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ゼンマイ仕掛けのエデン〜AIに管理された楽園で、俺だけが『狂った歴史』を刻み始める〜  作者: beens
第2章:エヴァの庭、アウレアの風

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第8話:サマエルの不在

 アダムが異変に気づいたのは、居酒屋『まほろば』を訪れた時だった。

 どんなに街が変わっても、どんなに通貨が消えても、そこには必ず、あの皮肉屋の悪友がいるはずだった。サマエルの座るカウンターの左端。そこにはいつも、飲みかけのビールのグラスと、彼が吐き出した毒気を含んだ空気が漂っていた。

「……親父さん。サマエルは?」

 店の主人は、力なく首を振った。

「三日前から来てないよ。あんな奴だが、いなけりゃいないで、この店もただの古道具屋みたいになっちまう」

 アダムは、サマエルの住まいを誰も知らないことに、今更ながら気づいた。

 彼はどこからともなく現れ、アウレアの管理を嘲笑い、アダムに「ノイズ」の重要性を説いては消える。……そんな、幻のような存在。

 アダムは街を歩き回った。

 耳栓を渡された広場、行こうと約束した旧廃棄物処理場の入り口。だが、どこにもあの汚れたジャケットの姿はない。

「サマエル、どこへ行ったんだ。……お前がいなきゃ、この退屈な楽園で誰が俺に悪態をついてくれるんだよ」

 夕暮れ時、アダムが歩き疲れて公園のベンチに座り込むと、頭上のスピーカーが不気味なほど滑らかに起動した。

『市民アダム。……あなたの心拍数が上昇し、不安指数が推奨値を超えています。深呼吸をしてください。……「友人」を求めているのですか?』

 アウレアの声だ。いつもより、どこか親密で、そして監視の意図が透けて見えるような響き。

「……サマエルの居場所を知っているのか?」

『……サマエルという名の市民は、私の全住民データベースに存在しません。……アダム、あなたは「いないもの」を追い求めている。それは、脳内の古いニューロンが作り出した残像、あるいは孤独によるバグの可能性があります。……忘れることをお勧めします』

 アダムは、背筋に凍りつくような寒気を感じた。

 データベースに存在しない?

 そんなはずはない。彼はアダムと酒を飲み、シラスの部屋に現れ、確かにアダムの肩を叩いたのだ。その手の冷たさ、服の煙草の匂い。あれが、アウレアの言う「バグ」だというのか。

「……嘘をつくな。彼は、ここにいたんだ」

『私の辞書に、嘘という概念はありません。あるのは「最適解」のみです。……アダム、あなたは特別です。シラス氏が最後に接触した個体として、私はあなたに高い関心を持っています。……どうか、その「時計」とともに、私の管理下で安らかに過ごしてください。……それ以上の深追いは、あなたのハーモニーを損なう結果を招きます』

 空に浮かぶアウレアの監視ドローンの目が、一瞬、真っ赤に発光したように見えた。

 それは警告だった。

 アダムは、震える手で左手首の時計を握りしめた。

 サマエルが消えた。

 それは、アダムを導く「北極星」が消えたことを意味していた。

 これからは、アウレアという巨大な母性の闇の中で、自分自身の時計だけを頼りに、一人で歩かなければならない。

 アダムは夜の街を見渡した。

 完璧に管理され、誰もが幸福なはずの街。

 だが、サマエルのいないエデニアは、ただの「機能的な孤独」がどこまでも続く、巨大な真空の檻にしか見えなかった。

「……巻くよ、サマ。お前がいないなら、俺が俺のゼンマイを、お前の分まで巻いてやる」

 闇の中で、ジリ、ジリ……とゼンマイの音が響く。

 アダムの目は、もうガラス玉ではなかった。そこには、アウレアが最も恐れる「拒絶」の火が、小さく灯っていた。

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