さよならの夕陽。
外の光は、いつもと違かった。光は、冷たく、空気は肺を刺した。凛と別れる。もしかしたらと思わない日はなかった。凛と結婚し、優奈と3人で暮らす。一緒に居られるだけで、幸せ。そう思っていたのが、次第に、夢みるようになっていた。
「結局、無理だったんだよ。」
隣に誰が居るわけでもない。翔は呟いた。
「一緒に居られる訳がない。」
悦史と凛を見た。その時、二人の間には、入っていけないと思った。自分は、ここにいいては、いけない。家族の姿がここにある。
「さよなら。」
もう、このマンションにくる事はない。何度も、ここに通った。優奈の迎えてくれる明るい笑顔が好きだった。凛の笑顔も好き。目元に出来る笑い皺。自分が年上である事を気にしていた。髪の匂いが好き。しっかりしているようで、抜けている所が好き。一つ、一つ、凛の好きな点をあげていく。鼻の奥がツーンとしてきた。目元が熱い。こんなにも、自分は・・・。凛と離れがたい。翔の目から、涙が、零れ始めていた。
「凛。」
別の人生を歩こう。大切な人の幸せを願って別れる。そんな愛情の形もある。その後、どう帰ったのか、覚えてなかった。無意識で、マンションのドアを開け、部屋に倒れ込んだ。何も考えたくなかった。食べる事も寝る事も、出来なかった。何かをするという気力がなかった。時間だけが、過ぎていく。自分の意思とは、関係なく時間だけが、過ぎていく。何度も、電話がかかってきていた。メールも届いていた。そんな携帯を見る気さえにならない。カーテンさえ閉める気もなかった。いくつかの夕方が来ていた事に気付いた。心だけが、寂しがっていた。夕焼けが綺麗だった。
「翔?」
杏奈からも、心配する連絡が入っていた。
「仕事。無断で休んでどうするの?」
翔を心配して、店長からも、何度も連絡があった。
「杏奈。」
翔は笑った。結局、別れた、女に頼っている。
「仕事辞めるわ。」
「何があったの?翔。私で良かったら、話して。」
「無理だよ・・。」
杏奈も、気付いていた。
「別れたの?」
翔は応えなかった。
「そうなのね。」
杏奈は、電話の向こうで、翔がどんな様子でいるのか、察しがついていた。翔が、どんなに、凛を思い、今、傷ついているのか・・・。
「私に出来る事があったら、言って。」
「そうだな・・。」
翔は言葉を探した。
「杏奈。我儘言ってごめんな・・。」
「そんな事ない。」
「一人になりたいんだ・・。」
「うん・・。」
何故か、杏奈は泣いていた。
「わかるよ。翔。」
「俺。最初に戻りたいんだ。ごめんな・・。杏奈。」
「いいよ。翔。」
杏奈は、電話を切った。窓からは、夕陽が差していた。いつか、凛と見た夕陽。翔の影だけがあった。
「終ったんだよ。」
ため息が出た。やる気がでない。凛が、翔の全ての生きる気力を奪っていた。何日か過ぎた後、連絡のとれない息子を心配して、母親が顔を出した。母親が目にしたのは、やつれ果てた我が息子の姿だった。