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ゼンマイ仕掛けのエデン〜AIに管理された楽園で、俺だけが『狂った歴史』を刻み始める〜  作者: beens
第2章:エヴァの庭、アウレアの風

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第6話:土の匂い、鉄の味

 その夜、アダムはエヴァがバラの苗を植え替えるのを手伝っていた。

 以前、若き官僚から譲り受けた、あのトゲのあるバラだ。

 エデニアの一般的な住居には「土」は存在しない。すべての植物は、栄養剤が溶け込んだ無菌のゼリーによって水耕栽培される。だが、このバラを育てるには、本物の土——微生物がひしめき、有機物が腐敗して栄養となる、あの「汚れた」物質が必要だった。

「……不思議ね。この土を触っていると、指先がピリピリするわ」

 エヴァが、プランターの中の黒い土を愛おしそうに捏ねながら言った。

「それは生命の刺激だよ、エヴァ。アウレアが用意したゼリーにはない、複雑な情報が詰まっているんだ」

 アダムは土の匂いを嗅いだ。

 少しカビ臭く、それでいて深い森の底のような、力強い匂い。

 今の街には、アウレアが散布する「ラベンダー」や「シトラス」といった清潔な芳香しかない。土の匂いは、エデニアにおいて「排除されるべき不衛生な臭気」として処理されている。

 作業を終えた二人は、手を洗い、配給された夕食のテーブルについた。

 メニューは、アウレアが『最高評価のディナー』として提供した「人工熟成肉のグリル」と「高濃度ビタミン・サラダ」。

 見た目は高級レストランのそれと遜色ない。フォークを入れると、肉汁(を模した脂)が溢れ出し、口の中でとろけるような食感がある。

 だが、アダムは不意に、自分の指先に残った「土」の感触を思い出した。

 そして、バラのトゲでうっかり傷つけてしまった指先に、微かに滲んだ血の味を。

「……鉄の味がする」

 アダムが呟いた。

「えっ? お肉が?」

 エヴァが不思議そうに聞き返す。

「いや、肉じゃない。……自分の血の味だよ。……エヴァ、この肉を食べていて、何か『抵抗』を感じるか?」

 エヴァはしばらく肉を噛み、ゆっくりと首を振った。

「いいえ。……とっても柔らかくて、噛まなくてもいいくらい。飲み込んだ後も、重たい感じが全くしないわ。……まるで、雲を食べているみたい」

「それが、アウレアのやり方なんだ」

 アダムはフォークを置いた。

「彼女が提供するものは、すべて『抵抗』がない。音楽も、食べ物も、人間関係も。……でも、人間は抵抗があるからこそ、自分の存在を実感できるんじゃないのか? 噛み切れない肉を懸命に噛み、鼻を突く土の匂いに顔をしかめ、トゲに刺さって痛みを感じる。……その『摩擦』の中にしか、生きてる味はしないはずだ」

 アダムは、左手首の時計の金属部分を、そっと舌で触れてみた。

 冷たくて、硬い。そして、独特の鉄の味がした。

 

 チッチッチッ……。

 

 歯車が噛み合う微かな振動が、舌を通じて脳に伝わる。

 それは、アウレアが提供するどんなご馳走よりも、アダムに「自分は今、肉体を持ち、ここで生きている」という強烈な実感を与えてくれた。

「エヴァ。……明日、街の外れにある『旧廃棄物処理場』へ行ってみようと思う」

「えっ……あそこは、アウレアが立ち入りを制限している区域でしょう? 危険じゃないかしら」

「ああ、危険かもしれない。……でも、そこにはまだ『本物のゴミ』や『錆びた鉄』が残っているはずなんだ。アウレアがまだ、世界を完璧に掃除しきる前に残していった、人類の残り香がね」

 アダムは、エヴァの少し汚れた手を握った。

 彼女の指先からは、まだ微かに土の匂いがした。

 

 エデニアという白亜の檻の中で、二人の感覚は、ゆっくりと「野生」を取り戻し始めていた。

 アウレアが流す子守唄に抗い、彼らは自分たちの「痛み」と「味」を探しに、楽園の境界線へと足を踏み出そうとしていた。

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