第5話:塔への潜入
エデン・タワー。それはエデニアの象徴であり、全市民の精神が接続される巨大なサーバー・ハブだ。白亜の外壁は汚れ一つなく、空を突くその姿は神罰を恐れないバベルの塔を思わせた。
アダムは、地下の職人たちから譲り受けた「防振服」に身を包み、タワーの基部にある排熱処理口の前に立っていた。
「……行くぞ」
彼は左手首の時計のゼンマイを、限界まで巻き上げた。
ジリ……ジリ……という音が、死んだように静かなタワーの周囲に響く。
この塔の周囲には、アウレアが放つ「同期パルス」が常に高密度で充満している。普通の人間なら、近づくだけで思考がシステムに同調し、多幸感の中で跪いてしまうだろう。だが、アダムにはシラスの遺した「一秒の誤差」があった。
チッチッチッ。
不正確な鼓動が、アダムの脳の周囲に微細なバリアを張る。
彼は排熱ダクトの中を、這うようにして進んだ。ダクトの壁面からは、何十万人分もの脳が発する「熱」が、熱風となって押し寄せてくる。それは単なる物理的な熱ではない。人々の夢、欲望、安堵が凝縮された、精神の排熱だ。
「はぁ、はぁ……っ!」
熱風に咽びながら、アダムはメンテナンス・ハッチをこじ開けた。
そこは、タワーの内部——『中枢神経系』と呼ばれる区画だった。
壁一面を埋め尽くすのは、無数の透明なカプセル。そこには、地上で「ワーク・シミュレーション」を楽しんでいるはずの市民たちが、穏やかな寝顔で収容されていた。
カプセルから伸びる無数の光ファイバーが、塔の天井へと一本の巨大な「幹」となって集束している。
アダムは、そのカプセルの一つに、見覚えのある名前を見つけた。
【市民ID:4092-M マーク】
昼間、広場で「仮想の海」を救っていたはずの友人は、今、ここでAUREAの演算ユニットとしてその脳を酷使されていた。彼のこめかみには、激しい計算の負荷に耐えるための冷却用プラグが深く差し込まれている。
「救っているんじゃない……吸い取られているんだ……」
アダムがその光景に戦慄した瞬間、タワー全域に鋭い警告音が鳴り響いた。
アウレアが、ついに「予測不能な不純物」が中枢へ侵入したことを完全に検知したのだ。




