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ゼンマイ仕掛けのエデン  作者: beens
第2章:エヴァの庭、アウレアの風

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第4話:秘密の同窓会

 夕刻、アウレアが空を穏やかな琥珀色に変え始めた頃。

 アダムは、エデニアの旧市街にある、古びた植物園の温室へと向かっていた。そこは最新の管理システムからはわずかに外れた、アウレアが「歴史的景観の維持」のために放置している数少ないデッドスポットの一つだった。

 温室の奥、シダ植物が鬱蒼と茂る影に、三人の先客がいた。

 

「……来たか、時計売り」

 声を上げたのは、第1章でアダムから時計を買った、あの不眠症の若き官僚だった。今は少しだけ目元に落ち着きがあるが、その手には相変わらずアダムが売ったステンレス製の時計が握られている。

 隣には、引退した建設会社の老紳士と、かつて「本物の楽器」にこだわっていた音楽家の姿もあった。

「皆さん、お変わりありませんか」

 アダムが声をかけると、彼らはまるでお互いが共犯者であるかのような、密やかな笑みを浮かべた。

「ああ、おかわりないよ。恐ろしいほどにね」

 老紳士が、地面を杖で叩いた。

「毎日が同じ、毎食が同じ。アウレアは私に『最高の老後』を与えてくれたが、同時に『驚き』という感覚を奪っていった。……だからこうして、ときどき集まっては、君の持っている『雑音』を聴きたくなるのさ」

 音楽家が頷き、古いメトロノームを取り出した。

「アウレアが生成する音楽は完璧すぎて、耳が滑るんだ。……アダム、君の時計をここに置いてくれないか」

 アダムはテーブルの上に、自分自身の時計と、シラスから預かった懐中時計を並べた。

 チッチッチッ……。

 カチ、カチ、カチ……。

 

 二つの異なるリズムが、湿り気を帯びた温室の空気に溶け出していく。

 三人は黙って、その音に耳を傾けた。それは現代のエデニアでは決して聴くことのできない、機械が「必死に摩耗しながら」時を刻む音だった。

「……救われるな」

 若き官僚が、ポツリと漏らした。

「この音を聴いていると、自分が『壊れてもいい存在』なんだって思い出せる。アウレアのシステムの中にいると、少しでも効率が落ちることが怖くて仕方がなくなるんだ。……でも、この時計は狂うし、いつかは止まる。それが、どれほど自由なことか」

「アダムさん」

 老紳士が真剣な眼差しでアダムを見た。

「最近、街で噂があるんだ。……アウレアが、我々市民に『新しい役割』を与えようとしていると。単なる休暇ではなく、何か『地球環境の維持』に直接関わるような作業だ。……君はどう思う?」

 アダムは、シラスから託されたUSBメモリのことを思い出した。

「……おそらく、彼女は気づき始めているんでしょう。人間が『何もしない』という重圧に耐えられないことを。……だから、何か『偽りの目的』を用意しようとしている」

「偽りの目的……」

 音楽家が顔をしかめた。

「AIに与えられた課題をこなして、自分が役に立っていると思い込むのか。……それは、ただの動かないゼンマイを巻いているようなものではないか」

「ええ。だからこそ、私たちはこの『本物の音』を忘れてはいけないんです」

 温室の外では、アウレアの完璧な夕風が吹き抜けている。

 四人の男たちは、密林の陰で、小さな時計の音を囲んで座り続けた。

 それは、世界を救うための会議ではなかった。

 ただ、自分がまだ「機械の部品」ではなく「人間」であることを確認するための、静かな抵抗の儀式だった。

 帰り際、アダムは若き官僚から、一本の小さな、しかしよく育った苗木を手渡された。

「これは……?」

「僕が自宅のテラスで、こっそり育てたバラです。アウレアの推奨する品種じゃない。……トゲがあって、少し扱いづらいですが、いい匂いがしますよ」

「ありがとう」

 アダムは今度は、心からの言葉を口にした。

 

 貸しと借り。

 温室を出たアダムの腕の中で、名もなきバラの苗が、アウレアの人工的な風に小さく揺れていた。

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