恩着せがましい婚約破棄
すみません、魔法だの魔物だの出てくるのが異世界で、適当貴族の話は現実世界だと思ってたんですけど、どうも違うようなのでジャンルを異世界に変えます。
「あー困ったなあ~~、どうしたらいいんだろう~~」
王宮の執務室。
今の声はこの王国の王太子殿下。
そして私は公爵家の娘、クラウディア。
王太子と婚約しているため、週に何度か、ここで一緒に仕事をしている。
「あ~~~まずいなあ。どうしよう~~~、今日中に報告書をまとめなくちゃいけないのに~~」
今日何度目の独り言だろう。どんどん声が大きくなる。
「どうかしたんですか」と聞かれたいんだろうけども、聞いたら負けなことはわかってるので、無視して自分の仕事を進めていると、
「人の命にかかわるような、大事な用ができちゃったんだよなあ、困ったなあ~~~」
とうとう勝手に話し出した。
「エドガーから大事な相談があるって言われたんだよなあ、俺は今日は、公務があるから時間がないって言ったんだけど、『そこをなんとか頼む、1秒でも早く聞いてほしいんだ』って頼み込まれちゃったんだよなあ~~。無理なのに~~」
「……」
「俺だってわかってるんだよ、いつもクラウディアにまかせてるから、いつまでたっても報告書の書き方を覚えられなくて、そのせいで時間がかかるってことは。覚えるために、自分で書けってきつく言われてるし~」
「……」
「だけどさ、エドガーが心配で手がつかなくてさ~。もしかして、今あいつの話を聞かなかったせいで、一人で思い詰めて、身投げでもされたらどうしようって考えちゃうんだよ。もしそんなことになったら、クラウディアだって責任感じちゃうだろ?」
うるさいな…。
責任感じるわけないだろ。
エドガー様と口裏合わせて、公務から逃げようとしてることぐらい、この部屋にいる誰もがわかってるっつーの!
でもこううるさいと、こっちも仕事が進まないので、しょうがなく話しかける。
「殿下」
やっと気づいてくれたあ~、という顔で期待を滲ませる殿下に、
「報告書を代わりに書いてほしいというご要望ですか?」
と聞くと、大げさにブンブンと手を振って
「まさか! 俺がそんなこと頼めるわけないじゃないか! 俺が仕事を覚えないせいで迷惑かけてるのに! ちゃんと覚えるために、これは俺がやらなくちゃいけないんだよ!」
と言う。
「じゃあやって下さい」
「だけどさ! クラウディアがさ、『エドガーが心配だから、早く行ってあげてください』って頼むんならさ! 公務を放り出して行ってあげてもいい、と思ってるんだ! クラウディアの優しさを踏みにじるわけにはいかないから!」
またこれか。
「やりたくないので代わりにやって欲しい」と、素直に頼むならまだ可愛げがある。でも彼は、自分がやりたくないくせに、「君が望むなら、代わりにやらせてあげてもいい」という、恩着せがましい言い回しをするのである。本当に腹が立つ。
先週もこんな感じで、私に公務を押し付けてトンズラしたんだが、王妃に咎められたら「クラウディアの願いだったから…」と私が頼んだような言い方をしやがった。
私の願いは「ぶつぶつうるさい独り言のせいで仕事が進まないから、静かにできないなら出てって」だ。責任転嫁にもほどがある。
幸い、ここには従者や護衛という証人がいるので、殿下の言い分がおかしいことはわかってもらえたが、王妃に
「あの子の手綱をうまく操るのも王太子妃の務めですよ」
と言われてしまった。
おまえがしつけに失敗したんだろうが! 私に責任取らすな!!
