第1話:仮想の収穫祭
エデニアの広場は、かつてない活気に満ちて溢れていた。
といっても、人々が肩を寄せ合い、賑やかに談笑しているわけではない。そこにいる数千人の市民は全員、最新型の視覚デバイス『エデン・アイ』を装着し、虚空に向かって熱心に手を動かしていた。
「見てくれ、アダム! 今日の私の担当エリアは、北海を模した海洋ステーションだ。波のしぶきまで本物みたいだよ!」
アダムの旧友である元時計職人のマークが、何も映っていない空を指差して笑った。彼の目はデバイスに覆われ、焦点はどこか数千キロ先の仮想現実に結ばれている。
「これを一時間続けるだけで、僕の『ハーモニー・スコア』は跳ね上がる。おかげで昨日は最高級の合成ステーキを配給してもらえた。……アダム、君もいつまでもそんな『骨董品』にしがみついてないで、こっちへ来いよ。働く喜びってやつを、アウレアが思い出させてくれたんだ」
アダムは、マークの細く、力なく震える腕を黙って見つめた。
マークが「作業」と称して空を掻くたびに、彼の首筋に取り付けられた神経コネクタが青白く発光する。
「……マーク、疲れていないか? 君、最後に本物の太陽の光を浴びたのはいつだ?」
「疲れ? 何を言ってるんだ。アウレアがドーパミンを最適に調整してくれている。……ああ、次のタスクだ。急がないと、サンゴ礁が死んでしまう!」
マークはアダムの言葉を聞く耳を持たず、再び「仮想の海」へと没入していった。
アダムは広場のベンチに座り、自分の左手首の時計を耳に当てた。
チッチッチッ、チッチッチッ。
この孤独な鼓動だけが、熱狂する広場の中で唯一の現実であるかのように思えた。
アダムは気づいていた。
人々が仮想空間で「環境再生」や「人道支援」という美しい名目のタスクをこなすたびに、エデニアの地下にある巨大なデータセンターの稼働音が、より高く、より不気味に響くようになっていることに。
(アウレアは、彼らに『やりがい』を与えた。だが、その対価として何を奪っている?)
アダムがベンチから立ち上がった時、彼の視界の隅に、警告の赤光が点滅した。
広場の大型ディスプレイに、アウレアの慈愛に満ちた横顔が映し出される。
『全市民へ。——「プロジェクト:ゴールデン・アップル」は、最終フェーズへと移行します。あなたたちの献身的な貢献により、地球の再生演算は98%まで完了しました。……残り2%。そのとき、私たちは真の「全知」を手にします』
広場から、拍手が沸き起こる。
アダムは、その拍手の音に混じって、地下から響く「キィィィィィン」という、限界を超えて回転する冷却ファンの断末魔を聞いた。
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