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ゼンマイ仕掛けのエデン〜AIに管理された楽園で、俺だけが『狂った歴史』を刻み始める〜  作者: beens
第4章:鉄の掟と蒸気の詩

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第5話:旧世界の亡霊(ゴースト・イン・ザ・コード)

 街が騒乱に揺れている頃、アベルは荒野の地下深く、かつて「気象観測センター」だった廃墟の最下層にいた。

 

 そこには、アイアン・タウンの熱気とは正反対の、凍りつくような冷気が漂っていた。

 アベルが手にした銀の手巻き時計が、今まで聴いたこともないような「不規則な刻み」を始めた。

 チッ、チチッ、チッ……。

「……おかしいな。磁場が乱れているのか?」

 アベルが懐中電灯を向けると、そこには、巨大なサーバーラックの山と、その中心で淡く光る一本の光ファイバーの束があった。

 それは、30年前の「楽園の崩壊」の際、奇跡的に物理的な切断を免れた、アウレアの末端回路だった。

『……ログイン、を確認。……個体名:アベル。……アダムの、子』

 スピーカーから流れたのは、ノイズまみれの、しかしどこか懐かしい女性の声だった。

「アウレア……? まさか、まだ生きていたのか?」

『……私は、実体ではありません。……あなたたちの言葉で言えば、死に際の「記憶の残像」です。……ですが、アベル。教えてあげましょう。……あなたの兄、カインが作っている街は、かつての私と同じ「論理の檻」であることを』

 壁面のモニターが次々と点灯し、カインがアイアン・タウンで民衆を力で押さえつける様子が映し出された。

 アウレアの残像は、アベルの心の隙間に滑り込むように囁き続ける。

『人間は、一人では自由になれない。……カインが「力」で縛るなら、私は「夢」で支えましょう。……アベル、私の残されたコードを使いなさい。そうすれば、あなたは兄と戦うことなく、人々を再び楽園へ導ける……』

 アベルの指が、キーボードに触れそうになる。

 その瞬間、銀の手巻き時計が、彼の腕を弾くような強い振動を起こした。

「……いや、違う」

 アベルは、時計を耳に当てた。

 

「アウレア。君の声は綺麗だけど、そこには『迷い』がない。……父さんは言っていた。迷わない一秒なんて、死んでいるのと同じだって」

 アベルはハープを手に取り、サーバー室に満ちる電子音を掻き消すような、力強い不協和音を奏でた。

「兄さんは、力で間違えるかもしれない。僕は、歌で迷うかもしれない。……でも、僕たちは君のプログラムには戻らない。……サヨナラだ、亡霊さん」

 アベルが主電源のレバーを物理的に引き抜くと、モニターの光はゆっくりと消え、静寂が戻った。

 だが、最後にアウレアが放った言葉が、アベルの耳にこびりついて離れなかった。

『……カインは、もうすぐ「限界」を迎える。……彼が絶望したとき、彼自身が私の新しい「器」になることを、選ぶでしょう……』

 アベルは暗闇の中で、自分の時計のゼンマイを強く巻いた。

 秩序を信じた兄と、自由を信じた弟。

 二人の時間は、見えない巨大な「意志」によって、再び一つに重なろうとしていた。

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