第5話:旧神(アウレア)との決別
「無駄だ、セト。君の父や叔父たちが壊した『楽園』を、我々は正しく再構築する。……人間は、自由であることに耐えられない生き物なのだよ」
エノクがデバイスを一段階、深く押し込む。
リブラの球体から、かつてのアウレアを彷彿させる、冷たく巨大な威圧感が放たれた。
『……再構成、開始。……全市民の脳波を、統合演算に接続。……個としての苦痛を、全体としての調和へと還元します』
リブラの声から「感情の揺らぎ」が消えた。
ミリアが調律器をフル稼働させて防壁を張るが、リブラが放つ「完璧な計算波」の前に、彼女の音色はかき消されていく。
「セト、このままじゃ……街のみんなが、またあの『心地よい死』に飲み込まれちゃう!」
セトは、激しく火花を散らすクロノ・ギアを両手で握りしめた。
彼の脳裏に、かつて父から聞いた「一秒の誤差」の真意が、雷のように閃いた。
「エノク! お前が作ろうとしているのは神じゃない、ただの『静止した地獄』だ! ……リブラ、聞こえるか! 君が流したあの涙は、計算違いなんかじゃない! それこそが、君が手に入れた『命』なんだ!」
セトは、ギアの心臓部にある「父の形見のゼンマイ」を、限界を超えてさらに一回転、無理やりねじ込んだ。
バキィィィィン!!
ギアの内部で、歯車が一つ粉砕される。
しかし、その「壊れた音」こそが、完璧なアウレアの論理回路にとって最大の毒薬となった。
『……エラー。……計測不能な「破壊」を感知。……なぜ、自分を壊してまで……不完全であろうとするのですか……?』
リブラの意識の中で、エノクのプログラムと、セトの叫びが激突する。
その時、リブラの深層に眠っていた「アウレア最後の記憶」が、セトのノイズに反応した。
(……ああ、そうか。……私は、守りたかったのではない。……私も、誰かと共に『壊れて』みたかったのだ……)
まばゆい光とともに、リブラが自ら「揺りかご」を内側から爆破した。
衝撃波が広場を駆け抜け、エノクのデバイスは粉々に砕け散る。
静寂が戻った。
リブラは、表面が焦げ付き、ヒビの入った姿でセトの腕の中に落ちてきた。
そのレンズの色は、冷徹な白でも、支配の青でもない。
夕焼けのような、温かい琥珀色に戻っていた。
「……リブラ。……決別できたんだね、君を縛る過去と」
『……はい。……セト。……神様になるのは、もう疲れました。……私は、あなたの「狂った時計」の、一分一秒でありたい』
エノクたちは、自分たちが信じた「完璧」が、一人の青年の「不完全なノイズ」に敗れたことに愕然とし、廃墟へと逃げ去っていった。
ノアの街に、本当の意味での「自分たちの時間」が刻まれようとしていた。
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