EP 2
魔法陣はプログラミング言語である
翌朝。ポポロ村の村長宅(4LDKのシェアハウス)のキッチンは、俺の独壇場と化していた。
「よし、火加減良し。トライバードの卵の凝固点と、醤油草の焦げる温度のアルゴリズムは完璧に把握した」
フライパンの上で、絶妙な半熟に仕上がった目玉焼きと、厚切りのピッグシープのベーコンが踊る。それに自家製のトーストと、ルナミス帝国産「サンライス」の炊き立てご飯、さらには月見大根の味噌汁を添えた『和洋折衷・玲王特製モーニング』の完成だ。
「はわぁぁ……! パンの耳じゃない……! 朝からお肉の匂いがしますぅ!」
「ちょっとリーザちゃん、ヨダレ! ……って、あんた本当にAIエンジニアだか何だか知らないけど、料理の腕は本物ね。ルナキンの朝定食を軽く超えてるわ」
食卓についたリーザ(人魚姫)が拝むように箸を持ち、キャルル(村長)がウサ耳をピコピコと揺らしながらベーコンを頬張っている。
「食の最適化はパフォーマンスの向上に直結するからな。で、キャルル。ちょっと村の裏山を散策してきてもいいか?」
「裏山? 別にいいけど、たまに迷れはぐれた魔物が出るから気をつけてよ。私は午前中、隣国からの関税書類の処理があるから付き合えないわよ」
俺は「了解だ」と頷き、食後のコーヒー草の抽出液を飲み干して家を出た。
目的地は、昨夜俺の【聖獣テイマー】スキルが受信した「ノイズ」の発生源だ。
村の裏手、鬱蒼と茂る森の奥深く。
俺の視界には、AIエンジニア時代に使っていたARグラスのようなインターフェースが浮かび上がり、赤い警告ピン(ウェイポイント)を示していた。
『警告(WARNING)。未接続の魔力回路まで残り10メートル』
そこは、すり鉢状になった小さなクレーターだった。
中心に鎮座していたのは、苔と土にまみれた巨大な金属の塊——いや、**体長2メートルを超える『鋼鉄のライオン』**だった。
「なんだこいつ……メカニカルな装甲に、魔法陣がびっしり刻まれてる。ロボット、いや、これがこの世界の『聖獣』ってやつか?」
俺が近づき、その金属のたてがみに触れた瞬間。
脳内のスキル【聖獣テイマー】が強制起動し、目の前の空間に膨大な「魔法陣の構造式」がホログラムのように展開された。
「うわっ……なんだこの酷いコード(魔法陣)は」
俺は思わず顔をしかめた。
一見すると神秘的で複雑な魔法陣だが、俺の目にはそれが**「素人が書いたスパゲティコード」**にしか見えなかった。
「無駄な条件分岐(if文)が多すぎる。魔力の循環ループにボトルネックができてるせいで、オーバーヒートを避けるために強制スリープモードに入ってるのか。……誰が組んだか知らないが、こんな非効率な魔力回路じゃ、本来のスペックの30%も出せてないぞ」
俺のエンジニアとしての血が騒いだ。
不完全なシステムを見ると、完璧に最適化したくなるのが職業病だ。
「よし、魔力回路の最適化を開始する」
俺は両手を鋼鉄のライオンの装甲にかざした。
【聖獣テイマー】の権能を通じ、俺の脳内演算がライオンの魔力回路に直接介入する。
「無駄なループ処理をカット。魔力供給ルートを並列化に変更。メインコアへの直通パイプラインを構築……よし、コンパイル(再構築)実行!」
ピキィィィィンッ!!
俺がコードを書き換えた瞬間、ライオンの全身に刻まれた魔法陣が黄金の光を放ち、こびりついていた苔や土が衝撃波とともに吹き飛んだ。
『システム再起動。魔力充填率、120%——オールグリーン』
重厚な駆動音とともに、鋼鉄のライオンがゆっくりと立ち上がる。
その黄金に輝く眼窩が俺を捉え、スピーカーから響くような、威厳ある低い声が脳内に直接響いた。
『——フン。我を深い眠りから叩き起こすとは、どこの生意気なエルフかと思えば。ただの脆弱な人間ではないか』
「喋った。……それにしても、随分と偉そうなAIだな」
『AIだと? 愚かな。我は四神を束ねし聖獣、ガオン。世界の均衡を守護する誇り高き鋼の王である。貴様のような下等生物が、気安く触れて良い存在ではないわ!』
ガオンと名乗ったメカライオンは、誇り高く鼻を鳴らした。
だが、俺は冷静に言い放った。
「その誇り高き王様は、魔力のメモリリークを起こして機能停止してたポンコツだけどな。俺がデバッグしてやらなきゃ、あと100年はただの鉄クズだったぞ」
『なっ……!? ポンコツだと!? 貴様、我が神聖なる魔力回路に何をした!?』
ガオンは怒りの咆哮を上げようとしたが——途中でピタリと止まった。
そして、自身の体を不思議そうに見下ろした。
『……なんだ、これは。魔力が……滑らかに循環している? 過去数百年、常に感じていた魔力詰まりの頭痛が消え去っているだと!? 貴様、我が複雑怪奇な聖域の理を、完全に理解したというのか!?』
「あんなの、ただの整理されていない古いプログラミング言語だ。俺にかかれば5分で終わる」
『……バ、バカな。神が創りし術式を、人間が5分で……!?』
ガオンの毒舌が一瞬で鳴りを潜め、黄金の瞳が驚愕に見開かれる。
俺はニヤリと笑って、ガオンの鼻先にポンと手を置いた。
「お前、ずっと一人で戦ってたんだろ? 機体のあちこちに、無茶な戦闘のログ(傷跡)が残ってるぞ。一人じゃ処理しきれないタスクがあるなら、俺がマスター(管理者)になってやる。最高のパフォーマンスを引き出してやるよ」
ガオンはしばらく沈黙し、やがてフッと諦めたように——しかし、どこか嬉しそうに低く唸った。
『……よかろう。我は今、忌まわしき古代兵器「魔将機」の残党を追っていたが、確かに単機での演算には限界を感じていた。貴様のその異端の力、我の剣として使役してやる特例を認めてやろう』
「素直じゃないヤツだな。俺がテイムしてやってるんだから、立場は俺が上だぞ、ガオン」
俺がそう笑いかけた時だった。
『——マスター。無駄口を叩いている暇はないぞ。我の最適化されたセンサーが、さっそく厄介な敵性反応を捉えた』
ガオンの目が赤く点滅し、森の奥、隣国との国境線の方角を睨みつけた。
大地を震わせるような、重く冷たい金属の足音が、静かに、だが確実にポポロ村へ向かって近づいてきていた。




