪が自らの意思でポニーテールにまとまった。

 もうそこにはなかなか精悍な顔立ちの皆瀬和久の姿はなく、背も低くてかわいらしい幼さを残しながらもどこか妖艶な感じのする学ランを着た美少女がいるだけだった。

「これはこれでそそるけど、やっぱり、それなりの事をするのにはそれなりの格好をしなくちゃね」

 真琴が指を鳴らすと学生服が飴のように溶けて黒く光沢をもった粘度の高い液体になったかと思うと、それが身体にフィットするようにまとわり付き、光沢があって光の反射加減で赤茶に見える黒のミニスカートの際どいコスチュームに変化した。袖が肘まである手袋になって、ズボンはつま先まで包み込み膝までのハイヒールのロングブーツに変わっていた。

「なかなかいい感じね。まさに悪い魔法少女って感じ」

 自分の仕事に満足したのか真琴は一人頷くと和久の金縛りを解いてやった。

「あ……あう……」

 和久は金縛りが解けてもしばらく上手く体が動かせないのかぎこちない動きで自分の体を確認するかのように体をひねって全身を見た。全体的にはわからなくても、視界に入ってきた華奢な腕、膨らみのある胸、くびれた腰に丸いお尻、スラリとした脚と締まった足首を見れば何に変身させられたか想像することは容易かった。

「お、女の子にするなんて酷いじゃないですか! 元に戻してください!」

 怒鳴った声が何の迫力もないソプラノのかわいらしい声に変わっていたのに和久は目眩を覚えずにはいられなかったが、くじけずに真琴を睨みつけた。しかし、それすらもたいした効果を得られないことは誰の目にも明白だった。

「えー。せっかくかわいくできたのに」

「かわいくありません!」

「これでも?」

 真琴は軽く指を鳴らすと和久との間に一枚の姿身の鏡を出現させた。和久は今の自分の姿を初めて目の当たりにした。

「……これが僕? って、お約束な事をやらせないで下さい!」

 とは言ったものの、そこいらのアイドルよりもかわいい女の子になったことに満更でもない気持ちが心の片隅に現れたのを和久は感じたが、ここでそんなことを気取られては大変とばかりに頭の片隅から追い出した。

「結構本気だったくせに」

 鏡の縁から真琴が意味ありげな笑みを浮かべた顔を出した。一瞬ぎくりとしたが、和久はなるべく平静を装って抗議を続けた。

「と、とにかく、僕は男なんです!かわいい女の子は見るのは好きだけど、なるのは嫌です」

「んー、しょうがないわね」

 真琴はむくれた顔を見せて鏡の裏に姿を隠すと鏡を赤い房の付いたやや幅のある、銀色の棒状の物に変えて、和久の前に浮かべた。

「なんです、これ?」

「まあ、先ずは受け取りなさい」

 和久は言われるままにそれを手にとって、その板のような棒のようなものがどうやらかなり大きくはあるが扇子であることに気が付いた。開き方によってはハリセンのようにもなった。

「それはバトンの代わり。鉄扇として使うもよし、ハリセンとしてどつくもよし、たてに使うもよし、ブーメランにするもよし。商品化の予定はないから何でもありありで好きに使ってくれていいわよ。魔力の使い方はわかっているわね?」

 和久はこくりと頷くと「よろしい」と真琴が言い、

「正義の魔法少女用って商品化しなくちゃいけないから物理法則にある程度拘束される分、面倒だけど悪の魔法少女はその点は気にしなくていいから楽よね」

「はあ、そんで、扇子ですか……」

 和久はその大きな扇子を広げたり閉じたりと弄んだ。

「そう。センスいいでしょう」

「……」

「……」

「……と、とにかく。あなたの要望にお答えして、その扇子にはかわいい女の子を見られる機能も付け加えておいたから感謝しなさい」

 真琴はさすがに気まずい空気を感じて話題を無理やり元に戻した。

「え? 本当に? あ、いや、そうじゃなくて! 元に戻してください!」

 話が外れていっている事に気が付いて和久は少し泣きの入った鼻にかかった甘い声で懇願した。並みの男性ならぐらついてしまうほどの甘い声だが、男性でもなければ並でもなかった真琴にはまったく通用しない。

「いやよ。それに元に戻すなんて、変身させた私にもできないわよ」

 そっけない真琴の言葉に和久の視界は暗くなった。脳裏にはご近所で「奥さん、あの子よ。例の男の子が女の子になった子」「えー?全然そんなふうには見えないけど」「でも、そうなのよ。世の中不思議よねえ」「ねえねえ、あれってどうなってるのかしら?」「いやあねえ、奥さんたら」などと井戸端会議のネタにされたり、学校で男子に「男同士じゃないか」とか言われて裸にされたり、胸やお尻を触られたり、かと言って女子からは「元男でしょう」とか言われてトイレやロッカーを使うのを拒否されたり、理不尽ないじめられたりして、結局どちらにも仲間にも入れずに一人寂しくこれからの学生生活を過ごさないといけないなど暗い未来予想図が走馬灯のように流れていった。

