夜桜。
桜の海が、眼下に広がっていた。街の中央に、ある花見山。展望台から、見下ろすと一面の海。時間は、もう7時を過ぎていた。帰ろうとする凛を引き止め、優奈を一緒に迎えに行って、一緒に見る夜の桜。
「綺麗・・。」
凛は背伸びして、桜に顔を近づけていた。
「無理して・・。届かないじゃん。」
翔は、笑った。
「バカにして・・。」
翔の膝の裏を蹴った。
「脚の短い人には、言われたくありません。」
「脚が短いんじゃないの。頭がでかいの。」
言い返す翔。もう、凛の家族は、バラバラになってしまうのだろうか・・。それは、不安でもあり、凛と夫が、別れるという事は、翔にとって、複雑だった。このまま、凛に自分の思いをぶつけていいのだろうか?翔は苦しんでいた。逢えば、逢うほど、凛に魅かれていく。引き返すのなら、今のうちだ。もう、自分の中で、凛はなくてはならない存在になり、自分を支えていた。これから先、凛を失う事なんて、考えられない。自分は、このまま、凛の傍にいていいのだろうか?度重なる、旅行や逢瀬で、逢わないでいる事ができなくなっていた。
「優奈も桜みたい!」
この小さな凛に、自分はどれだけの事が出来るんだろう・・。
「おにいちゃん。抱っこ」
優奈は、手を差し出した。
「優奈。重そう・・。」
「ひどい。」
優奈は、唇を突き出して怒るのだった。この親子の力になりたい。
「ねぇ。凛?」
「はい。」
凛は、振り返った。
「俺は、力になれるかな?」
「どうしたの?急に。」
「凛と優奈の力になりたい。」
「大丈夫よ。」
ゆっくりと、凛は、微笑んだ。
「翔は、力になってる。もう、十分にね。」
「本当に?」
「そう。私は、頼りにしてる。最初は最悪だったけど。」
「あっ・・。」
店のレジであった、最初を翔は思い出していた。
「最初って?どの?」
「倉庫で逢った時。」
凛はキスした時と言いそうになって、紅くなった。
「じゃなくて・・。」
「何、紅くなってるの?」
「いや・・。その。」
「初めて逢ったのはね。」
翔は、レジで逢った日の事を話した。
「凄い・・。落ち着かない人なんだろうな・・。って、思ってた。」
「今は?」
凛は、鼻を突き出した。
「やっぱり、落ち着かない人。」
翔は、笑った。この時間が、ずーっと、続けばいい。翔は思っていた。でも、この後、翔は衝撃的な場面を見る事になる。マンションに戻ると、凛の夫・悦史が、戻っていた姿だった。この日の光景を忘れる事は出来なかった。