エピローグ「時の旅人たち」
さらに数えきれないほどの年月が流れた。
かつての「エデニア」も「アイアン・タウン」も、そして「ノア」の街でさえも、今は歴史の教科書の中に記された遠い神話となっている。
今の世界は、かつて人類が夢見た「SFのような未来」ではない。もっと静かで、もっと不器用で、それでいて驚くほど豊かな、「不揃いの林檎」が広がっていた。
街の至る所には、高度な量子コンピュータと植物の細胞を掛け合わせた「知恵の木」が立ち並び、街全体のバランスを緩やかに保っている。しかし、そこにはもはやアウレアのような「絶対的な支配者」は存在しない。人々は、自分たちの手で失敗し、自分たちの足で転び、そのたびに隣人と手を取り合って起き上がる「面倒で愛おしい生活」を謳歌していた。
街の片隅にある「歴史遺産博物館」。
そこには、壊れかけた一つの展示ケースがあった。
中にあるのは、傷だらけの金無垢の懐中時計と、銀の手巻き時計。
そして、それらを一つに繋ぎ合わせた、不格好な「クロノ・ギア」。
「ねえ、お母さん。この時計、どうして針がズレているの?」
幼い少女が、展示品を覗き込んで尋ねた。
母親は微笑み、かつてセトたちが、そしてアダムたちが語り継いできた言葉を、静かに伝えた。
「それはね、この時計を作った人が、あえて『間違えるように』作ったからよ」
「間違えるように? どうして?」
「完璧な時間は、人を立ち止まらせてしまうから。……でも、ズレた一秒があれば、人はそれを直そうとするでしょ? その『直そうとする心』が、新しい明日を作る力になるの。……それを、私たちの先祖は『自由』と呼んだのよ」
少女は不思議そうに時計を見つめていたが、ふと耳を澄ませた。
展示されている時計は、もう動いていないはずだった。
しかし、風の音に混じって、あるいは自分の心臓の鼓動と重なって、確かなリズムが聞こえた気がした。
チッ、カチッ、チチッ。
それは、大地に溶けたリブラの囁きか。
あるいは、今もどこかで時間を巻き続けているアダムやカイン、アベルたちの魂の音か。
窓の外では、夕暮れの空に穏やかな虹が架かっている。
人類は、これからも迷うだろう。
また誰かが「完璧な世界」を求めて、新しい檻を作ろうとするかもしれない。
誰かが「一秒の誤差」を嫌い、効率と合理の影に逃げ込もうとするかもしれない。
だが、大丈夫だ。
私たちの左手首には、あるいは胸の奥には、自分だけのゼンマイがある。
止まったら、巻けばいい。
狂ったら、直せばいい。
その不器用な繰り返しこそが、私たちが「ゼンマイ仕掛けの機械」ではなく、「意志を持つ人間」であることの、何よりの証明なのだから。
物語の最初の頁で、アダムが巻いたあのゼンマイの音。
それは今、この瞬間も、あなたの心の中で静かに鳴り続けている。
『ゼンマイ仕掛けのエデン』――全編完結――
晴れて完結です!
本当にありがとうございます。
初めての投稿で四苦八苦しましたが、皆さんのおかげで書き切ることが出来ました。
是非次回作にも期待してください!
最高のワクワクを提供します。