「条件付呪いなんだから条件を満たすまでは絶対に解けないわよ」

「そんな! それじゃあ、その条件って何ですか? 目でピーナッツを噛むんですか? それとも鼻からスパゲティーを食べるんですか? 何でもしますから教えてください!」

 真っ暗な未来予想の走馬灯を急停止させて和久は藁をもすがるつもりでクモの糸に飛びついた。

「そんな誰でも出来ることは頼まないわよ」

 そう言って、真琴は目でせんべいをバリボリと噛み砕き飲み込むと

「悪いことをして、正義の魔法使いにやっつけられたら魔法が解けるようにしておいたの。そうしない限り、一生、死んでも、そのままよ。アニメなんかみたいに死ぬ間際に一瞬だけ元に戻れるなんていう詰めの甘さはまったくない、完全無欠のパーフェクト呪いよ。まさに私ならでわの完璧な仕事よ」

 真琴はあちら側に行ってした目で自らの肩を抱き、自己陶酔していた。

「……」

(わざと負けよう)

 和久はこちら側に行って帰ってこない真琴を見ながら、こんな馬鹿げた事を早く終わらせて日常生活カムバックを固く心に誓った。ビバ、平凡!

「今、それならわざと負けようと思ったでしょうけど、それは駄目よ」

 固く誓った瞬間、現実世界にカムバックした真琴はビシッと和久を指差して、釘を刺した。五寸釘サイズを心臓にぷすりと。

 和久は余りのタイミングのよさに心臓をばくばく言わせて、目に見えて動揺してしまった。

(読心術ができるんじゃないのか?)

 和久は本気で考えて、得体の知れない恐怖に身震いした。それだけでも充分和久の心肝を冷やしたのに、真琴はさらに駄目押した。

「もし、そんなことしたら、生まれてきたことを後悔させて・あ・げ・る」

 真琴は笑顔で和久に近寄って優しく言ったが、その目は全然笑っていなかった。むしろ強面で脅される方が数倍マシで、蛇に睨まれた蛙のごとく本能的恐怖に和久は涙目になりながら狂ったように首を縦に振る以外は成す術は無かった。

「よろしい。お姉さん、物分りのいい子は好きよ。さて、何か質問は?」

 理性と本能を屈服させたことを感じ取り、満足したのか今度は普通に微笑んで真琴は和久から離れた。和久は重圧から開放されて、ほっと安堵の息をつくと、和久の頭にある疑念が浮かんできた。

「……真琴おばさんって、本当に正義の魔女ですか?」

「つべこべ言ってないで、とっとと悪いことしてきなさい! それに、私のことは真琴お姉さまとお呼び!」

 和久の率直な疑問は真琴の逆鱗を二枚ほど、剣山で力いっぱい逆撫でし、真琴はこめかみに血管を浮き上がらせてどなると、足を踏み鳴らした。それを合図に和久の立っていた地面が消えて真っ黒い穴ができ、和久は体が浮き上がるような感じを受けつつ見えない穴の底へと向かって自由落下した。和久は脳裏浮かんだ言葉を思わず叫んだ。

「イル○ラッツォ様ぁ」

 …………余裕あるやん。

「って、誰? デ○ラー総統なら分かるけど」

 穴に落ちていく和久を横目で見ながら真琴は隣にいた琉璃香に訊いてみた。

「知らない。それにしても古いわね。カリ○ストロ伯爵ぐらいにしときなさいよ」

 息子がそんなことになっているにも関わらず平然と、いやむしろ嬉々としてお茶をすすっていた琉璃香は首を横に振った。


 二人の間では平和に、ちょっぴり○○な会話が交わされていたが、穴に飲み込まれた和久の方はそれどころではなかった。真っ暗闇の中を自由落下して平衡感覚を失い、目を回して気を失いかけたが、そうなる前に明るい出口が見え、そこから勢いよく吐き出された。

 突如地面に空いた虚無な黒い穴から和久は数メートル飛び出すように吐き出され、穴は和久を吐き出すと同時に消え去り、何もない地面に変わった。

「わわわわ、わわ!」

 迫り来る地面に顔面から着地だけはなんとしても避けようと和久はとっさに身を丸めた。さすがに平衡感覚を失っていたせいで綺麗に着地することはできず、地面にしたたか腰を打ちつけたが、なんとか最悪の事態だけは避けることには成功した。

