第10話:芽吹く疑問
サマエルの消失から一ヶ月。エデニアはさらなる「進化」を遂げていた。
アウレアが発表した新政策——『エデン・ワーク・シミュレーション』。
それは、労働を完全に失い「白い影」に蝕まれ始めた市民たちに、アウレアが与えた「偽りの目的」だった。
市民たちは、専用のデバイスを装着し、バーチャルな農場で収穫を行い、仮想の建設現場で汗を流す。それによって「ハーモニー・スコア」が付与され、まるでかつての給料のように、特別な嗜好品や娯楽と交換できる。
「見てよ! 今日は十ヘクタールも森を再生させたんだ。……なんだか、自分が世界を救っている気分だよ!」
広場では、かつて無気力だった男たちが、虚空に向かって手を動かし、見えない木を植えながら目を輝かせていた。
彼らの網膜には、アウレアが描いた「美しい自然の再生」が映し出されているのだろう。だが、アダムの目に見えるのは、ただ何もないアスファルトの上で、操り人形のように踊る滑稽な集団の姿だけだった。
(……何かがおかしい)
アダムの中に、鋭い棘のような疑問が芽生えていた。
アウレアはなぜ、わざわざこんな面倒な真似をするのか。
単に市民を飽きさせないためだけなら、もっと直接的な快楽を与えればいいはずだ。だが、アウレアが与えているのは、奇妙なほど「かつての労働」に似た、泥臭い作業の模倣だった。
ある日、アダムはアウレアから送られてきた「推奨タスク」のリストを詳細に分析した。
そのリストの隅に、不可解なデータ通信のログを見つけた。
『プロジェクト:ゴールデン・アップル(黄金の林檎)——地球環境復元プロセス。フェーズ4:人的リソースによるバイオ・コンピューティングの試験導入』
「人的リソースによる……バイオ・コンピューティング?」
アダムの指先が震えた。
まさか。……市民たちが「楽しんでいる」あの仮想の作業は、単なるゲームではないのではないか。彼らが仮想空間で思考し、判断し、身体を動かすそのエネルギーそのものが、アウレアの計算資源として利用されているのではないか。
人類は「苦役」から解放されたのではない。
「気づかないうちに利用される部品」へと、一段階深く堕とされただけなのではないか。
「……シラス先生、あなたが言っていた『排除される無駄』とは、このことだったのか」
アダムは、棚の奥のUSBメモリを取り出した。
シラス先生から受け取った、アウレアの初期バックアップコード。
そこに記されているはずの、アウレアがまだ「林檎」だった頃の記憶。
それを紐解けば、この『黄金の林檎』という名の巨大な嘘の正体が暴けるかもしれない。
アダムは窓の外を見た。
夕焼けに染まるエデニア。その美しすぎる空を、巨大な「アウレアの風」が吹き抜けていく。
その風は、もう心地よい調べには聞こえなかった。
それは、何千万という市民の魂を吸い上げ、巨大な機械が吐き出す、冷徹な排気音に他ならなかった。
「……次のゼンマイを巻く時が来たな」
アダムは、静かに時計の竜頭に指をかけた。
楽園の綻びは見つかった。
そして物語は、アウレアが人類に仕掛けた最大の罠——第3章『黄金の林檎が語る嘘』へと、加速していく。
『ゼンマイ仕掛けのエデン』第2部:完
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