と思ったが、口には出さず我慢した私は偉い。
「ああ~エドガーが心配だなあ~~~(チラッ)、クラウディアは優しいから、もっと心配だよねえ~?(チラッ)」
はああーまだ続いてた、チラッチラッ見るなや、うざすぎる。
従者も護衛もうんざりして『なんとかして』って顔で見るのやめて。
私はため息をついて、「わかりました」と言った。
それを聞いて、嬉々として「では、俺はこれで」と立ち上がろうとする殿下を手で制して
「殿下はここにいて下さい」と座らせ、従者に「神殿と、エドガー様の伯爵邸に使いを出して。『エドガー様が身投げをするほどに悩んでいる』と伝えてちょうだい」
「え」
「先日もその前もそう言って殿下を呼び出したのに何の解決もしていない。それはもう殿下の手には負えないということです。ご家族と神官に悩みを聞いてもらうべきですわ」
「いや、でも、そんな大事にしたらエドガーが…」
「身投げするかもしれないというのに、大事ではないとおっしゃるの? プロにまかせるべきです! それがエドガー様のためだと思いますわ!」
強く言い切ると、殿下もそれ以上食い下がることができなかったようで、嫌そうに報告書に戻った。
小さく「でも…」とか「やっぱ…」とかぶつぶつ言っていたが、
「まだ何か!?」
と睨みつけると黙った。
報告書は私が手取り足取り教えながら書かせたが、たぶん理解できてない。
それからは、エドガー様の名前を出すことはなくなったが、
「庭園のバラが枯れていた。バラが好きな君はきっと、庭師に何かあったのだろうか、と心配してるのではないか? もちろん俺には仕事があるからこの場を離れられないけど、でも君が、どうしても心配だというなら、庭師に会って話をきいてきてあげるよ」
だの
「君が無能だという噂が広がっているらしい。もちろんそんな噂は事実無根だとわかっているが、君の名誉を回復するために、俺はいつだって君に、俺の分まで仕事をやり遂げる栄誉を与えてあげるよ!」
だの、相変わらず恩着せがましい戯言で仕事をさぼろうとしていた。
しかし
「バラの時期が終わっただけでしょう」
「私は無能で結構ですので、殿下に私の分までやり遂げる栄誉をさしあげますわ」
と言って黙らせた。
そんなふうに、公務から逃げようとする殿下を抑えていたつもりでいたが、殿下は今度は浮気に逃げた。
「嫌がってるのに仕事をやらせようとするんだよう」
と愚痴る殿下に
「かわいちょうでちゅね~」
とヨシヨシしてくれる令嬢が現れたのだ。
本当にどうしようもない。勉強も嫌いで公務も嫌い、さらに浮気って、廃嫡まっしぐらじゃん。王族に、しかも婚約者がいる王太子に、近づく女もろくなもんじゃないだろうし、2人して平民にでもなんでもなってくれ。
この、どうしようもない殿下の行動も言い回しも、記録係に記録してもらっている。水面下では第二王子と婚約を結び直す予定も立っている。息子に甘い王妃様も、浮気と淫行には厳しかったので味方になってくれた。あとは婚約破棄を言い出すまでの間、この珍しい生き物をニヨニヨと観察して過ごすつもりだ。
「クラウディア」
「なんでしょう殿下」
「卒業パーティーでは、婚約者がドレスを贈ることになっているな」
「そうですね」
「しかしな、王族である俺の使うお金は、民の血税だよな」
「そうですね」
「なるべく節制するのが民のためだと思うのだ」
「なるほど」
「しかし君の公爵家は違う。商業や鉱業で稼いだ潤沢な資金を、買い物に使って経済を回すことが民のためになる。だから君が、民の為にお金を使いたい、と思っていることはわかっている! その気持ちを汲んで、ドレスは君の家で用意させてあげるよ!」
「ほお…」
「そしてドレスの予算は、貧しくて新しいドレスを用意できない令嬢に使うつもりだ。そうすれば、きっと令嬢にも、君のふところの深さが感じられると思うんだ! 君のイメージアップのためなら俺は努力を惜しまないからね!」
「……すごいな……」
「ん?」
「いいえなんでもありませんわ。了承いたしました」
要するに、『おまえのドレスは自前で用意しろ、その分のお金は浮気相手に回す』ってことだよね? それをこんなに恩着せがましく言えるなんて…。天才か。
「それと、エスコートのことだが」
「はい」
「俺と婚約してから、君はいつも俺のエスコートで夜会に出ていたろう?」
「はい」
「女性は結婚したら夫のエスコートで出席するものだから、君をエスコートできる機会は、結婚するまでの短い期間だけ。その大事な機会を、俺が奪ってしまっていいのだろうかと疑問に思ってね…。今回だけは、君のご家族に譲ってあげようと思うんだ」
「はあ…」
呆れて返事も気の抜けたものになってしまった。
エスコートもしないつもりなんだ…しかもそれを謝るどころか、恩に着せるんだ…。
「あっ、俺のことは心配しないで! エスコートの相手がいない令嬢に頼むから、罪悪感とか全然持たなくていいからね!