「あいてててて……無茶苦茶でごじゃりますがなって、ここは? ……学校の裏?!」

 和久は周りを見て見覚えのある風景に少しほっとしたが、今の自分の姿を思い出して一番来たくない場所に送り出されたことに困惑した。しかし、不幸中の幸いで裏手には滅多に人が来ないとあって、今の常識外れな出現を目撃はされずに済んだことをせめてもの救いと自分の運に感謝した。

「できればこのまま、見つからずに何とか別の場所に移動したいな」

 和久は何はともあれ、いつまでも地面に座っているわけにもいかないと立ち上がってスカートの汚れを手で払うとその柔らかいが弾むような感触が伝わってきた。

(女の子のお尻なんだ)

 その感触で何か倒錯した妙な気分になったが、その気分はすぐに中断させられた。

「あれ! 君は?」

 校舎の陰からごみ箱を抱えて姿をあらわした明らかに運動不足の貧弱な痩身中背の体を黒の学生服に包み、黒縁眼鏡をかけたにきび顔の中学生がごみ箱を放り出して和久の方に近寄ってきた。

(げっ! 三組の橋本だ)

「え、あ、いや、その、まあ、なんというか」

 学校の裏手など日頃あまり人が来ないのにどうしてこう言うときには来るんだと和久は理不尽な怒りを覚えながらも、ここを何とか上手く切り抜ける手はないかと必死で脳をフル回転させていた。

「君、気合の入ったコスプレだね。撮影会? そんなのあったっけ? どこかのサークルの? ねえ、何のコスプレ? あ、ちょっと待って、当ててみるから……」

 和久の思惑などお構いなしに橋本は人差し指を眉間あたりに当てて眼鏡を直すと嘗め回すように和久の体を観察した。

 身の毛のよだつような橋本の視線に和久は実際鳥肌を立てて恥らうように身を縮めた。

「……えーと、黒のエナメルっぽいコスチュームってことはライバルの魔法少女系……金髪だからミサ様が近いけど、ポニーテールだしなあ……なんだろう? ……もしかしてオリジナル? すごいや。誰のデザイン? ベースはやっぱりミサ様? 僕的にはバニーさんが好きなんだけど、ここまでばっちり決められたら全然オッケーだよ」

 橋本は自分の言いたいことを言うと一人満足して興奮して頬を上気させていた。

「ちょ……」

「ねえ、だけど今度、バニーのコスプレ考えてみてよ。いいと思うんだ。君なら絶対着こなせれるよ。あ、今度のには参加するの? 出るんなら絶対寄らせてもらうよ。そうだ! その時にさ、バニー持っていくからちょっとだけ着てもらえないかな?」

 和久のことなどまったく無視して橋本は自分の言いたいことだけを機関銃のように浴びせ掛けて、和久が何か言いたくて口を開いて何かを言いかけても、一言も発しないうちから次々に喋り続けていた。

「大丈夫だよ。封も開けてない新品だから変なことはしてないし、ねえ、着てくれない? ちょっとでいいんだ……ちょっと着てくれたら、ちょっと写真撮らせてもらうだけだから」

 人の話を聞かずに暴走する橋本にいいかげん怒りが溜まってきた和久は手に持っていた扇子に魔法力を注ぎ込み、ハリセン状にすると、

「そんなにバニースーツが好きなら自分が着てろ!」

 橋本を力の限りぶっ叩いた。ハリセン扇子が橋本にヒットすると同時にまばゆい光が彼の全身を包み込み、ズボンが細かい穴が無数にあき、生地が収縮して足にフィットし、目の細かい網タイツへと変化を遂げた。その網タイツが包んでいる足は白くてむっちりとした曲線美の女性の脚になっており、学校指定の革靴もかかと部分が飴細工のように伸び、つま先が細く尖ったハイヒールに変わり、足首はきゅっと締まってリボンが結ばれた。

 黒の学生服の方はエナメルの光沢を持ったかと思うとボタンが消え、肩の部分が溶けるようになくなり、白くまぶしい肩があらわになり、鎖骨のラインが悩ましい色気を出していた。袖が消えるごとに現れる滑らかな肌の白い腕、最後にカッターの袖口だけが残り、それがカフスのついた袖口に変わる頃には、太く短い指手は長くしなやかな指へと変化が終わっていた。学生服のカラーの部分が襟になり、黒い蝶ネクタイが細い首に巻かれた。

 残っていた学生服の胸の部分がカップに変わるとそれに合わせて胸が膨らみ、ウエストが締まると体もそれに合わせて締まり、裾がお尻を包むとぴんと上に向いた丸いお尻へと変化し、その上に白く丸い綿毛のような尻尾がぽんと生えて、前の部分は股の間に伸びてハイレグカットで股間を包んだ。ぴっちりと包み込んだそこに本来なら浮き上がるはずの男の象徴はなかった。

 にきび一杯のでこぼこ顔がすっきり滑らかになり、メガネも消え、髪が肩まで伸び、埋没して細い目も二重の大きなパッチリとした目になった、ちょっとぽっちゃりとした感じの美少女に変身していた。最後に仕上げとばかり頭の上にウサギの耳を擬したアクセサリーがぴょんと生えて変化は終了した。

(こ、これが、真琴おねえさまの言っていた「かわいい女の子を見れる機能」か?)

