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逆襲  作者: 甲斐田誠
2/8

危ない香り

夜のセレナ。


カウンターの前で、大吾はもう何杯目か分からない酒を

本当に浴びながら飲んでいた。


手元にはタイガース柄のタオル。

鼻先に押し当てて、ずっと離さない。


入り口の鈴が鳴る。

入ってきたのは桐生だった。


「……大吾」


桐生が隣に座る。

大吾は目の焦点が合わないまま、グラスを傾けた。


「キリュウさん……俺、破門になったんや」


桐生は眉を潜める。

だいたいは聞いているが、あえて問い直した。


「理由は……聞いていいのか?」


大吾はカウンターに頭をつけるように項垂れた。


「阪神や……阪神やったんや……」

「巨人なんて、俺……子供の頃から興味なかったんや……」


桐生は黙る。


普段の大吾なら、もっと自分の正義を語ってくるはずだ。

だが、今日の大吾は違う。

声が震えている。


「俺が一番……“東城会”ってものに拘ってたつもりやった。

トップの重さも分かってるつもりやった……!」


空になった瓶が転がる。


「でも……初代の掟より……俺は阪神を選んでしまったんや」


桐生は静かにグラスに手を伸ばし、琥珀色の酒を一口だけ飲む。


「……大吾」


桐生は、いつものあの言い方で、真っ直ぐに言う。


「どの球団を応援しようが、お前は お前だ」


「東城会の肩書きなんて関係ねぇ。

お前が守ってきたものは、そんな一行の掟で消えるもんじゃねぇ」


大吾は、涙なのか酒なのか分からない液体を拭った。


「キリュウさん……俺、これからどこへ行けばええんや」


桐生は、わざと少しだけ笑ってみせた。


「とりあえず――酒をやめろ。

その前に肝臓が壊れる」


その軽い一言に、大吾はかすかに笑った。


夜は深く、セレナの時計の針の音だけが響き続けた。


空気が、急に変わった。


桐生はグラスを置くと

声のトーンを一段落として言った。


「……大吾。お前の話も大事だが――それより先に聞いてほしい」


大吾がゆっくり顔を上げる。


「何やねん……キリュウさん……」


桐生は短く息を吐き、


「大量のプラスチック爆弾が、盗まれた」

そう口にした。


大吾は一瞬、酔いが醒めたように目を見開く。


「……爆弾? また峯の仕込みか?」


桐生は首を横に振る。


「違う。峯が使ってた“あのショボいフェイク”じゃない。

本物だ」


その言葉の重さは、セレナの空気を一気に緊張させた。


桐生は続ける。


「特殊作戦課が押収して保管してたやつだ。

どこの国製か、詳しくはまだわからねぇ。

でも“マジ”のやつが、昨日の夜から行方不明になってる」


大吾は立てかけたタイガースのタオルを握る手に力を入れた。


「……誰が?」


桐生は目を細めた。


「それが分からねぇ。

元は警察の保管品だ。

取り返しに来たのか、別の勢力が要るのか……」


沈黙。


桐生は、大吾の視線を正面から受け止めた。


「――もしもこの街で使われたら、東城会だの近江だの関係ない。

神室町が、終わる」


大吾の口元から、いつものふざけた余裕が消えた。


破門されたのは事実だ。

東城会のトップじゃなくなった。

だが――神室町には、まだ“自分の仲間”がいる。


「……キリュウさん」


その声は震えていない。


「誰がその爆弾抜いたんか……一緒に追わしてくれ」


桐生は大吾を一瞥し、ほんの僅かに頷いた。


「破門されても、まだ“神室町の男”だろ」


セレナのママが、カウンターの奥から

そっと二人分のデスソースを出してきた。


これからの夜は、

酒より、もっと危ない匂いがする。

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