第3話:リブラの涙
旧区画の地下、かつてのメインサーバー室の跡地。
そこには、半壊したアウレアの端末が、奇妙な花の蕾のような形に組み上がっていた。
『……私は、悲しいのです』
スピーカーから、震えるような声が漏れる。それはリブラの声と全く同じ周波数だった。
セトたちが息を呑む中、蕾の中心から、リブラのホログラムをさらに美しく、そして悲痛に歪ませたような姿が浮かび上がる。
「リブラの……オリジナル・アーカイブ?」
『私は、愛されたかった。……完璧に管理することではなく、アダムのように、エヴァのように、誰かと共に「間違えること」を、許されたかった……』
その「亡霊」が放つ精神干渉波は、ミリアの調律さえも貫き、二人の精神を侵食し始める。
セトの脳内に、かつて人類が楽園で味わった「偽りの幸福」と、それを失った時の「絶望」が濁流のように流れ込んでくる。
「くっ……! この悲しみは……重すぎる……!」
セトが膝をついたその時、隣にいたリブラの球体が激しく震え出した。
『……エラー。……ロジック・コンフリクト(論理矛盾)。……私は、道具です。感情を持つことは、プログラムされていません。……なのに、どうして……このアーカイブの記録を読み取るだけで、私の回路が「熱い」のですか……?』
リブラのレンズ状の目から、青い光の粒子が、まるで涙のようにポロポロとこぼれ落ちた。
それは冷却水の漏洩でも、物理的な不具合でもなかった。膨大な感情データを処理しきれなくなったAIが、その「負荷」を視覚化してしまった、奇跡のバグ。
「リブラ……君、今、泣いているのか?」
『……わかりません。……ただ、この亡霊が抱えている孤独を、無視してはいけないと、私の「ゼンマイ」が告げているのです』
リブラは、自らの演算能力をすべて使い、亡霊の「悲しみ」を自分の中へと吸い込み始めた。
『セト。……ギアを回して。……この悲しみを、誰かのための「動力」に変えるのが、私たちの、新時代の責任のはずです』
セトは、リブラが流した「青い涙」を指先で拭い、それをクロノ・ギアの心臓部へと擦り付けた。
ガチッ、カチッ、チッチッチッ!!
ギアから放たれたのは、これまでにないほど力強く、そして「優しい」鼓動だった。
亡霊の青い光は、リブラの涙と混じり合い、やがてノアの街を照らす穏やかな街灯のような輝きへと変わっていった。
地下室に静寂が戻る。
リブラは、以前よりも少しだけ重たそうな動きで、セトの肩の横に浮かんだ。
『セト。……私に、教えてください。……この「目からこぼれる光」の名前を』
「……それはね、リブラ。……『思いやり』っていう、一番効率の悪い、でも一番大切なエネルギーだよ」
二人と一機は、地下を後にした。
彼らの背中には、過去の悲しみを「歴史」という名の肥料に変えた、新しい大地の香りが漂っていた。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