「……」
なんなのこの感覚…。
『俺は浮気相手をエスコートするね!』ってことだよね?
こんなこと言われて、誰が罪悪感を持つというのか…。
「わかりました」
とりあえず、そう言っておいたけど、どういうつもりなんだろう。
恋愛小説だったら、ドレスは贈らないとか、エスコートをしないとか、いちいち婚約者に了承とらないよね? 了承をとれば、許されることだと思ってるのかな? 許さないよ?
◇◇◇
そして迎えた卒業パーティー、殿下は浮気相手である男爵令嬢をぶら下げて、広間で堂々と宣言するのであった。
「クラウディア! 俺はこの場で婚約破棄を、してあげてもいい!」
わあ。婚約破棄の時まで、恩着せがましい言い方するんだ…。
でもたしかに、彼との婚約破棄はありがたいことなので、言葉としてまちがってはいないかもしれない。
「理由は、俺が、ここにいるマチルダ嬢を、愛してしまったからだ!」
あら? 素直に自分の非を告白するつもりなの?
「しかし俺とクラウディアは王命による婚約。覆すことはできない。だから俺は君と結婚するつもりであったが、それでは君があまりに哀れだと思うのだ!」
「は?」
「俺の心はマチルダにあるのに、お飾りの妻になるなんて! 世継ぎを産むためだけの出産マシーンとなるなんて! 俺を愛する君にとっては、耐えられないほど辛いに違いない! 君にそんな思いをさせたくないのだ!」
何を言っているんでしょうこの奇妙な生物は。
「だから、君がどうしても辛いというなら、今ここで婚約を破棄してあげてもいい!」
「……」
すごいなー。こんなろくでもない言い分で婚約破棄する気でいるんだ。
感心してしまうわ。
「ぜひお願いします」と返事したい。食い気味に破棄したい。
でも私が殿下のことが好きで、辛いからしてもらったように思われるかもしれないから言えない。くやしい。
「安心しなさい。君との婚約を破棄したあとでも、俺と会える機会を作ってあげるよ」
「え?」
「俺とマチルダが結婚したあと、側室として王宮に来ればいい。俺はね、君の有能さはきちんと認めてあげているんだよ。だから、公務をまかせてあげる。執務室には、俺とマチルダは入らないようにするから、俺たちの仲睦まじいところを見て、君が嫉妬にかられて苦しむこともないはずだ」
わあ、破棄した上で愛人になって仕事だけしろって言ってるわよ。
「執務室には入らない」ってことは、仕事する気なしってことじゃん。
「殿下、なんてお優しい…」
頭わいてる女がうっとりと殿下をみつめている。
「いやいや、彼女は今までがんばってくれたんだから、その努力に報いないとね!」
どこが報いてるのかさっぱりわからない。
頭わいてる生き物が誇らしそうに言い切った。
呆れを通り越して、いっそすがすがしいほどの上から発言に、尊敬の気持ちさえ浮かんだ。
でもこの2人に国をまかせることはできないので、私は静かに口を開いた。
「お気遣いいたみいります。しかし私は殿下のことをこれっぽっちも好きではないので、ご心配は無用ですわ」
「え」
「すでに殿下の語録と、マチルダ様との乱れた交遊は報告書として陛下に上げてありますので、私のほうから破棄してあげることができます」
「なんだって」
「勉強も公務も苦手な殿下のために、何も考えずに体だけ動かせばいいような職場も用意してあげました。どうぞ鉱山で仲良くお過ごしくださいね」
「鉱山」
「そうそう、マナーもろくに知らないマチルダ様が、お気楽に過ごせるように、陛下が男爵家の爵位もなくしてくださるそうですから、安心して平民の生活をご堪能ください」
「平民」
「あっお礼は結構ですよ。今まで殿下にはたくさんお世話になりましたから、その恩に報いないと」
白くなったり青くなったり赤くなったりする2人を見物していると、エリオット様が後ろから現れた。この後、王太子となる第二王子である。
「クラウディア、なんてお優しい…」
とうっとりと見つめてきた。
「ふふふ、真実の愛に目覚めたおふたりの邪魔をしてはいけないので、私たちは退散してあげますわね。ごきげんよう」
変な生き物が何かわめいていたけれど、私はエリオット様のエスコートで、ゆったりと広間を後にしてあげた。
思ったより長くなっちゃったけど、読んでくれてありがとです!




