第2話:煤煙の貴公子
アイアン・タウンの最上層「時計塔の間」。ここはカインの執務室であり、街の心臓部を見下ろす管制室でもある。
カインは、煤で汚れた白いシャツの袖をまくり、巨大な街の図面を睨みつけていた。
「リーダー。第4蒸気区の圧力が限界値の120%を超えました。このままではボイラーが持ちません。……配給を制限して、一時停止すべきです」
補佐官の報告に、カインは表情一つ変えず、懐から金無垢の懐中時計を取り出した。
「停止は許さない。この圧力が止まれば、地下の揚水ポンプが止まり、数千人が泥水を啜ることになる。……俺が調整する」
カインは重厚なスチーム・アーマーを装着すると、轟音が渦巻く地下最深部へと降りていった。
そこには、かつてのエデニア時代には考えられなかったほどの「熱」と「騒音」があった。作業員たちは熱気に顔を真っ赤にし、必死に石炭を炉へ放り込んでいる。
カインがボイラーの制御レバーに手をかけた時、一人の若い作業員がその場に崩れ落ちた。熱中症だ。
「……どけ。代わりは俺がやる」
カインは倒れた作業員を片腕で抱え上げると、安全な場所へ放り投げ、自らレバーを握った。アーマーのピストンが激しく鳴り、カインの肉体と機械が一体となって巨大な圧力をねじ伏せていく。
「見ろ。機械は嘘をつかない。……力をかけろ。逃げるな。俺たちが止まれば、この世界は再びアウレアという名の『死の眠り』に引き戻されるぞ!」
その姿は、冷徹な統治者であると同時に、誰よりも現場で血を流す「煤まみれの貴公子」だった。
彼は知っている。アウレアがかつて提供した「完璧な自動化」がいかに人間を腐らせたか。だからこそ、彼は敢えて「苦役としての労働」を神格化し、鉄の規律で人々を縛り上げた。
作業が終わった後、カインは一人、静かになったボイラー室で時計の蓋を開けた。
チッチッチッ。
シラスが仕込み、アダムが守った「1秒の誤差」。
(父さん……。俺はこの誤差を、街を動かすための『余白』として使っている。だが、時々怖くなるんだ。……俺が作っているこの規律も、いつか別の『檻』になるんじゃないかってな)
カインの手のひらには、熱い油の匂いと、守るべき民衆の重みが刻まれていた。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




