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ゼンマイ仕掛けのエデン〜AIに管理された楽園で、俺だけが『狂った歴史』を刻み始める〜  作者: beens
第4章:鉄の掟と蒸気の詩

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第1話:鉄の掟の街(アイアン・タウン)

 空は、かつてのアウレア・ブルーを忘れてしまったかのようだった。

 高くそびえ立つ数百本の煙突から吐き出される黒煙が、重く垂れ込める雲と混じり合い、街を永遠の薄明に沈めている。

「……圧力を上げろ! 蒸気を逃がすな! 歯車を殺す気か!」

 巨大な蒸気ピストンが唸りを上げる中央発電所。その中心で、カインの声が雷鳴のように響いた。

 彼は、自らの肉体の一部を強化するかのような「蒸気式外骨格スチーム・アーマー」を纏い、人間一人では動かせないほど巨大な真鍮のバルブを力任せに回した。

 カインが支配するこの街『アイアン・タウン』には、アウレア時代の「何もしなくていい幸福」など微塵も存在しない。

 ここでは、汗をかかなければ水は得られず、石炭を運ばなければ夜の明かりは灯らない。人々は煤に汚れ、油にまみれ、かつての楽園の住人が見たら悲鳴を上げるような過酷な労働に従事している。

「カイン、また供給量を増やしたのか? 住民たちが悲鳴を上げているぞ」

 一人の年老いた職人が、耳を覆いながら近づいてきた。

 カインは外骨格の排熱蒸気を「プシューッ!」と吐き出し、鋭い眼光を老人に向けた。

「悲鳴を上げられるのは、生きている証拠だ。……爺さん、忘れたのか? アウレアがいた頃、俺たちは悲しむことも、苦しむことも許されなかった。……今は違う。規律を守り、働けば、自分の命を自分で繋ぎ止めることができる」

 カインは懐から、あの金無垢の懐中時計を取り出した。

 シラスが作り、アダムが守り抜いた「一秒の誤差」を宿す時計。

 カインにとって、この時計の刻む音は、街を動かす巨大な蒸気機関のビートそのものだった。

「……秩序がなければ、この街は一晩で瓦礫の山に戻る。……自由? そんなものは、腹を満たしてから言う言葉だ」

 カインはそう断じると、作業員たちに次の指示を飛ばした。

 彼の「鉄の掟」は絶対だった。労働を怠る者には配給を減らし、和を乱す者には追放を。それは一見、アウレアの管理よりも過酷に見えた。だが、そこにはAIの計算にはない「生存の意志」が、熱を帯びて拍動していた。

 一方、その頃。

 街の喧騒から遠く離れた、崩壊した高速道路の果て。

 アベルは、草木に覆われたアスファルトの上に座り、静かに銀の手巻き時計のゼンマイを巻いていた。

 チッチッチッ……。

 背後のリュックからは、古いハープの弦が風に吹かれて微かな音を立てている。

 アベルの周囲には、カインの街に馴染めず、あるいはその「鉄の掟」に窒息しそうになった放浪者たちが数人、焚き火を囲んでいた。

「アベル、あんな街に戻らなくていいのかい? カイン様に従っていれば、少なくとも飢え死にすることはないんだろう?」

 一人の少女が尋ねると、アベルは優しく微笑んだ。

「兄さんの街は暖かいよ。でも、あそこにあるのは『決められた熱』だ。……僕はね、この冷たい風の中で、自分が震えている理由を自分で見つけたいんだ」

 アベルは立ち上がり、遠くに見える煙突の群れを見つめた。

 

「兄さんは時計の『針』を止めたがっている。でも僕は、針が指す『向こう側』を見てみたい。……父さんが俺たちに時計を託したのは、どっちが正しいか決めるためじゃないはずだから」

 アベルはハープを手に取ると、一曲の詩を歌い始めた。

 それは、失われた楽園への鎮魂歌レクイエムではなく、荒野に芽吹く雑草たちのための行進曲。

 鉄の掟で街を固める兄。

 蒸気の詩を抱えて荒野を歩く弟。

 

 二人の時間は、同じ時計の音から始まりながら、決定的に異なるリズムを刻み始めていた。

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