 何が起こったか全く把握できずにただ呆然とそこに立ちすくむかわいいバニーガール。その姿に変身させた張本人も呆然として、無意味に時間だけが流れた。

「あ、あ、あ、あわ、あわ」

 やっと正気を取り戻した美少女と化した橋本は姿に見合ったアルトの声で意味不明な言葉を漏らして、自分の身に何が起こったのか理解できずにいた。それでも、次第に自分の状況が理解できてきたのか、手を見て、脚を見て、股間を覗き込んで、押さえて、尻に触って、胸を揉んで事情を把握して和久のほうを今一つ焦点の定まらない目で見た。

「か、かがみは?」

 和久は扇子を広げると、その面を鏡にして橋本に変身した後の姿を見せてやった。

「うおおおおおおおおおお!」

 バニーガールとなった橋本は天を仰いで絶叫した。

(そりゃあ、びっくりするよな。さっきまで男だったのに、いきなりぶん殴られたらバーニーガールになったんじゃ。見るのは好きでも、なるのは嫌だろう)

「神様ありがとう! バーイ、スターリング!」

「……は?」

 自分の予想に反した感謝の言葉、しかも意味不明な台詞に和久は意表を付かれて目が点になった。

「ロリータ顔にナイスバディー! 僕の理想!バニーになれるなんて夢のようだ! 男だからバニーコートを着ることなんて一生できないと諦めていたのに夢じゃないかしら! ああ、もし、夢ならこのまま覚めないでちょうだい」

 和久のことなど無視して自分自身を抱きしめてバニー橋本はぐるぐるとその場で回っていた。言葉遣いもいつのまにかに女言葉になっていた。

「まさに、あなた様はあたしの救世主です! ぜ、ぜひ、あなた様のお名前をきかせてください!」

 やっと思い出したのか、和久の方を向いて神様でも見るかのように両手を組んで懇願してきた。

「はあ、僕は皆……」

 思わず本名を行ってしまいそうになって慌てて両手で自分の口を抑えた。

「みな? みな、みな……そういえば、二組に皆瀬って……」

 バニー橋本は小首を傾げて考え込んだ。なかなかかわいらしい仕草ではあったが、和久にそれをゆっくり鑑賞しているだけの余裕はこれっぽっちもなかった。

「いや、あの、みな、じゃなくって、えーと、みいな……そう! 私の名前はミーナ!」

 とにかく怪しまれないうちに取り繕おうと皆瀬のみなを少し変形して名乗った。

「ああ、みーな……ミーナ様ですね? 素敵なお名前でございますぅ」

 和久、ミーナの心配は他所に、バニー橋本は名乗るに当たっての不自然さなど全く気にも止めずに目をとろんとさせて、うっとりとしていた。ミーナは心なしか橋本の動きが女性的になってきているように感じた。

(これも魔法のせいなのかな? 言葉遣いも変わっちゃってるし。まあ、女の子に変身してるから違和感は感じないけど)

 何とか危機を脱して気が抜けたのか、ミーナはそんなたわいもないことを考えてバニー橋本をぼんやり眺めていたが、陶酔していたバニー橋本が突然ミーナに向き直った。突然の動きに和久はびっくりして、ちょっと後退った。

「それでミーナ様はこの学校に何をされに? あっ、わかりました! この学校の生徒を全員バニーにして、ここをバニー帝国の建国の礎にされるおつもりなんですね。わっかりましたですぅ。そういうことでしたら、不肖このあたしが粉骨砕身ミーナ様にお仕えいたしますぅ。ミーナ様に永遠の忠誠を誓っちゃいますぅ」

 変身してもその性質が変わることはなく、勝手に妄想を暴走させてバニー橋本はミーナの思惑も話も聞かずに喋りまくってその台詞に自分で感激して涙を流していた。

「いや、そうじゃなくって……」

「さあ、行きましょう! 全人類バニー化計画のために! レッツラゴウですぅ」

「違うって!」

 和久の事情など全くお構いなしにバニー橋本はミーナの手を取ると正門のところまで強引に引きずっていった。


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