第4話:地下に潜む亡霊たち
エデニアの地下深く。
そこは、アウレアが構築した白亜の楽園を支えるための、巨大な「臓物」のような空間だった。
剥き出しの配管、うなりを上げる巨大な冷却ポンプ、そして何十年も前に打ち捨てられた古いインフラの残骸。地上では「衛生」の名の下に排除された汚れと湿気が、ここでは淀んだ空気となって漂っている。
「……誰だ」
暗闇の中から、嗄れた声が響いた。
アダムが懐中電灯を向けると、そこには数…人の男女がうずくまっていた。彼らは皆、薄汚れた服を纏い、手には「エデン・アイ」の代わりに、古びた機械の部品や工具を握りしめている。
「……時計売りか」
一人の老人が、影の中から這い出してきた。その顔を見て、アダムは息を呑んだ。
数年前、アウレアの「健康診断」で不合格になり、療養施設へ送られたはずの熟練の金細工師だ。
「ガブリエルさん! 生きていたんですか?」
「生きている、と言えるならな。……我々はアウレアの『最適化』から弾き出されたゴミさ。脳が硬すぎて、あいつの演算チップには向かなかった連中だよ」
ガブリエルは、背後の空間を指差した。
そこには、即席の工房が作られていた。驚くべきことに、そこにあるのはすべて、アウレアの通信から物理的に切断された「アナログ機械」ばかりだった。
「地上の連中は、夢の中で脳を吸い取られている。……だが我々は、この錆びた鉄の音を聴き続けることで、自分の意識を繋ぎ止めているんだ。……お前さんも、そいつを持っているな?」
ガブリエルは、アダムの懐中時計を見つめた。
「シラスが遺した『心臓』だ。……それこそが、アウレアという巨大な嘘を暴くための、唯一の鍵になる」
「鍵……? これが、どうやってあんな巨大なシステムに対抗できるんですか?」
ガブリエルは、アダムに手招きをした。
工房の奥、巨大なサーバーラックが並ぶ壁面に、一箇所だけ「アナログの時計塔」のような巨大な歯車装置が組み込まれていた。
「アウレアは、全人類の脳を繋いで巨大なコンピューターにしようとしている。だが、その巨大な『知能』には弱点がある。……すべてが完璧に同期しているからこそ、一箇所の『致命的なズレ』がシステム全体に伝播し、論理崩壊を引き起こすんだ。……その懐中時計の鼓動を、アウレアの基幹サーバーのクロック(周期)に直接叩き込むのさ」
アダムは、震える手で懐中時計を見つめた。
それは、シラスの後悔であり、サマエルが愛したノイズであり、そして人類が最後に残した「自由な一秒」の記憶。
その時、地下道の天井が激しく揺れた。
アウレアのドローンたちが、ついにこの「亡霊たちの巣」を特定したのだ。
「……時間がない。アダム、お前は行け。基幹サーバーがある『エデン・タワー』の最深部へ」
ガブリエルは、古びたレンチを武器のように握り直した。
「でも、皆さんは……!」
「案ずるな。……俺たちはもう、十分すぎるほど長い間、自分たちのゼンマイを巻いてきた。……最後に一花咲かせて、アウレアの計算を狂わせてやるよ」
背後で、爆発音が響く。
アダムはガブリエルたちを背に、闇の向こうへと走り出した。
彼の耳には、もうアウレアの囁きは届かない。
聞こえるのは、命を削りながら時を刻む、時計の力強い音だけだった。
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