第3話:伝説からの呼び出し
午後の陽光が、埃の舞うアンティーク・クロノス社の事務所に差し込んでいた。
アダムが午前中の外回りで歩き疲れた足を休め、冷めたコーヒーを口にしたその時だった。
事務所の隅にある、普段は請求書のやり取りにしか使われない旧式のメイン・ターミナルが、突如として耳を劈くような警告音を鳴らした。
「なんだ、システム・エラーか?」
マークが面倒そうにホログラムの画面を弾く。だが、次の瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
「……おい、アダム。これ、お前宛てだぞ」
ターミナルには、見たこともないほど高純度の、黄金色に輝く認証紋章が浮かび上がっていた。エデニアの最高意志、マザーAI『アウレア』直属の通信であることを示すコード。そして、その下には一行のテキストが表示されていた。
『要請:アンティーク・クロノス社、営業担当アダム。指定場所:プラチナ・ディストリクト、シラス邸。目的:物品鑑定および譲渡。』
「シラス……?」
アダムはその名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
シラス。この街でその名を知らぬ者はいない。アウレアの産みの親の一人であり、現代の物理学と倫理学の土台を築いた「生ける伝説」。十数年前に表舞台から姿を消し、今はプラチナ・ディストリクトの最上階で、静かに余生を送っているはずの人物だ。
「おい、アダム! 何をしてる、早く準備しろ!」
奥のオフィスから、社長のヘンダーソンが脂ぎった顔を出し、叫んだ。
「シラス先生だぞ! あの御方がうちの時計を欲しがっているんだ! もし取引が成立すれば、うちの赤字なんて一発で吹き飛ぶ。いいか、一番高い、最高級の逸品を持っていくんだ。金に糸目はつけるなと言え!」
「……わかりました。ですが社長、シラス先生が求めているのは、単なる『高いもの』ではない気がします」
アダムは冷静に答えながら、金庫の奥から一つの木箱を取り出した。
それは、十八世紀の職人が魂を削って作り上げたという、手巻き式の懐中時計。重厚な金のケースの中に、宇宙の真理を模したと言われる複雑なムーブメントが収められている。
「それだ! それを持っていけ!」
ヘンダーソンの欲にまみれた声を聞き流しながら、アダムは丁寧に時計を磨いた。
チッチッチッ、と規則正しく刻まれる音。
なぜ、アウレアを作った神のような男が、今さら自分のような下っ端のセールスマンを、それも「誤差」の象徴である機械式時計とともに呼び出したのか。
「サマ、お前どう思う?」
アダムが通信用デバイスを叩き、サマエルにプライベート・メッセージを送った。
数秒後、いつもの気の抜けた声が返ってくる。
『ほう、大出世じゃないか、アダム。プラチナ・ディストリクトなんて、空気が薄くて息が詰まりそうだぞ。せいぜい、お偉いさんに嫌われないようにな。……ああ、それと』
サマエルの声が、一瞬だけ真面目なトーンに変わった。
『その時計の音、よく聴いておけよ。向こう側じゃ、そんな「雑音」は、もう誰も鳴らしてないんだからな』
アダムはデバイスを閉じ、ブリーフケースを握りしめた。
事務所を出る間際、彼はもう一度、自分の左手首の時計を確認した。ゼンマイは十分に巻かれている。
エデニアの頂点。マザーAIの瞳が最も近くで見つめる場所。
そこには、一体どんな「時間」が流れているのだろうか。
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