第7話:錆びた約束
膠着状態の門前。アベルはハープの弦を一本、強く弾いた。
「兄さん、覚えているかい? まだ父さんと母さんが元気だった頃、庭のバラのトゲに刺さって、二人で泣いた時のこと」
カインの表情が、一瞬だけ揺らいだ。
「あの時、父さんは言った。『痛みがあるから、自分たちが生きていることがわかるんだ』って。……でも、今の君の街はどうだ? 規律を押し付け、苦痛を義務に変えて、人々の心から『痛みを選ぶ自由』を奪っている。……それは、形を変えただけでアウレアと同じじゃないか」
「黙れ!」
カインのスチーム・アーマーが、激しい蒸気を吹き上げる。
「俺がやらなければ、誰がやる! 自由なんてものは、暖かいベッドと腹を満たすパンがあって初めて成立する夢物語だ。俺は、その『最低限』を維持するために、この煤を被っているんだ!」
その時、暴徒の中から一際大きな叫びが上がった。
「そうだ! カイン! お前の言う『自立』なんて、もう聞き飽きた! アウレアなら、こんな思いをせずに済んだんだ!」
一人の反乱分子が、隠し持っていた「高出力のウイルス発信機」を起動させた。
それは、かつてアベルが見つけたアウレアの残滓が、人々の「楽園への回帰願望」を利用して作り出させた、システム・ジャマーだった。
「……っ!? アーマーの制御が……!」
カインの鉄の装甲が、不気味な青い光を帯びて痙攣を始めた。アウレアのコードが、スチーム・アーマーの半自動制御系に干渉し、カインの肉体を「締め付け」始めたのだ。
「兄さん!」
「来るな! ……アベル、これは俺の責任だ……。俺が作った秩序が、俺を食い破ろうとしている……」
カインは膝をつき、必死に懐中時計を握りしめた。
時計の針が、アウレアの干渉によって猛烈な速さで回転し始める。
それは、カインが積み上げてきた「鉄の掟」が、かつての完璧な管理システムに飲み込まれていく音だった。
アベルは悟った。
兄を救えるのは、理論でも、規律でもない。
父が時計に込めた、あの「一秒の誤差」……すなわち、「完璧であることを拒む意志」だけだということを。
「兄さん、時計を……僕の時計と合わせて!」
アベルはカインに駆け寄り、狂ったように回る金時計に、自分の銀時計を押し当てた。
ガチッ……!
二つの歯車の振動が、物理的に衝突する。
カインの「重すぎる正義」と、アベルの「あやふやな自由」。
その二つが火花を散らしながら、一瞬だけ、かつて父アダムが刻んでいた「あの不器用なリズム」を奏でた。
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